第5話 死神協会にはイケメンがいる。
ここら辺は、来るの久しぶりだなぁ。
オレはそう思いながら、人の少ない裏路地を歩いた。
途中途中、酔っ払いやらヤンキーやら、いろいろ柄の悪い連中が見えるも、無視する。
こういうのは、いちいち構っていたら自分の命が危ないのだ。──普通は。
オレは、相手の命の方を心配しないといけないタイプの人間なんで。
えへん。
ちょっとでも小突いたら、あしたの朝刊にお悔やみの記事が載るくらいだ。
全く人がいなくなると、朽ち果てた電話ボックスが目に入った。
そうそう、あれを探してたんだよぉ。
ミシミシギシギシいう扉をあけて、中に入ると、バックの中を漁って、金色の指輪を引っ張り出す。
指輪をお釣り取り出し口に入れると、ウィーンと電子音がして、床がゆっくりと下に沈んで行った。
今入れた指輪は、強くなるともらえる指輪で、身分証明書代わり。
指輪の中に、いろんなオレの情報が入ってて、電話がそれを読み込んで、本部に送り、オレは協会に入ることが出来る。
え?
指輪もらえてないやつはどうするかって?
え〜っと……
なんだったっけ。
あ!自分が使ってる除霊具を電話台の上に載せるんだった。
除霊具は二つと同じものがないから、どれを持ってるかで誰かわかるように、申請書みたいのを出して使う。
オレは基本必要ないから、たまに協会から貸し出してもらってる。
それには貸し出し同意書が必要で、壊したらオレの責任だよーとか、不備があったら教えてねー、的なことが書いてある。
一方申請書には、自分はこんな形状の除霊具を使うっていう写真と、その除霊具の力?的なのを書く。
それを協会の会長に提出しないと使えないわけだな、うん。
……おっとまてぇ。
そういえば、琴が除霊具こわしてたぞ。
確かあれ、協会で貸し出してるやつだと思うけど……
翡翠色のタッセルがついてたもんな。
途方も無い金額請求されそうだけど、琴の家はお金持ちだからな、問題ないだろう。
うん、大丈夫大丈夫、そう思ってないと自分の精神がやばい。
オレも、会長に会うときに除霊具返さなくちゃ。
「チーン」
と、エレベーターみたいな音がして、急に下降が止まった。
お、ついたのか。
協会内は結構おしゃれだ。
多分、今の会長がスッゲェおしゃれなせい。
照明はプランプラン揺れるダウンライトだし、壁は真っ白、敷き詰められている絨毯も、花やら木やらの模様入りで、カーテンは真っ白い清潔なものやレースのものも。時々、壁には壁掛けが書けられている。
ソファやテーブル、コーヒーメーカーの置かれた談話室もあるし、シャワールームが置かれたのも今の会長になってからだ。
ってかオレ、今の会長にスカウトされて陰陽師になったんだもんな。
三年くらい前かな?
