第8話 幻影術の使い手
「こちらです。」
そう言って、石野さんがオレを陰陽師講座の教室へ連れて行ってくれた。
「ひっさびさだなぁ。」
そう言いながら、ゆっくり扉を開ける。
すると。
「あれ?」
「九十九様じゃない?」
「ほんとだ、九十九様だっ!」
「サインいただいていいですか!?」
などの声が教室を飛び交った。
「講義中だったの!?」
オレが聞くと、石野さんは頷いた。
「先に言ってよ………言ってくれたら、もうちょい静かに、目立たないように入ったのに、さぁ。」
オレがため息をつくと、石野さんはにっこりと微笑んで、
「みんな、九十九様に会いたがっているだろうと思いまして。」
と言った。
いや、だとしてもさ。
オレ、騒がしいのは……というか、目立つのは好きじゃないんだ。
オレはため息をつくと、ゆっくりと両手を合わせた。
「人心操作 従属」
これは、人の心を操作して、自分の思うままに操る術。
あっという間に、オレを囲んでいた陰陽師たちは自分の座っていた席へ戻った。
それから、オレは壇上に向かう。
固まっていた講師さんに、
「すみません、少しお貸し頂けませんか?」
と聞いてみる。
九十九の容姿は弟属性SSR(だとオレは思っている)ので、(九十九は気づいてないだろうけど)上目遣いに見つめられた女講師はすごすごとどいた。
「みなさん、こんにちは。ニノ前九十九と申します。」
にっこりと微笑む。
九十九の顔に当てられた最前列の女性が七人、スコッと倒れた。
「ご挨拶がわりに。」
そう言うと、オレは左手で指パッチンをした。
さっきかけた人心操作が解ける。
「何か質問などはありますか?」
と聞くと、全員が手を挙げた。
「それじゃあ、そこの、二列目の一番左の、君。」
オレが当てると、その子が聞いた。
「九十九様は、体術は得意ですか?私は苦手なので、得意であればアドバイスなどいただけると嬉しいです。」
「体術ぅ!?あ〜、オレはね、そんなには得意じゃないかなぁ。苦手。」
オレがそう言うと、
「何バカ言ってんの。」
と聞き覚えのある声がした。
「あぁっ!」
「久しぶり、九十九くんっ!」
教室の扉を開け放して入ってきたその少年は、オレに向かって手を振った。
「え?お知り合いですか?」
先ほどオレに質問した子が、聞いてくる。
「うん。友達。狐狸川理寿」
理寿は、九十九と同じように弟っぽい顔立ちをしていて、女性陰陽師から圧倒的な支持を得ている。
まぁ、当然だ。
大きくて、少し垂れている緑がかって潤んだ瞳に、薄茶色でさらっさらの髪。
すっと通った鼻筋に、白雪のように真っ白な肌。
そして、庇護欲をそそる甘い声。
今もすでに、講座を受講しにきていた数人の女性が、ぽうっとなっている。
「ひさしぶりだなっ!いつぶり?」
オレはそう聞きながら理寿とハグした。
「え〜っとねぇ、最後にあったのが、半年前くらいだねっ。」
ちょっと舌ったらずな喋り方も、可愛いのなんの。
そりゃあ、みんなが惚れ込んでしまうだろうよ。
「相変わらず忙しいんだな、アイドル活動。」
理寿は、その見た目を武器に、アイドルと陰陽師を両立している。
「まぁねぇ。でも、九十九くんの方が忙しいでしょっ?九十九くんに比べたら、きっと僕の仕事なんて楽な方だと思うんだよねっ。」
そして、彼はオレを抱きしめていた手を緩めて、オレのほおを両手で挟んだ。
「九十九くん、無理しちゃダメだよっ?」
その心配そうにしかめられた顔に、オレも少しキュンときてしまうほどである。
「大丈夫だよ、理寿。」
オレはそう言って笑うと、途端、全員が声を揃えた。
「理寿さんと九十九様は、いつからのお知りあいなんですかっ!?」
「「3歳くらいの時から。」」
オレと理寿が声を揃える。
理寿が陰陽師の一家だってわかったのは、本当に数年前だけど、住んでいるところが近いから、昔から知り合いではあったんだよね。
みんなが、羨ましそうな顔をした。
確かに、昔からの幼馴染って、いいよなぁ。
