第四話 平野琴は黒いローブ男の正体を知る。
えっと……どうしたらいいんだろ。
アタシの目の前で今倒れたこの男が誰かは知らないけど、ローブを目深にかぶって、怪しい。
身長は、低い。アタシよりも。随分と。
でも、なんて言うんだろう。かなりの存在感と霊力を秘めている。
「誰かから電話が来て倒れたみたいだったけど、なんで?」
とアタシはつぶやきながら、姉さんに電話をかけた。
「もしもし。」
と、冷たい、姉の声が聞こえて来た。
「琵琶姉さん、今、いいかしら。」
「別にいいけど。」
「アタシを助けてくれた人が目の前で倒れたの。誰か分かる?」
「あぁ。琴も知ってる人だよ。」
それだけ言うと、姉さんは電話を切った。
「自分勝手。」
忙しいんだってことはわかってるけど、アタシはそう呟いて、倒れた男のローブをめくった。
「!?」
アタシは目を丸くした。
ローブに隠された顔。
それは、アタシが知ってる、同じ学校同じクラスの、[ニノ前九十九]だった。
「なんでニノ前くんが!?」
アタシは叫んだ。
だって、ニノ前くんは、クラスでもあんまり目立たなくって、でも友達は多くって、誰とでもふわっと仲良くしてる感じの男子なのに!
さっきの、この男の、態度!
普段のニノ前くんからは全然想像できないような態度だったのに!
「ちょっと、起きなさいよ、ニノ前くん!」
と叫んで揺するも、全然起きない。
はっ!
もしかして、こいつ、ニノ前くんじゃなくて、二ノ前くんの姿を借りた別人なんじゃ!
だったら、起きたとき危ないんじゃないの?
とりあえず、縛っておこう!
アタシはポケットから縄を取り出そうとして、その場に崩れ落ちた。
「痛っ……」
そういえばさっき、骨が折れたみたいな音がしたんだった。
折れたまではいかなくても、ひびくらいなら確実にはいってる。
霊力を使えば、一時的に痛みを和らげたり、完全に直したりすることもできなくもないんだけど、アタシじゃ無理。
…そう、アタシじゃ無理なんだ。
アタシは姉さんと違って、霊力が普通の人よりちょっと高いだけの人間。
痛みを和らげることすらできない。
姉さんだったら、姉さんだったらできたのに!
アタシは拳を握りしめて、地面に振り下ろした。
「痛っ。」
体に響く。
アタシはゆっくりと、草の上に横になった。
とりあえず、ニノ前くんが起きるのを待って、事情を聞いた方が良さそうだ。
アタシはそう思って、目を閉じた。
体がふわふわする。
浮いてるような、運ばれてるような。
安心するようないい匂いがして、アタシは安心して眠っていた。
「なっ!」
飛び起きると、家だった。
いつも自分が寝ているベッドの上に横たわっている。
「あら、起きたのぉ?」
声のした方を向くと、お母さんがにっこり笑っていた。
「琴、骨にヒビ入ってるらしいから、しばらく動いちゃダメよ。」
「わかった、お母さん。」
「何か食べ物持ってくるわね。消化にいいやつ。」
お母さんはそう言って、部屋から出て行った。
窓辺に、薄水色の花瓶と、それに活けられた色とりどりの季節の花がおいてある。
開いた窓から流れ込んでくる風で、白くて清潔なカーテンが揺れた。
起こした体をゆっくりと戻してから、記憶をたどってみた。
ええっと、学校が終わってすぐ、姉さんから電話がきて、アヤカシを祓うように言われて。
それで、行って見たらアヤカシが思いの外つよくて。
除霊具が折られて、体に強い衝撃が走って、倒れた。
……そんで、そのとき、黒いローブを被った男──ニノ前くんが現れて、アタシを助けてくれた。
アタシが何時間も苦戦したアヤカシ相手に、ほんの1分足らずで勝ってしまった。
それから、誰か分からなくて姉さんに電話して、ローブをめくって顔を見たら、ニノ前くんだった。
それでアタシは眠って……
そんなら、アタシはなんでうちにいるの?