史上最速で会長になった、ってきいた。
ま、そんなことはどうでもいい。
オレは今アセをかいて泥だらけで、早く風呂に入りたいわけだ。
さっさとシャワールームに行こう。
幸運なことにシャワールームには誰もいなくて、独り占めだった。
結構広いんだぜ。
あ〜、スッキリした。
頭をしっかり拭くと、ほんのりシャンプーの香りがした。
やっぱ会長、いい趣味してんなぁ。
あ、これは嫌味とかじゃなくて、本心な。
で、え〜っと、報告報告。
会長室までの通り道に談話室あるから、そこでココアでも飲んで行こう。
今、体使って糖分が欲しいから。
談話室に向かうと、先客が1名だけいた。
その人はこっちを向いて、
「あれぇ、可愛い可愛い九十九くんじゃないかぁ。」
と言って微笑んだ。
「こんにちは、秋穂さん。」
石巻秋穂
オレのお兄ちゃん的存在。
あらゆる面において先輩な、ちょーかっこいい男性である。
あ、ほら、この間あっちの九十九が下校途中にあった、イケメン長髪男性。
あれが、秋穂さん。
あのあたりにいるなんて珍しいけど、多分アヤカシの見回りだろう。
今は、ゆったりとソファに座りながら、コーヒーを飲んでいる。
───実に絵になる。
絵になりすぎる。
長く美しく艶やかな黒髪を紺色の組紐で縛り、ふわっとだぼっとした白いシャツに黒いジーンズを履いている。
陽の光を一度も浴びたことが無いようなほどに真っ白で透き通った肌に、桃色でぷるぷるの唇、キューティクルの輝きが美しく、マッチでも乗りそうなくらい長いまつ毛に、大きくて丸い、薄グレーの瞳はいつも優しい光をたたえていて、時々ふと悲しそうな色になるのも、とても美しい。
性格とはミスマッチだけど。
「九十九くん、珍しいね、協会にくるだなんてね。」
秋穂さんはにっこり笑って言った。
「はい、報告で来たんです。」
「そっかぁ、アヤカシが出たわけね。大丈夫?怪我とかしてないの?」
秋穂さんはオレの周りをウロウロして、怪我がないか確認した。
「大丈夫です。怪我、してません。」
オレが言うと、秋穂さんは安心したように息をついて、ちょっと渋い顔をした。
「でもね、九十九くん、いつ怪我しちゃうかわからないんだから、陰陽師なんてやめちゃってもいいんだよ。」
秋穂さんは、近寄りがたげな雰囲気があるものの、本当はすごい気さくで、いい人なんだ。
というか、すげぇ兄貴分。
「そう言うわけにはいきませんよ、会長にも申し訳ありませんから。」
なぜだか、秋穂さんには敬語になっちゃうわけだ。
まぁ、元の、あっちの九十九の人格が丁寧な人間だからなぁ。
「と言うか、うちの養子にでもなってよ、ね、ね。」
これは、いつも秋穂さんに会うと言われる、決まり文句だ。
「いや、ちょっとそれは…………百狐さんとか清子さんとかに悪いので。」
と言うと、秋穂さんはふくれっ面をする。
これは、人に見られるとその人が息絶えてしまう可能性がなきにしもあらずっていうかあるでしかないので、できるだけ人に見られてはならないのである。
「それか、ボクの弟でもいいよ。」
「よくないです。会長など、たくさんの人に申し訳ないですので。」
「九十九くん、それじゃどうしてもボクの弟にはなりたくないの?」
「なりたくないのではなくて、なりたいけど、色々大変だから、今はちょっと、という話をしています。」
「九十九くん………」
秋穂さんは半泣きである。
オレは無視してココアを取りに行って、熱々の紙コップを持って秋穂さんの向かいに座った。
「ところで、九十九くん。」
秋穂さんは機嫌を直して、にっこりと笑った。
「九十九くんは、会長のことどう思ってる?」
「へ?」
あったかいココアを両手で包み込んで飲みながら、首を傾げた。
「いやね、強いとか弱いとか、若いなぁとか美人とか。」
「強い……とは、思いますね。若いとも思いますし、顔立ちも整ってる方では?」
「ふうん。」
また秋穂さんが、拗ねる。
「まぁでも、秋穂さんの方が整った顔立ちをしてるとは思うのですが。」
「え〜、それ、ほんとっ!」
秋穂さんの笑顔が見る間に輝いた。
「でも、あんまり人に見せないでくださいね、その美しい微笑み。」
「も〜、九十九くんは可愛いねぇ。」
秋穂さんのほおがデュルっと緩む。
この人は、もう。
つられて、オレのほおも少し緩む。
さっき、性格と顔面がミスマッチだって言った理由がわかったか?
