第一話 少年は不審者の話を聞く。
「おはよう、二ノ前くん。」
正門をくぐると、ぼくは女の子に挨拶された。
「おはよう、平野さん。」
この少女の名前は平野琴。気が強くて、一部の男子にはすごく人気な美少女だ。
犬歯がすごく尖ってて、長い髪をツインテールにしていて、足がすごく長い。
「おい、ちょっと待ってくれ、九十九!」
後ろから、伊知郎が追いかけてきた。
「なんで置いてくんだよ!」
「だって、伊知郎が身長の話なんて持ち出すから。」
と言うと、平野さんが言った。
「伊知郎くんと二ノ前くんは仲がいいね。」
そして、白い歯を少し覗かせて笑った。
「まぁな!」
と伊知郎は言って、ぼくの肩を抱いた。
ぼくも伊知郎が嫌いではないので、されるがままにしておく。
「でも、二ノ前くんはもう少し、【断る】と言うことを覚えたほうがいいわよ。」
「え〜、えっと、その、そんなこと言われても困るって言うか…ぼくは伊知郎が嫌いなわけじゃないし…ただ身長の話が嫌いなだけで…」
「そう。二ノ前くんがヤじゃないなら、アタシは別にいいんだけど。」
そう言うと、平野さんはつかつかと歩き出した。
一歩分の歩幅がすごく大きくて、あっという間に学校の中に入って行ってしまった。
「伊知郎、ぼくたちも行こう。カバンの準備とかあるし。」
「おう!」
伊知郎は、身長が高い分足も長いから、ぼくなんかより歩幅はずっと大きいけど、ぼくに合わせて歩いてくれる。いいやつなんだ、見た目とは裏腹に。
昇降口で靴を履き替えていると、先生がみんなに挨拶していた。
「菅原先生、おはようございます。」
「おはよう、九十九くん。あら?また伊知郎くんと一緒の登校なの?」
「はい。」
「いいわねぇ、仲が良くて。」
「はい。」
ぼくはそう言って、伊知郎と一緒に教室に向かった。
その途中で。
「あ、九十九くぅ〜ん。」
と、女の子に呼び止められた。
「あ、えっと…おはよう、藤田さん。」
藤田さんは、えっと…あんまりぼくが好きじゃないタイプの女子、です。得意ではないタイプの、女子、です。
藤田さんのいるところを通り抜けてから、伊知郎がぼくに囁いた。
「藤田、お前のこと好きなんだぜ。」
「は?」
「だから、しょっちゅうお前に絡んでるの、分からないの?」
「分かるわけないじゃないか。テストの問題より何より難しいのは、女の子の恋心、らしいから。」
「お前、うちのクラスで一番って言っていいほどに鈍感だしなぁ。」
伊知郎は、教室の扉を開けながら言った。
教室に入った途端、品定めをするような女子たちの視線が向かう。
どちらかと言うと、伊知郎ではなくぼく。
伊知郎はその、高校生には見えないけど、それなりに性格がいいし、顔も悪くない。ちょっと目つきは悪いけど。
クラス三代モテ男の一人である。
しかし、それに参加していない女子も、二人だけいる。
一人は平野さん。
平野さんは男子の方から寄ってくるから、そんなことする必要がなくて。
もう一人は、清水さんという女の子。
清水さんは地味で真面目なタイプで、そんなことを気にしているタイプではないから。
ぼくは清水さんと席が近いので、毎日挨拶をしている。
「おはよう、清水さん。」
「…おは、よう、二ノ前、くん。」
清水さんは読んだ本から顔を上げて、ちゃんと目を見て挨拶してくれる。
…清水さんは、目が綺麗だ。
長くて重たい前髪で隠れてしまってはいるけど、まつ毛が長くて、潤んでいる、黒い大きな瞳。
見せておいたら可愛いのに、勿体無いなと思っている。
教科書を片付けて、席で清水さんと同じように読書をしていると、菅原先生が入ってきた。
