墓参り
イルトのもとで用事を済ませたカオは、サービスして貰ったげんこつパンを頬張りながら辺り一面田畑が広がる畦道を歩いていく。少し涼しい風と朝日を体に受け、カオの髪は黄色く光った。
「ん、今日のパンは香りがいつもより強いな~。イルトおじさん、また新しい生地模索してるのかな。」
頬張ったパンを眺め、カオがぼそっと呟いた。げんこつパンを毎日食べているカオは、昔から変わらない味とはいえ、わずかな味の違いにも気づく程げんこつパンに詳しくなっていた。
「今日の特訓は何すんのかなー、また木材運びだったら嫌だなー。」
「大丈夫よ。さっきネラおじさんに会ったけど、今日は戦闘訓練だって。」
カオが独り言を続けると、突然左から声が聞こえた。
「そっかぁ。...ん?」
カオは突然左から聞こえた声に反射的に受け答えしつつも、声が聞こえた方へと顔を向けた。
「んー、今日のパンもおいしい!流石ベルベッタのパンね!」
カオの左隣を見ると、少女ファーメ・ランがげんこつパンを一つ頬張っていた。彼女は村の鍛冶師の娘であり、旅人になるためにカオとともに特訓をしている。
「ありがとう、カオ。僕たちの分もあるなんて珍しいね。」
今度は右から声が聞こえ、カオはそちらを向く。眼鏡をかけた少年はカオにお礼を言って、籠に入っているもう一つのパンを手に取り、一口食べた。
落ち着いた様子でカオに話しかけた少年の名はローンズ・ルー。ローンズは村長の息子であり、彼もまたカオやファーメとともに特訓に参加している。
「あの...なんでお前ら俺のパン食べてんの...?」
ファーメ、ローンズの一連の流れをまじまじと眺めたカオは、二人に尋ねた。
「え、僕たちの分じゃないの?」
ローンズはきょとんとした表情でカオの質問に尋ね返した。
「ちがーう!それは俺がもっと強くなれるようにって貰ったパンだ!お前らの分じゃないっての!」
「まぁいいじゃない。私たちだってもっと強くならなくちゃいけないもの。」
ファーメはカオの言葉に軽く言い返し、そのままげんこつパンを食べ続ける。
「ならこうしよう。今日の戦闘訓練、一番活躍した人にげんこつパン奢りで。誰が一番だったかはネラおじさんに決めて貰おうよ。」
「「のった!」」
カオとファーメはローンズの提案に元気よく返事した。
「絶対げんこつパン取り返してやる!」
やる気を見せるカオだったが、やらなければならないことを一つ思い出した。
「あ!今日まだ母さんのとこに行ってない!二人とも先行っててくれ。あとこれ、父さんに渡しておいて!」
カオはそう言って手に持っていた籠をローンズに渡し、北の方へと走って行った。
カオが4歳になる数日前、母レヴェラは病気で亡くなった。今現在カオは父のネラと共に、村の北部に立ち並ぶ家のうち一軒を村長から借りて暮らしている。
村の北部の中でも特に北東部は墓場になっており、レヴェラの墓もそこにある。墓場には大きな岩があり、その周りにたくさんの墓が並ぶ。
カオは墓場にやってきて、その中の一つの墓の前に座り込んだ。
「...。」
カオは何を言うわけでもなく、只々その墓を眺めていた。静かな空気の中、風だけが過ぎていく。
カツン。カツン。カツン。
杖を突く音が微かに聞こえてきて、その音は次第に大きくなる。カオが音の聞こえてくる方へと顔を向けると、一人の老婆がカオのほうへ歩いてきた。
老婆の名はアンジャ。彼女は誰よりも昔からこの村に住み続けており、カオを含め村人たちから信頼されている。村の外のことについては詳しくないが、優れた知恵で村を支えてきた。
「おはよう、婆ちゃん。」
「おはようカオ、今日も墓参りかの?」
「うーん...分かんない。もう母さんがどんな顔だったか、どんな話し方をしていたかも覚えてない。けど、一日の始まりにここに来ると元気が出るんだ。多分、元気を貰えるんだと思う。」
「はっはっは。それは、ルーティーンというものじゃな。ならばわしも、ここで元気を貰うとしようかの。」
アンジャはそう言ってカオの横に座り、目の前の墓を見つめる。
「婆ちゃんは墓参りに来たのか?」
カオがアンジャへ尋ねた。
「ほぅ...。確かに、これは墓参りの一つかもしれんのう。この村ができた時から、たまにこの辺りを歩いているんじゃよ。」
「この村ができた時から!?婆ちゃん、この村を作った人なのか!?婆ちゃんどれだけ生きてんだよ...。」
「この村を作ったのは、わしと6人の仲間じゃ。仲間はもうとっくの昔に死んでしもうた。わしはもう、何年生きてるのかも分からん。」
「婆ちゃんたちはどうしてこの村を作ろうと思ったんだ?」
「どうして、か...。」
「それは、カオと一緒かもしれんのう。」
「俺と一緒?」
「うむ。わしの夢を...いや、わしらの夢を叶えたかったからじゃ。わしも昔は、カオのように夢を追いかけていたんじゃよ。旅人ではなかったがな。はっはっは。」
「へぇ、いいな!それで、婆ちゃんの夢って?」
「わしらは仲間が欲しかった、互いに理解し合えるような存在が。だからこの村を作ったんじゃ。」
「理解し合えるような仲間...。家族みたいなものか?」
「そうじゃな。村で過ごすものは皆家族だと思っておる。共に過ごしてきた皆のことは忘れたくても忘れられん。だから定期的にこの辺り一帯を歩くんじゃよ。」
アンジャはそのまま語り続けながら、懐から水芭蕉の花を取り出して墓へと添えた。
「わしは、この村で多くの者を見てきた。村へ流れてくる者、村で死んでいく者。村を旅立って行く者。そして、旅で死んでいく者。カオ、以前までわしも旅人になることに反対じゃった。分かってはいると思うが、旅には危険が付き物。旅に出て行った家族が帰って来ないことは、とても辛いことじゃ。」
「...。」
カオはアンジャの言葉に何も言えず、只々聞くことしかできなかった。
「じゃが、わしは次第にこう思うようになった。仲間が夢を叶えることこそ、わしの幸せだと。わしだけ夢を叶えておいて、そこにわしの都合を押し付けてまで家族の夢を応援しないなど、あまりにも図々しいからのう。カオよ、わしはおぬしの夢を応援しよう。生きているうちは、思う存分夢を目指せ。」
「仲間の夢を叶えるかぁ...。良いな!それ!ありがとう、婆ちゃん!」
アンジャは静かに頷いた。
「じゃあ俺行くよ、これから特訓なんだ。早く行かないとファーメが怒りそうだし。」
「はっはっは。行ってらっしゃい。」
「立派になったのう...。のう?レヴェラよ。」
走っていくカオを見届けた後、アンジャは再び墓を見つめた。