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ああ、わたしは「おんな」だったのだ、と思った。 わたしはずっと「おんなのこ」でいるものだとばかり思っていたのに、こんなことであっさりそんな時期は終わってしまうのか、と思った。
まだあんなに小さかったのに。
わたしがペコちゃんのようなほっぺを持っていて、おかあさんの好きな木綿のチェックのワンピースを着ていたころ。
あの頃のことを思い出す時、わたしはなんだかずいぶん遠くまで来てしまったような気がして、途方に暮れる。
たった17年しか生きてないのに。なんだか。
*
「小夜はどうする?」
大岡が流れるような発音で言った。小夜はいつも大岡の発音の美しさに感心する。
「わたし、今日は売店」
大岡は適当に手を振って、小夜のせきの向かいに座った。
先に食べてるから買ってこい、ってことだ。
小夜はMP3プレイヤーを胸元から取り出そうとする大岡を視界の端で捉えたあと、ローファーを鳴らして教室から出て行った。
またあの頃のことか、と小夜は大した感慨もなく思う。あの頃というのはもちろん木綿のワンピース時代のことだ。
そういえば、当時は「出目金」とからかわれていたなあ(主にクラスのいじめっこのボスに)とか、そんなどうでもいいこともつられて思い出す。今考えれば、目が大きくて何が悪いと開き直るところだが、あの時はそんなこと考えもしなかった。ただ目を吊り上げて、お得意の右ストレートをその子のふくふくとした脇腹にお見舞いしてやっただけだ。今更ながら、あれはやりすぎたな、と思ったりする。 どうせなら、右ストレートでなくて、かわいらしく、そして、放っておけないと思わせる何かを漂わせながら、しくしく泣いていればよかったのだ。ああ、失敗した。
はっと顔をあげると、売店のおばちゃんが「まだかよ」という目で小夜を見下ろしていた。
小夜は慌てて持っていた『おにから』―おにぎりとからあげのパックで1パック130円也―をレジに出す。刻んだわかめが混ぜ込まれたご飯は、つやつやと光っている。
気まずくなって仏頂面で差し出されたビニル袋をひったくるように受け取ると、逃げるように売店を後にした。
次から次へとやってくる人並みの間を縫って、階段を駆け上がる。
そして、さっきの記憶がふいっとよみがえった。
熱く湿った手のひら。
真昼でも薄ぼんやりと暗い足元。
サンダルで踏みしめた雑草の上、足の甲をさっと蟻が走っていく。
自分はどうして今頃こんな場所にいるんだろう。あの時、彼の舌を吸っていたら、何か変わっていたのかな。
教室の戸を開けると、大岡が眼だけで合図してきた。「遅いよ」ってことだ。
小夜は鼻にしわを寄せて顔をしかめて見せる。
窓の外の青空は、寒々しいほどに青く、雲ひとつない。