「で、九十九くん。体術が苦手だってのはどう言う冗談なのっ?」
理寿がキラキラ笑顔で聞いてくる。
「いやだって、オレ、そんなに体術得意じゃないよ?」
オレが言うと、理寿が呆れたような顔をした。
ん、整いまくってる顔だなぁ、おい。
「あのさぁ、苦手ってのは、全くできない人のことを言うんだけど、さぁ。九十九くんはどうなのっ?」
「オレ、全くできないよ。」
理寿が無言で、ニコニコと笑ってくる。
「全くできなくはない、かな。」
理寿は笑顔を崩さない。
「でき、ます。」
理寿の無言の圧力でオレがそう言うと、理寿は満足したように頷いた。
「ウンウン、だよねぇ。そうだよねっ。」
嬉しそうに目を細める。
オレ、秋穂さんと理寿には弱いかも。
ってか、友達には弱いかも。
「他に質問ある?」
オレが聞くと、今度は最前列の男の子が手をあげる。
「九十九様は治癒術がお得意なのですか?」
「う〜んっと………」
そう言いながら理寿の方を見ると、理寿もこっちを見つめ返してくる。
ニコニコ、ニコニコと笑いながら。
「得意、です。」
理寿に言わされる。
「みせていただけませんかねっ!?」
男の子が大きな声を出した。
「え〜っと、治す対象が無いと、ちょっと無理かなぁ。」
オレが言うと、石野さんが助け舟を出してくれた。
「先ほど、わたくしを治してくださったのですよ。」
「へぇ、石野先生を!」
みんなの瞳が輝いた。
「あ、そうだっ。」
理寿がポンと手を叩いた。
「せっかくだから、あれ、見せたげたらっ?」
「え、あれ?」
あれというのは、飲み会の余興などでちょー役に立つ能力………ってか術。
「仕方ねぇなぁ。」
オレはそういうと、右手を小指から順にゆっくりと握って行って、最後に開いた。
「花吹雪」
その途端。
「わぁっ!」
と、教室が騒がしくなった。
そう、教室の天井から色とりどりの花びらが降り注いだのである。
「めっちゃきれいっ!」
「花びらの質感、本物だぁ。」
みんな、顔いっぱいに笑顔をたたえている。
「みなさん、これは幻影術です。」
ひとしきり騒がれた後、オレはそう告げた。
「え?これが?」
「こんな本物そっくりの幻影術なんて、見たことない!」
という会話が飛び交った。
「九十九くんの幻影術、すごいもんねっ。」
理寿が微笑む。
「理寿の幻影術もすごいだろ?」
オレが聞くと、
「九十九くんほどじゃあないもんねっ。」
と、頬を膨らませた。
「でも、理寿は本職じゃないか。」
オレが言うと、理寿は目を細めた。
「そりゃあ、僕は狐狸川だからね。」
───狐狸川家
有名な幻影術の一族だ。
理寿はそこの後継。
つまり、いま一族で一番幻影術が得意なのが理寿なんだ。
模倣みたいなオレの幻影術は、どう頑張っても本家にかなうことはない。
「はいは〜い、注目!」
オレは手を叩いた。
幻影術がパッとやむ。
「今から、理寿が幻影術を見せてくれるって。」
そう言うと、理寿は慌てた顔をした。
「え〜、マジで言ってるのっ!?」
ため息をつきながらも、顔は少し嬉しそう。
「じゃぁ、やってあげようかなぁ。」
そう言うと、美しい右手を天にかざして、
「幻影術 偽花火」
と言った。
すぐに、教室が真っ暗になる。
すると、花火が打ち上がった。
いや、本当に打ち上がったのではなくて、幻影術で打ち上がったのだ。
真っ暗になった教室に、赤や黄色、青の色とりどりの花火が打ち上がる。
躍動感バッチリ、臨場感バッチリって感じだ。
「わぁっ!」
悔しいけど、オレの時よりも歓声がすごい。
まぁ、仕方ないよなぁ。
だって、理寿の幻影術は神に等しいからな。
「さぁ、これくらいにしておこう。」
そう言うと、理寿はパンパンと手を叩いた。
花火が消える。
みんなが、残念そうな声をあげた。
「みんな、他になんかある?」
理寿がオレに代わって聞く。
「あの………」
一人の少年が、恐る恐る手をあげた。
「どうぞ。」
立ち上がった彼の顔は、理寿に負けず劣らず美形。
待って、みんなが美形すぎて、ほんの少し整っているオレの顔がすごいブサイクみたいに感じる。