そうだ、誰かに運ばれてるような気分で眠ってたんだ。
いったい誰が……
アタシはそう思いながら、お母さんがくるのを待った。
数分後、お母さんがお盆と、白い陶器の器に入ったうどんを持ってやってきた。
今見ると、お母さんは、真っ白のワンピースに真っ白いガウンを羽織って、長くて艶やかな髪が白い服の上に散り、細長い手足がすらりと伸びていた。
「はぁい、玉子うどんでぇす。」
お母さんは茶目けたっぷりにそう言うって、アタシの前にあるベッドに備え付けのテーブルにおいた。
お母さんは、アタシと姉さんを差別しない。
だから、アタシはお母さんとはよく喋る。
でも、兄さんと、父さんと、あと、姉さんとは、あんまり喋らない。
仲の悪いわけではない。
むしろ、小学校低学年まではよくみんなで遊んでいたくらいだ。
でも、アタシの霊力がどれくらいか発覚するようになると、態度が変わった。
兄さんは気の弱い人だから、お父さんに言われるのが嫌で、申し訳なさげにアタシと喋らない。
父さんは多分、アタシのこと嫌いなんだろうなぁ。
姉さんは、なんて言うか、仲良くしてくれるときとしてくれない時の差が激しい。
少なくとも、姉さんがあの席に座っている間は、アタシはほぼ姉さんと喋らない。
アタシはずぞぞっとうどんをすすった。
あったかくて、卵の味と出汁の味が相待って、なんて言うか、ほっこりする。
お母さんは料理がうまい。
うちには使用人がいるけど、こう言う時は、お母さんは自分で料理を作ってくれる。
ズゾゾ、とまたうどんをすする。
お母さんはそれを満足そうに見ていた。
あ、そうだ。
「お母さん、アタシはどうしてここにいるの?」
アタシがそう言うと、お母さんはちらっと目を泳がせた。
「えぇっとね……分からないのよ。」
「え?でも、アタシをうちに入れたのはお母さんか使用人か、でしょ?」
「ううん、違うのよ、ごめんなさい。かあさんはね、琴がベッドにいるのを見つけただけなの。」
「じゃ、誰かがアタシをここに運んだってこと?」
「えぇ、そうなんじゃないのかしらねぇ。」
「うちに入れるなんて、すごいのね。」
「そうねぇ。」
お母さんはそう行って、忙しげに部屋を出て行った。
もしかしたら、ニノ前くんだったりしてね。
アタシはそう思って、またうどんをすすった。
私は電話に手をかけた。
「もしもし。おはようございます、九十九様」
そう言うと、電話の奥で人が倒れる音がした。
「いったぁ!」
しばらくして、叫び声がする。
「琵琶、もうちょっと何かこう、安全な呼び出し方法はねぇのか?ってか、あ!オレ、まぁだ野外に放置?
ってか、琴はいないし!」
「当然でしょう。妹を放置するなんて、私ができるわけないでしょう。」
「いや、琵琶ならやりかねない。」
「ひどいことを言わないでください。」
「あっはっは。で、要件は?」
九十九様が立ち上がる音がする。
それから、ザッザッと歩く音も。
「と言うか九十九様、友達の家に泊まるといって出てきたのに、帰って大丈夫ですか?」
「なんで?」
「草の上に寝っ転がっていたなら泥だらけでしょう。」
「まぁ。じゃ、協会に行ってシャワー浴びていい?」
「もちろんです。ついでに、今回の件の報告をお願いしようと思っていました。」
「あぁ〜ね。わかったぁ。じゃ、もう切るね。」
「はい。お待ちしております。」
私はそう言って電話を切った。
ホッと一息ついてから、家に電話を掛ける。
「もしもし?」
と言うと、母が出た。
「もしもし。」
「お母様、琴の様子は?」
「あぁ、元気よ。琵琶が運んできたことは言わないほうが良かったのよね。」
「もちろん。ありがとう。」
「でも、なんで言ったらダメなの?あの子、あなたに心配されてるって知ったら喜ぶと思うのだけれど。」
「……どうかしら。それに、言わないほうがいいのよ。あの子のために。」
「なんで?」
「なんでってそりゃ……あの子のことだから。」
言わないほうがいいと思う。
──小さい頃、あの子本人から頼まれたなんて。
読んでくださってありがとうございます。
一日一話投稿とか言ったのは忘れてください。
ちょっと九十九のキャラ設定に悩んでるので、一話一話の間が結構空くと思います。
設定とかがちゃんとしたら、多分一日一話投稿できるので、これからもよろしくお願いします。
それではまた今度。