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「ねえねえ。まっきーはだれが好きなの?」
みやちゃんがそう言って、ずいっと身を乗り出した。
周りの女の子たちも、こういったイベントに特有のにやにや笑いを浮かべていた。(私の『牧田』という苗字から、みやちゃんが『まっきー』というあだ名を考えて以来、女の子たちから私は『まっきー』と呼ばれていた)
あの頃、好きな人がいないなんていう女の子は、幼稚すぎるか、偏屈だとみなされていた。
いつでも女の子たちはクラスの誰かを好きだった。
足の速い子、男子の中のリーダー格、かっこいい子、面白い子。
そういう子はクラスに10人もいないので、私たちの恋愛はまるでファンクラブの様相を呈することになる。
それぐらいの時期の女の子ってそういうものなのだ。
「みやはねー、転校してきた男子がいるでしょ。その子だよ」
みやちゃんが聞かれてもないのにそう答えると、周りの女の子たちの多数が納得するようにうんうんと頷いた。
「かっこいいもん。足も速いし」
みやちゃんのとなりの植木さんに続いて、
「頭もいいよね。この間の算数のテストも一人だけ100点だったもん」
ゆかりちゃんが力説した。
「で。まっきーはだれがすきなの?」
クラスの仲良しグループでみやちゃんの家に泊まったお泊り会(本当は小学校から友達の家に泊まるのは禁止されてるんだけど)は、来月には転校してしまう私の送別会も兼ねていた。
その前の年の夏、彼が越してきた夏、私と彼の間に起こったことがふっと鮮明によみがえった。
日差しの遮られた湿りけのある空気。遠くから聞こえてくる蝉の声。手のひらにかいた汗。
そういうあれこれを、私は一切、誰にも話さなかった。
その夜、私は女の子たちの中で、『好きな子のいない子供っぽい子』になった。
*
編入試験と他のクラスの不躾な視線、更には担任による噛み噛みな自己紹介のすべてをようやく切り抜けた転校生は、素晴らしく爽やかな笑みを浮かべて教壇の前に立った。
大岡は頬杖をついて、上から下まで舐めまわすように見た結果、頭の中で転校生に及第点を与えた。
「緒方雄介です。親の仕事の都合でこっちに越してきました。まだこの辺のことには詳しくないんで、よかったらいろいろ教えて下さい。よろしくお願いします」
仕上げにさらにニコッと目を細める。
知らないところにいきなり放り込まれても、うまいことやっていけるタイプなのだろう。
そつなく自己紹介を終えた彼は、一通りクラスの連中を見まわしている。
生まれも育ちも完全に地元で、そういった経験のない大岡は素直に彼をすごいと思う。
そう言えば、小夜も昔は転勤族だったとか言ってたな、とどうでもいいことを思い出す。
周囲の女子は目の色を変えてささやき合っているが、既に彼氏がいる大岡には彼に対してそういった期待はまったくないので冷静なものである。
大岡は苦笑して、後ろの席の小夜に話しかけようと振り向いた。
「小夜」
小夜が大岡の呼びかけに気づいた様子はない。
ただ、大きい瞳を更に大きく見開いて、軽く口を開けている。
その視線の先には、件の転校生の姿があって、大岡は嘆息した。
小夜もやっぱあーいう女ウケよさそうな奴が好みなのか。
「小夜?」
もう一度呼びかける。「あ、ごめん。なに?」そう言って返事をする小夜はまったくいつも通りで、当り前の笑顔を見せた。
大岡がさっき思ったことをそのまま言ってやろうと口を開いたとき、小夜が正面を向いたまま、ぱちぱちぱちっと瞬きをした。
(なんだかなあー…。あの転校生、そんなにかっこいいか?)
そう思いながらも、小夜の視線の先を再び追う。
今度は大岡が目を丸くする。
『ひさしぶり』
唇を小さく動かしていただけだったが、転校生は確かにそう言った。それも小夜に向って。
小夜はぎこちない笑み(みたいなもの)を、彼に向けて小さくうなずいた。
それを見た転校生は歯を見せずに笑う。
さっきの爽やかな感じの微笑みとはまったく違う感じで。
え?何、知り合い??
相変わらず、盛り上がる女子をよそに、二人のやり取りにただ一人気づいた大岡だけが、困惑がないまぜになった仏頂面をしていた。




