第二話 少年はアヤカシに出迎えられる。
「おかえり、九十九。」
目の前の美女は、そう言って微笑んだ。
朝、ぼくに食パンを投げてきたあのおてんばな雰囲気は隠れ、代わりにミステリアスで大人っぽい雰囲気を漂わせていた。
「ただいま、百狐さん。」
ぼくはそう言った。
この人は今、狐から人間に変わった。
まぁ、つまりは、
彼女はアヤカシなのである。
厳密に言うと、妖狐だ。
詳しく説明すると途方もなく時間がかかるので、かいつまんで話すと、ぼくは昔から、アヤカシが見える存在だった。
家がすごい霊能力者の家系とかそんなのではなく、ただの、ごくフツーの一家。
なぜか、ぼくだけがアヤカシを見ることができた。
でまあ、アヤカシの中には人にそっくりのものだっている。
化けているケースもあるけれど、小さな頃のぼくには見た目が人間っぽいと言うだけで、人間と断定していた。
で、そんな中、お父さんとお母さんが仕事で海外に行っちゃって、遊ぶ人がいなくなって、人間に姿形の似ているアヤカシと遊んでいた。
ぼくが小学五年生くらいになって、みんなはぼくに教えてくれた。
自分がアヤカシで、この世のものではないこと。
アヤカシの中には、危害を加えるものもいるが、自分たちはそうではないこと。
もし、もう一緒に住みたくないと言うなら、自分たちは出て行くとも言ってくれた。
でも、ぼくには彼らがアヤカシだろうがそうでなかろうがどうでもよかった。
お父さんとお母さんの姿さえ思い出せなくなりつつあり、そんなぼくにとってアヤカシは家族同然だった。
以来、ぼくはみんなと同居を続けているのだけれど…
「お、お帰りなさい、九十九さん。」
おどおどと、リビングの方から一人の女性が現れた。
彼女の名前は清子。
長くて艶やかな紺色の髪に、すらりと白い手、真っ白いワンピース。
そして何より─
足がない。
まぁ、今の話の流れで言えば彼女もアヤカシだ。
…いや、アヤカシというのは正しくないだろう。
幽霊だ。
でも本人曰く、「特に未練もないし、成仏してるはず。」らしい。
なぜ幽霊としてこの場にとどまっているのか、わかるまではうちにいることになっている。
「ただいま、清子さん。」
ぼくはそう言って、リビングに入った。
リビングでは、一人の男性がくつろいでいた。
「お、おかえりぃ、九十九。」
彼はそう言って、にっこり笑った。
さっき下校途中であった男性レベル、とまではいかずとも、なかなかの美形である。
彼の名前は帆兎。
人間に化けた百狐さんと同じく、着物……というより、浴衣を着こなしている。
身長は高く、髪の色は真っ赤、目は黄色よりももっと美しい、琥珀色だ。
そして、彼の一番の特徴は、赤く美しい髪と一緒になって生えている、すらりとした二本のツノだろう。
まぁ、アヤカシでツノを持つものと言ったら、鬼くらいだよね。
そう、彼は鬼。
地獄で働いている鬼神様らしいけど、うちなんかでゴロゴロしていていいんだろうか。
その疑問をぶつけると、彼は大抵、「ダイジョーブ大丈夫、俺なんかいなくてもなんとかなるさ〜。」と言ってはぐらかすのだけれど、しょっちゅう電話がかかってくるところを見るとどうも全然大丈夫じゃなさそうだ。
あと、今ここにいるアヤカシは……
「お、帰ったにょかにゃ。」
と、ソファの方から声がした。
ぼくは上から覗き込んで、
「ただいまです、ツツさん。」
と声をかけた。
今ぼくが挨拶をした相手は─猫だ。
猫とは言っても、ユラユラ揺れる尻尾は二本。
尻尾が二本の猫=猫又
である。
名前はツツ。
ツツさんはな行の言葉を“にゃ”にしてしまう癖がある。
ぼくは基本、この四人(?)と同居している。
ツツさんを除いたみんながご飯を作ってくれているので、特に不自由はない。
「九十九、おやつ、何がいい?」
百狐さんが冷蔵庫を除いたり棚を漁ったりしながらぼくにきいた。
「えっと、甘いものがいいです。あと、ぼくは今から部屋へ行きます。」
「わかったわ。なら、あとでいくつか見繕って持っていくから。」
百狐さんはそう言って、白い陶器の皿を取り出した。
ぼくは頭を下げて、二階へ行った。
ここはもともとぼくと両親が住んでいたところで、結構立派なうちである。
水道代や光熱費などは、お父さんやお母さんから送られてきたり、おじいちゃんやおばあちゃんから送られてきたり、様々だけど、苦労はしていない。
前に一度、バイトをしようかと百狐さんに相談すると、
「ダメだよ!カツアゲでもされたらどうするの!」
と、結構マジな顔で拒否された。
ぼくは働くのが好きだから、友達と一緒に働いているのはすごく楽しいだろうになぁ。
ぼくはかばんを片付けて、勉強用の椅子に座り込んだ。
スマホだけ、机の上に置いてある。
うちの学校は宿題を出さないけど、復習はちゃんとやっとかなないとテストに響く。
世界史の教科書を読み始めた。
と、しばらくしてノックの音がして、
「入るわよ、九十九。」
と、百狐さんの声がした。
「どうぞ。」
と言うと、入ってきて、
「これ。エクレアと、シュークリームと、チュロスよ。」
「ありがとうございます、百狐さん。」
ぼくがそう言うと、百狐さんはぼくの持っていた教科書にちらっと目を向けて、
「勉強の邪魔しちゃ悪いから、退散するわね。でも、休憩もちゃんと取りなさいよ。それに、目が悪くなるから、携帯を触るのもほどほどにね。」
「わかってます、百狐さん。」
ぼくはそう言って笑った。
百狐さんはそれを見て満足そうに頷き、ぼくの部屋を出て言った。
ぼくはシュークリームを口にくわえて、教科書を数学のに変えた。
「あぁ〜っ、終わったぁ!」
もう日が沈み、目が限界まで疲れてきた頃、ぼくはすべての教科の復習を終えた。
「疲れた。」
と呟きながら、残して置いた二本のチュロスを食べる。
プレーンとチョコレートとで、個人的にプレーンの方が好きである。
チョコレート味の最後の一口を口に放り込んだ時、ずっと放置してあった机の上のスマホが振動した。
「テテテテテテテン♪テテテテテテテン♪」
軽快な音楽が流れてくるところを見ると、どうやら電話らしい。
「誰から?」
と呟きながらスマホを手に取ると、
「平野琵琶先輩」
と表示された。
平野琵琶先輩。
生徒会長で、平野琴さんのお姉さん。
ぼくに何の用なんだろう。
「もしもし。」
ぼくがそう言うと、琵琶先輩の声が耳に流れ込んできた。
「おはようございます、九十九様。」
その声で、ぼくはスマホを取り落とし、机に突っ伏した。
読んでくれてありがとうございます。
他の小説家様がたに比べればまだまだ赤子のような作品ですが、これからもよろしくお願いします。
多分一日一話投稿になります。
それではまた明日。
ありがとうございました!