第３２話 審査員（その他）
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」
衣織はベンチに倒れこんだ。
「疲れたな。休憩しよう。」
「九十九様の分、何か飲み物、買ってきます。」
意地で立ち上がろうとする衣織。
「いいから！休んでろ！オレが買いに行くから！理寿も、なんかあったらオレに言ってくれ！」
「本当っ！？じゃあ、僕、ココア！冷たいやつ！」
理寿に遠慮はない。
「わかった。じゃあ、衣織は？」
「え、僕もいいんですか………？」
「いいって。何がいい？」
「えっと、じゃあ………ミネラルウォーターで。」
「遠慮すんなよ。」
必死に頭の中で自販機ラインナップを浮かべ、なるべく地味なものを選ぼうとしている衣織に言うと、衣織は悩んだように空を見てから、
「なら、えっと、コーヒー、冷たいやつがいいですあと、できれば無糖で………」
「わかった。」
そう答えながら自販機に向かったオレだが。
えぇええええええ！！
衣織、コーヒー飲めるの！？
しかも砂糖なし！？
オレ、もし砂糖が入っていても、牛乳入ってないと無理だわ。
衣織もそうだし、さっき通り過ぎたピアスだらけの男の子も、オレと多分そんなに年が変わらないはずなのに、大人だぁ。
オレも、大人っぽいことしてみたいなぁ。
理寿も、あんな顔してブラックコーヒーとか飲むし。
何それ、すごいわ。
高校生ってそんなだっけ。（じゃお前は今いくつだよ。）
自販機の前で、頼まれたものを思い出しつつ、それらを持って衣織たちの元に帰ろうとすると。
「ねぇ、知ってる？」
という女性の声が聞こえた。
なんだなんだ？
オレは気になって、自販機と壁によって作られた角に立ち、耳をすませた。
「あのね、今度のオンリーワンチャンピオンシップの審査員に、九十九様がお出になるらしいわよ。」
「えぇ、本当？今まで一度もなかったじゃないの。」
「そうなの。そうなのよ。驚いたんだけれどね、でも、広告板に貼ってあったオンリーワンチャンピオンシップのポスターのね、審査員の欄に、九十九様のお名前があったんだもの。」
噂になってるぅうう！
「へぇ、じゃあ、今年の審査員は何人いらっしゃるの？」
「えぇとね、憶山の家の康記様、それから、狐狸川家の邏寿様に、平野琵琶会長、石巻秋穂様、ニノ前九十九様ですわ。」
「あら？それだけですの？」
「えぇ、そうなんですの。呪文詠唱系の方々や、身体強化系の方々なんかは、辞退されたらしいですわ。」
「へぇ。不思議ですわね。」
「きっと、九十九様がいらっしゃったからお任せになることにしたんだわ。」
「なるほど。確かに、そちらの方がよろしいわね。けれど、憶山康記様は、憶の家の者でしょう。確かあの家の能力は………そんなの、オンリーワンチャンピオンシップで競う方なんていらっしゃいませんわよ。」
なんて、審査員の話を着ているうちに、だんだん手に持っていた飲み物がぬるくなり始めた。
「やべ。」
オレは理寿たちの元へ走って戻ることにした。
「あ！九十九くん、遅いよーっ！」
理寿はオレを見つけて、そう叫んだ。
「ごめんごめん。ちょっと気になる話を聞いててね。」
「気になるはなしっ？どんなのっ？」
興味津々の理寿だが、ちょっと言いたくない。
これは、自分が噂になっていることを言うのが自慢みたいだから、なんていうしょうもない理由じゃない。
さっき名前が出た、狐狸川邏寿。
理寿のお兄さんだ。
オレ的には、とっても優しい、いいお兄さんなんだけど、理寿は邏寿さんのことが嫌いだ。
「それは、えぇっと………」
オレが言いよどんでいると、衣織は助け船のつもりか、
「………あ、そういえば！九十九様、オンリーワンチャンピオンシップの審査員をやられるんですよね。」
「う、うん。………あっ！」
理寿の顔が一気に曇っている。
オレは衣織の顔を見て、目で圧を込め、理寿に向かって顎をしゃくって見せた。
衣織は理寿を見て、驚いたような顔をした。