あの、クールそうに見える外見から、このへニャンへにゃんの人格が読める人は、国がメンタリストとして認めてもいいと思っているくらいだ。
………でも。
この人と話してると、落ち着くなぁ。
なんでだろう。
───あぁ、わかった。
懐かしい匂いがするからだ。
オレは生まれた時からあっちの九十九と一心同体で、あっちの九十九の記憶がある。
多分これは、オレの時の記憶じゃなくて、あっちの九十九が子供の時の記憶だと思うのだけど、秋穂さんの匂いが、昔嗅いだことのある、懐かしくてあったかくて、落ち着く香りなんだ。
「? どうしたの、九十九くん。」
秋穂さんは、黙り込んだオレの様子を見て首を傾げた。
「いや、なんでもないです。」
「そっかぁ。ところで、今晩暇?」
「へ?」
大きく口を開いて固まる。
「いや、今晩暇?」
「今晩、ですか。暇…かもしれないです。」
「そっかぁ、そっかぁ、じゃさ、うち来なよ。」
「え?」
「任務達成のご褒美。君のお兄ちゃんの秋穂さんが、美味しいお鍋をご馳走しよう。」
「え?ほんとですか!」
「もちろんだよ。買い出しも一緒に行こう。」
「やった!あ、でも……」
「?」
「百狐さんたちが心配するので、一回帰らなきゃ。」
「え〜、マジで言ってるの?秋穂さん、泣いちゃいそうなんだけど。」
秋穂さんはほおを膨らませた。
「明日、明日ならいいですけど!」
と、慌てて手を振って言うと、秋穂さんは眉をひそめてしばし考え込んでから、
「じゃ、明日、朝からね。」
「へ?」
「あ・さ・か・ら♡」
ニッコリ神スマイルで言われて、断れなくなり、何度も首を縦にふる。
「やったぁ!」
子供っぽくガッツポーズされて、苦笑いを浮かべる。
秋穂さんはコーヒーを飲み終わって、前のテーブルに山と盛られた焼き菓子の中からフィナンシェをとって口に運んで、
「美味しい。」
と言って、顔をほころばせた。
「あ、そ〜だ〜。」
「?」
「あのね、最近、浜辺のあたりに出る幽霊、って噂が流行ってるんだよぉ。もしかしたら、会長に依頼されるかもね。」
「え、続きで仕事ですか。」
オレは結構凹む。
最近、仕事を振られることが多くて、そろそろ言い訳がきつい。
なんか方法がないか、教えてくれでもしないと、これ以上の仕事は割に合わなすぎる。
「でも最近、アヤカシたちへの言い訳が苦しくなって来てるから……」
「あ〜ね。今でも、仲良くしてるんだね。」
「えーっと……そうですね。オレが、と言うより、あっちの九十九が、って感じです。」
「ふうん。」
秋穂さんはしばし考え込むようなそぶりを見せて、
「珍しいね。」
と、ポツンと呟いた。
「え?」
「だって、あっちの九十九くんは、陰陽師でも神でも、呪術師でも占い師でも、なんでもない、ただの人でしょ?
ただの人は、アヤカシとか鬼神とか幽霊とか猫又とか、そう言う摩訶不思議なものに関わるのがあまり好きじゃない、と言うか嫌いじゃん。」
秋穂さんは真剣な顔をして言った。
「それに、この間下校途中に会ったときも、ごく普通に、友達と一緒に喋りながら帰っていた。
アヤカシたちと暮らしておいて、だよ?」
「どう言う意味です?」
オレは、冷や汗が垂れる気分で、かろうじてそう聞いた。
こんな真剣な秋穂さん、見たことない。
「特に意味はないよ?」
逆に、秋穂さんが不思議そうにしている。
「まぁ、強いてあるとすれば、九十九くんが強くなるのも当然だね、ってことくらいかな。」
「?」
「だって、あっちの九十九くんも今の九十九くんも、適応力半端ないじゃん。
あっちの九十九くんも、今まで一緒にいた相手がアヤカシだってわかっても、一緒に暮らそうとするくらい神経が図太いし、今の九十九くんも、急に今の会長に、『霊力がある、陰陽師になろう』って言われてもすぐに返事ができちゃうくらいの人物じゃん。」
秋穂さんはカラカラ笑った。
さっきまでの真剣な瞳が嘘のようにはっちゃけた笑い方と、瞳に映る色。
なんでオレは、さっきこの人にゾクッとしたんだろう。
オレは目の前の菓子に手を伸ばした。
フィナンシェやマドレーヌ、一口サイズのガトーショコラに、チーズケーキ。
