第148話・第二の刺客
ダスプレトサウルスの声に導かれるまま、滝をくぐったティラノ一行。そこには縦横二〇メートルほどの広さがある洞窟が続いていた。
足元から天井まで洞窟全体がほんのりと光を発し、かなり先までハッキリと視認できる。これは“ひかりごけ”のようなものが、一面に生えているからなのだろう。
「ぶぇっくし!」
「なんだティラノ、風邪でもひ……ひ……ぶおっぷし!」
そんな中を、ずぶ濡れのティラノとミノタウロスを先頭に四人がうしろに続いた。
「ミノっちもじゃねえか」
「お主のせいであろう」
「……無理もないざます。まさか本当に落ちるとは思いませんもの」
◇
――ほんの十数分前の事。
ダスプレトサウルスの『滝をくぐれ』との言葉に、この、かなりの深さと距離のある滝つぼをどうやって渡ればよいかと、みんなで思案していた。
「よし、決めたぜ」
そんな中、即決・即断・即決行しようとしたのがティラノだ。
「泳ごう!」
この低気温の中にあって泳ぐ気満々のティラノ、肩を回し屈伸をして気合十分だ。
しかし、これには全力で止めにかかる魔王軍の四人。
「落ち着くざます」
「もうちょっと考えてから行動するでヤンスよ!」
「だってよ~。それ以外にないだろ?」
メデューサは『仕方ないざます』とティラノにニコリと笑いかけ、魔石のついた杖を顔の高さに上げて呪文の詠唱を開始した。
三つ四つ文言をつなげて杖で滝の方角を指すと、足元の浅瀬から滝つぼを突っ切って、滝の奥へと氷の道が伸びていった。
「今は魔力を温存しておきたかったのですが……」
「マジか……姉っちすげぇな」
「滑る上に平らな道ではありんせん、ゆっくり慎重に進んでおくんなんし」
「ミアっちの飛ぶ魔法もだけど、戦う以外の使い方もあるんだな……」
当然の話だが、ティラノは魔王軍と出会うまで“魔法”というものを全く知らなかった。
だから魔王軍との邂逅以降、次々と目の前で起こる不思議な現象に心が昂っていたとしても仕方の無い事だと思う。
「氷の道なんて初めてだぜ」
「ティラノ姉さん、かがりつかないとコケるっちゃよ」
(訳:ティラノ姉さん、しがみつかないと転びますよ)
もしかしたらアクロが粛々と状況を受け入れている分、相対的にティラノの奔放さが目立ってしまっているのかもしれない。
「これって意外と丈夫なんだな」
足元の氷をガシガシと蹴り、跳ねながら歩くティラノ。見ているだけで不安になったのか、すぐうしろにいるミノタウロスは諌めようと声をかけた。
「ティラノ、止めとけ。落ちるぞ」
「大丈夫だって。この俺様が滑るとでも……」
……と、振り返った時だった。
「あっ……」
――ドボンッ!
「なんだと⁉」
――ドボボンッ!!
「あ~、やってしまったでヤンスか……」
浮かれていたティラノは“みんなの予想通り”足を滑らし、華麗に頭から滝つぼに落ちた。そして落ちる瞬間……無意識に、たまたま手に当たったなにかを掴んでいた。
「ミノはん、見事に巻き込まれたでヤンスね」
「もう、なんざんすの……」
リザードマンが呆れ、メデューサがぼやく。
足を掴まれて滝つぼに引き落とされたのは、ティラノのうしろにいたミノタウロスだった。
「ティラノ、なにをするか!」
「おう、悪りぃ悪りぃ」
「まったく、お主というヤツは……」
「ついでだからよ、このまま滝まで勝負と行こうぜ!」
「ついでの意味がわからんぞ」
結局、なんだかんだ言いながらも、ティラノとミノタウロスは水泳勝負に興じてしまうのだが……
「ぶぇっくし!!」
「ぶおっぷし!」
……そして今に至る。
♢
「しかし、ここは無駄に広いでヤンスね」
洞窟と呼ぶには違和感を覚えるほどの広さ、なにも遮るものが無い大空洞。湿気を乗せた風が常に吹き抜け、外にいた時よりも更に体感温度が下がっていた。
そもそもここは、死期を悟った恐竜が訪れる聖なる場所への入口だ。
十メートルを超える生物からしてみれば特别広い訳でもなく、もちろん滝つぼの深さも問題はないのだろう。
あらゆるもの全てがオーバースケール、人間サイズの生き物が来る場所ではなかった。
「ん? あれは……」
滝をくぐり抜けてから二~三〇分ほど歩いただろうか、奥の方に差し込む光が見えた。
「あそこ、なにかありんすな」
「おう、強ぇヤツいるかなぁ?」
「ティラノさん、楽しそうなのはよいのですが、もうちょっと慎重に進んでおくんなんし」
「でもよ、俺様たちがここにいるのはバレてんだろ? だったら隠れて歩く意味ねぇじゃん」
「うむ、その点はティラノに賛同するぞ!」
「いやいや、ミノはん。バレているからこそ罠の可能性を考えないとでヤンス……てぇぇぇ」
――いきなり走りだすウェアウルフ。
「先にいぐぞ!」
「あ、ずり~ぞ犬っち!」
だし抜かれ、慌てて走るティラノとミノタウロス。
「忘れていましたわ。近接アタッカーって脳筋ばかりでしたわね……」
「メデューサ、それ偏見でヤンス」
「あら、否定できまして?」
すでに遥か先に行ってしまった三人。止まることを知らない三人。
「……いや、そうかもしれないでヤンス」
リザードマンはチラリとだけ目を向け、諦めるようにボソっと呟いていた。
「犬っち速えぇ!」
「犬だからであろう」
「犬言うな。狼だ!」
単純な脚力勝負はウェアウルフに分があるようだ。これはそもそもの身体特性によるところが大きい。
光が差し込むその場所は、今通って来た洞窟よりも更に広い空間が広がっている。見上げるとそこには青空があり、太陽の光が部屋全体を照らしていた。
天井がなく、それでいて外界と断絶された部屋、ここはそんな印象の空間だった。
「待て、誰かいるぞ……」
背中の大剣に手をかけるウェアウルフ。その視線の先には一人の異形の者が座っていた。
それは、人間の大きさに具現化されている英霊。先ほどのキピオと同じく、試練の為に待っていたのだろう。
ティラノたちはどんな強敵なのかと警戒の色を強めた。
しかしそこにいたのは、なんとも迫力のない小柄で細身、フチの太いメガネをかけた猫背の青年。
それはまるで、令和時代のどこにでもいる草食系男子そのものだった。
〔待ちわびたぞ、チンケなガキども。この先に進みたければ、この私を倒してから進むがよい。まあ、有象無象のキサマらなんぞには無理だろうけどな! ……って、ああ、ごめんなさい〕
彼は悪態で煽りつつ、そしてなぜか謝罪しながらスッと立ち上がった。
これまた性格がよくわからない相手だが、背中から左右に三本ずつ伸びている大きなトゲ角が、無闇に近づくのは危険だと語っていた。
「こいつが、第二の刺客なのか……」
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表紙及び作中イラストはNovel AIで生成後、加筆修正して仕上げており、著作権は作者に帰属しています。