「でも、オレ、審査員、できる気がしないなー。」
と、棒読みで、理寿の方を見て、言ってみると、理寿は喋った。
「だいじょうぶだよっ。九十九くんならねっ。」
理寿と付き合いが短い衣織は、ホッとしたような顔をしているが、理寿は全然いつもどおりじゃない。
声がいつもより余裕がなくて、うわずっている。
「さ、衣織、続きやるぞ！」
流れを断ち切るように叫ぶと、衣織に言った。
「衣織、ちょっとこのジュース、冷たくしてみろ。」
「………え？」
「だから、冷たくしてみろ、って。」
「どうやってですか！？やったことないんですけど！」
と叫ぶ衣織の意見はもっともである。
オレが今、とっさに思いついて言ったことだし、最初に伝えた練習メニューには全く予定されていない。
「いや、そこはあれだ、フィーリング。」
「なんですかフィーリングって！僕は九十九様じゃないんですよ！」
ごもっとも。
「もう、九十九くんは、やっぱり人に教えるの、苦手だね。」
そう言って笑った理寿の声は、普段と変わらなかった。
内心ホッとしつつも、
「じゃ、どう教えればいいんだよ。」
と軽く睨む。
理寿は、「おお、こわ。」と言いながら、衣織に近づいた。
手を掴む。
「まずはイメージが大事。これが冷たくなるようなイメージや、冷たくなっていく感覚を考えるんだ。」
「は、はい………」
突然のことに動揺しながらも、衣織は素直に目を閉じて考え始めた。
しばらく、ミンミン蝉がなく音だけが響いていた。
衣織が目を開いた。
「シャァアアアアアア………」
と音を立てて、カップ＋地面が凍り始めた。
「あぁあああああ！衣織！ストップ、ストップ、ストップ！」
オレは叫んだ。
衣織はハッと目を開く。
「あっ！すみませんすみませんすみません！今すぐどうにかします！ライター、ライター？ライターでいいの？ライターで溶けるの？」
テンパリまくって大変なことになっている。
「一旦落ち着け。」
オレが言うと、衣織は我に帰った。
「このレベルの氷はライターでは溶かせないだろう。」
「あ、そっか………」
衣織は手を顔に当てて首を傾げた。
「どうするのっ、九十九くんっ。」
なぜか嬉しそうな理寿。
その目が訴えている。
『九十九くんが溶かすんだよね、ね？』
うん、まぁそうだけど。
読まれすぎてて少しオレのメンタルが………
でも、元気になってよかった。
邏寿さんを思い出させる内容が出た時は、裏理寿が出た感じだったけれど、今は全然大丈夫みたいだ。
オレは少し微笑んで、両手を不思議な形に組み合わせた。
とある理由で、呪文は唱えない。
氷がちょうどいいくらいに溶けて、キンキンのジュースたちが出来上がった。
「すごいですね！」
大げさに反応してくれる衣織が可愛くて、ほおを少し緩めた。
「ほら、飲めよ。」
「はい！」
衣織は自分の頼んだコーヒーを両手で包み込むようにして、口元に運んだ。
「んく、んく。」と必死で飲んでいる。
理寿も、美味しそうにココアを飲んでいる。
ちなみにオレは乳酸菌飲料である。
甘くて美味しいので、結構好きな飲み物の１つだ。
「九十九様、」
衣織に呼ばれて、オレは自分のペットボトルから顔をそらした。
「ありがとうございます。」
満面の笑みで言う衣織。
後輩に教えるのも、悪くない。
………それにしても。
あの一瞬で、地面をも凍らせるなんて。
衣織のポテンシャルは、思っていたより高いのかもしれなかった。
読んでくださってありがとうございます！！
お久しぶりです！！（ここまでが最近の定型文）
これから、あとがきでのネタバレはやめることにしました。
特にこれといった理由があるわけではないのですが、やっぱやめておいたほうがいいのかもな、って思ったので。
歌上手くなりたい………（（唐突
それでは、次の話でお会いしましょう！！
追伸：氷の王子様や、結構前に書いていた短編は、出そうかどうしようか悩みながら、書いては消しを繰り返しています。もう少々お待ちください。