さっき秋穂さんが食べていたフィナンシェに手を伸ばす。
一口食べると、ふわふわでしっとりしてて、程よい甘さが口の中に広がった。
思わず、顔をほころばせると、秋穂さんはクスッと吹き出した。
「今まで、緊張してたでしょ。」
「なんでそう思うんですか?」
フィナンシェを飲み込んで、マドレーヌに手を伸ばしながら聞く。
秋穂さんは、「食欲旺盛だねぇ、いいね、若いって。」と呟きながら、オレの質問に答えてくれた。
「ボクがあっちの九十九くんの話してたとき、九十九くん、表情がこわばってた。ボクが真剣な顔してるの珍しいから、びっくりしたんでしょ?」
図星だ。
「特に意味はなかったんだけど……ゴメンネ。」
秋穂さんが、頭をわしゃわしゃ撫でてくる。
「ちょっと、恥ずかしいです。」
と反抗すると、秋穂さんはいたずらっ子みたいな顔になって、
「でも、ボクにとっては九十九くんはまだまだ子供なんだよ、高校生の君は、そんな気分じゃないだろうけどね。」
「ムゥ。」
と反論できなくなると、秋穂さんはコーヒーが入っていた紙コップをリサイクル用のゴミ箱に捨ててから、
「じゃあ、また明日。待ち合わせ場所はメールで送るね。」
と微笑んで、手を振って談話室を出て行った。
秋穂さんが出て行ってしばらくして、目の前の籠のお菓子を食べ尽くしてから、オレは談話室を出た。
会長室の目の前まで来ると、ホッとため息をついた。
協会にはたくさんの陰陽師がいる。
その中で、オレは結構有名で、顔も名前も年齢も性別も誕生日も割れているという結構レアな部類に入る。
秋穂さんは、自分の名前を内緒にしておきたい人の多い陰陽師の中でも希少生物だから、名前、性別、誕生日、顔、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな色、嫌いな色はみんなが知ってる。
年齢は、
「ひ・み・つ♡」と、誰も教えてもらえない。
というか、大抵の人は、その美貌ゆえに近づくのさえはばかられると、喋りかけることすらない。
秋穂さんが挨拶でもしようものなら、救急車が大量に出動するほどの騒ぎとなる。
でも、会長クラスはもちろん、ほとんどの陰陽師の個人情報は知られていない。
協会が情報管理を徹底している上、そういうのを明かしたくない人が多いからだ。
で、オレの霊力の多さ、とかが知れちゃって、ちょっとした有名人状態なんだけど、あんまりオレにプライベートで会った人が少ないわけ。
有名人&会えることが少ない&チョー強い
の三つが揃って、オレが協会を歩いているとケッコーな野次馬がやってきてしまうのである。
ほんと、初めてきたときとかマジでやばかった。
夏で、ただでさえ熱中症が危ない、って言われてたのに、協会に隣接されてるプールまで行こうとしたら、たくさんの人に囲まれて、その熱気に当てられて、重度の熱中症でダウン、一日入院した。
あれは、協会で一番の事件だったと思う。
秋穂さんにも、
「ファンに囲まれて熱中症とかやばい、ウケる。」
って言われた。
全然ウケないし!
むしろ、チョー最悪だったし!
………やっべ、ついギャル口調になってしまった。
会長室の前で、大きく伸びをした。
野次馬を避けながら、目立たない道を探って歩いて来るのが大変だった。
「コンコン」
ノックをすると、
「誰?」
という会長の声が聞こえてきた。
「九十九だけど。」
ちなみに、オレは会長にタメ口である。
「入ってください。」
急に、会長の口調が丁寧になる。
扉を開けると、ふかふかの革張りの椅子に座った会長が微笑んでいた。
「いらっしゃいませ、九十九様。」
座っているのは、なかなかな美少女────平野琵琶である。
個人的に秋穂が一番好き。
イケメンっていいよねぇ。
頭の中でイラストを浮かべながら書いています。
秋穂のセリフを書くのは楽しいです。
数少ない(いないかもしれない)読者様、読んでくださってありがとうございます。
おそらく今度は琵琶視点の話になると思われます。
琵琶か、九十九か。
ともかく、また次話で会いましょう。
読んでくださってありがとうございました。