「あの、術を見て欲しいんです。」
「いいよ〜。」
また、理寿が返事をする。
彼はホッとしたように息をついて、左手を胸に当てた。
「視覚共有 500」
ゆっくりと目を開いた時には、彼の黒い瞳が真っ赤になっていた。
「えっと………この術は?」
オレが聞くと、その人は慌てたように、
「えっと、その、これは木々と視覚共有する技なんです。今は、ここの半径500メートルの木々と視覚を共有しました。」
なるほど、オレみたいに大地を媒介にするわけじゃなくて、木々の視点から見るわけなんだな。
「でもそれ、僕らからは確認できないなぁ。」
と、理寿が悲しそうな顔をした。
「あ、オレ、できるよ。」
オレが挙手すると、全員が悲しそうな顔をした。
「え、なに?オレ、なんか悪いことした?」
オレが聞くと、理寿はため息をついて、
「いいよ、やって。」
と言ってきた。
「わかった。じゃあ、君、今、どこになにが見える?」
「えっと、ここから南西に300メートル行ったところに、公園ありますよね?」
「ちょっと待ってねー。」
オレはそう言うと、地面に片膝をついて両手をつけた。
「視覚拡張 壬」
彼が行っている公園まで視覚を飛ばす。
「あぁ、あるね。」
「そこに、茶色のトイプーと、白いトップスにカーキのズボンを履いた女の人が散歩してるでしょう。」
「あぁ、あるある。結構精度高いね!」
オレがそう言ってほめると、彼は微笑んで、
「解除。」
と唱え、目の赤色が黒く変わった。
「解除。」
オレも、術を解く。
「疲れた、死にそう。」
男の子がそう言って椅子に座り込んだ。
そして、
「これが残念なんですよね。めっちゃくちゃ霊力の消費が激しいんですよ。」
「ふうん。」
これは、もしかして………
今度のオンリーワンチャンピオンシップは、結構いい奴が来るのかも。
「これ、オレの番号。」
オレはそう言って、その子に自分の電話番号を渡した。
周りの女子が、
「マジで?」
「九十九様が他の人に電話番号を………」
と騒いでいる。
「いいんですか!?」
もらった本人が死にかけている。
「いいんだよ。んで?お前の番号は?」
彼は恐る恐るスマホを取り出した。
連絡先を交換。
「僕の名前は山口衣織です。」
「衣織、ね。それじゃあ、何かあったら連絡して。いつでも稽古つけてやる。あ、でも、明日はなしな。ちょっと用事あるから。」
「わかりました。ありがとうございます。」
そしてオレは壇上に戻り、
「それではみなさん、またいつかお会いしましょう。」
と言った。
みんなが、名残惜しそうな声を上げる。
「それじゃあねぇ。」
理寿はそう言って手を振りながら、オレを引っ張って教室の外へ連れて行った。
「楽しかったねぇ。」
理寿はニコニコ上機嫌だ。
「理寿が楽しそうでよかった。」
オレがそう言うと、理寿は目を丸くした。
「九十九くんがそんなこと言うの、初めてじゃないっ?」
「え?ずっと思ってはいたけど?」
オレが首をかしげると、理寿は残念そうな顔をした。
「思ってることは口に出さなきゃダメだわ。ね、九十九くんっ、今日これから、ひまっ?」
理寿はオレの顔を覗き込みながら聞いてきた。
「え〜っと、多分、暇。」
オレが言うと、理寿は嬉しそうに笑った。
「なるほどぉ。」
そして、手をポンと叩く。
「じゃ、今からオレとデートしよう。」
にっこりと笑ったその顔に、理寿の性格は秋穂さんに似てると思った。
読んでくださってありがとうございます!!
全然投稿できませんでした、すみません。
書きあがってはいたんですが、パソコンの調子がいつも通り悪くって。
変換予測が出なくなっちゃったんですね。えぇ。
どうにかこうにか書き上げましたが、色々表現がミスっているかもしれないので、間違いなどあったら教えていただけると嬉しいです。
次は、理寿と九十九が一緒にカフェに行きます。
美味しいケーキの描写をお楽しみに!
それでは次のお話でお会いしましょう!