能面と特撮ヒーローはポーカーフェイスではない
僕の通う堺市立榎元東小学校では、毎年秋の恒例行事として伝統芸能を観に行く事になっているんだ。
低学年の時に観た落語や狂言は面白かったし、去年の歌舞伎は立ち回りがカッコ良かったね。
だけど今年の伝統芸能鑑賞は、少し気が重いんだ。
というのも、四年生に進級した僕達の学年は能を鑑賞する事になっているんだよ。
「能なんてチンプンカンプンで参っちゃうぜ!なあ、修久?」
「ま、まあね…鰐淵君。」
勉強の不得手なガキ大将に御追従も兼ねて応じた僕だけど、能を敬遠していたのは本心だった。
謡が難しそうなのもあるけど、無表情な能面のポーカーフェイスが怖かったんだよね。
でも、それは僕の偏見に過ぎなかった。
能楽師さんの被った能面は、微妙な陰影や顔の向きによって、笑っているようにも泣いているようにも見えてくる。
僕が思っていた以上に、能面は表情豊かだったんだ。
「仮面劇である能において、面は極めて重要な役割を果たしています。」
−仮面劇…そうか!
講師として解説を務める能楽師さんの言葉に、僕は閃いたんだ。
僕が毎週楽しみにしているTVの特撮ヒーロー番組も、広い意味では仮面劇になるよね。
だって、等身大ヒーローのマスカー騎士も巨大ヒーローのアルティメマンも、造形されたマスクを被っているんだから。
でも僕は、マスカー騎士もアルティメマンも無表情だと感じた事はなかった。
サタン機関の非道さに憤ったマスカー騎士の顔は、身震いする演技も相まって怒っているように見えたし、侵略宇宙人の手で怪獣に改造された親友と豪雨の町で相対する羽目になったアルティメマンは、僅かに目線を下に向けた姿勢と頬を伝う雨の雫が、まるで本当に泣いているように感じられたんだ。
特撮ヒーローにここまで生き生きとした躍動感とキャラクター性を感じられるのは、スーツアクターを始めとするスタッフさんの頑張りによる物だけど、それは能も同じだったんだね。
能楽師さんの絶妙な一挙手一投足が、能面を表情豊かに演出しているんだ。
「修久君、韋駄天が足疾鬼を懲らしめる所を食い入るように観ていたわね。修久君も『舎利』が気に入ったの?」
「う…うん、メグリちゃん…必死に逃げる足疾鬼に、つい共感しちゃったんだ。」
美人で優等生な級友の問い掛けにカッコつけた返事をした僕だけど、予想以上に能を楽しめたのは嬉しかったな。
自分には分からないと敬遠したらそれまでだけど、関心を持って向き合えば良さが分かるんだね。