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コーヒー

作者: 矢凪 諒

コーヒー


 コーヒーを淹れる。そんな何でもない習慣、それが私にとって何よりも愛おしい時間だ。


 コーヒーを淹れる方法はいくつかある。

 豆を用意するとき、生豆を買ってきているところから始めたっていいし、すでに煎ってあるものを買ってきてもいい。

 ブレンドするのも自分で好きな割合でブレンドしてもいいし、今どきはスーパーにおいてあるブレンドだってとっても研究されていておいしい。

 豆を挽くにしてもミルに手動のものを使うか、電動のものを使うのも悪くない。コーヒー好きは自分で挽くことにこだわりがちだが、最初から挽いてあるものを買ってきたっていい。開封したときに一気に、吹き出してくるコーヒーの香りを嗅ぐのも私は好きだ。

 そして最後に抽出。抽出にしたって、サイフォン、ドリップ、コーヒーメーカーなどの選択肢がある。サイフォンで淹れれば角が取れた丸い味わいになるし、ドリップも濾過速度やお湯の温度、さらにはお湯を沸かす道具によって大きく味が変わる。コーヒーメーカーの優れているところは安定した味を出せるところだ。

 さて今日の私はスーパーで買ってきた挽いてあるコーヒーの粉をコーヒーメーカーにセットして淹れた。最も簡略化されたコーヒーの入れ方だろう。ガコンガコンと言う音ともにかぐわしい香りが部屋に広がる。まもなく、コーヒーが淹れ終わった合図にピーと音がなる。

 窓の外を見る、雨が降り続いている。雨の日はコーヒーを飲みながらジャズでも聴くのがおしゃれな過ごし方だろうか。

「雨はコーヒーを引き立ててくれると思いませんか?」

 先生は黒く苦い液体を飲みながらそんなことを言っていた。国語の先生で、私が所属していた文芸部の顧問だった。私が中学のときに30歳だったその先生は、当時の私の目には大人に見えたものだ。

 しかし、いざ歳を取ってみるとそんなことはない。私ももう30になるが、自分が大人になったとは感じない。

 そういえば先生と大人の定義について語った事もあった。語ったと言うよりも騙ったの方が正しいかも知れない。

「大人とは……そうですね、コーヒーをおいしいと思える事でしょうかね」

 先生はそう言って苦い液体を飲みながら笑って言ってたっけ。私は大人をどう定義したかしら?

 私は淹れたばかりで舌先がやけどしそうなコーヒーを恐る恐る飲む。コーヒーは熱々の内に飲むのに限る。時間が経って冷めてくると酸化してしまっておいしくない。

 雨の休日、午後の愛おしい時間は過ぎる。


 寝る直前に日記を書きながら昼間に思い出せなかった事を思い出した。

「ああ、そうだ。『いろんなものを許せる事』だ」

 それから私は笑ってしまった。

「先生、私はまだ大人にはなれそうにもありません」

 すっかり暗くなった窓の外を見ながらそうつぶやいた。

 コーヒーを淹れる方法はいくつかある。どの淹れ方にも貴賤はない。全部自分の手で淹れる日もあれば、今日のように市販の粉と水を機械に入れるだけの日だって合ってもいい。だけど――


 だけど、私はインスタントだけはコーヒーとは認めない。

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