「みんな、おはよう!」
ニコニコ笑いながらみんなに手を振って、自分の席に座ると、チャイムがなった。
それから先生は時計を見て、
「今日の日直は九十九くんよね。」
と言った。
ぼくは本に没頭していて気づかなかった。
すると、
「九十九くん、九十九くん!」
と先生に叫ばれた。
「は、はいっ!」
ぼくは慌てて立ち上がった。
すでに清水さんが黒板の前に立っていた。
「ごめんね、清水さん。」
ぼくはそう小声で言って清水さんの隣に並んだ。
「それでは朝の会を始めます。」
ぼくと清水さんが一緒に言うと、みんなの姿勢が一気に伸びた。
健康観察が終わって、先生の話になると、いつも笑っている菅原先生の顔が真剣になった。
「皆さんに、重要なお話があります。」
みんなの顔も真剣になった。
先生は細く息をついて、
「最近、学校の周りで不審者が出るそうです。」
ぼくは少し伊知郎に目をやった。
伊知郎は、
「俺じゃないし。」
と言うように、瞬きをして見せた。
「身長は160から170センチの男性、服装は黒いパーカーに黒いジーンズ。話しかけられた子の話では、視線がおぼつかなかった、と言っていたわ。みんなは高校生だけど、大人じゃないから、気をつけてね。」
菅原先生はそう言って、無理をするように微笑んで、
「それじゃ、今日の予定を伝えますね。えっと、一限の世界史では…」
不審者か。
一瞬伊知郎かと思ったけど、伊知郎はもっと背が高いから、全然違う。
帰る途中で出くわさなきゃいいけど。
そして下校の時間。
「さよなら!」
という大きな挨拶が終わると、女子がキャーキャー騒ぎ出した。
「ね〜、帰る途中で不審者に話しかけられたらどうするぅ?」
「え〜、怖ぃ〜。」
男子はさして気に留めていないようで、
「さっさと帰ろーぜ。」
「そうだ、ミックでもよってこうや。」
「あ〜、そうしようぜ。新しいシェイクが出たらしいし。」
伊知郎もこっちによってきて、
「帰ろうぜ、九十九。」
「あぁ。」
ぼくはそう返事をして、二人して昇降口に向かった。
靴を履き替えて外に出ると、真剣な顔で平野さんが電話していた。
平野さんはぼくたちを見ると、ハッとしたような顔をして、頭を下げてきた。
ぼくたちも下げかえす。
学校の周りを歩いていると、一人の背の高い男の人が話しかけてきた。
伊知郎より、数センチ高い。
190以上あるってことだ。
「こんにちは。学校お疲れ様。」
彼は、とても美しい声でぼくらに話しかけた。
到底不審者と違う身なりに、ぼくらの警戒も薄まった。
「気をつけて帰ってね。」
チョコレートのように甘く、蕩けるような声、腰近くまで伸びている長くたおやかな髪、一度も陽を浴びたことがないような白く透き通った肌に、薄桃色のぷるぷるの唇。あげくすらりとした長身ときた。
ぼくが女子だったら、
「きゃーっ!」
と声をあげて、溶けるように崩れ落ちた事だろう。
その人の姿が見えなくなると、伊知郎はぼくに囁いた。
「あの人、すげぇかっこよかったな。」
「ねぇ。女子だったら全財産貢いじゃうんじゃないのかな。」
「確かに、可能性あるな。」
伊知郎は笑いながらそう言った。
ぼくより伊知郎の家の方が近いので、先に伊知郎の家による。
「じゃあな、また明日。」
伊知郎は笑って言った。
「あぁ、また明日。」
「不審者、気をつけろよ。」
伊知郎は、扉を閉める前にそう言った。
ほら、やっぱりこいつは性格がいい。
「大丈夫だよ、さして時間がかからないしさ。」
ぼくはそう言って笑ってみせると、伊知郎は安心したように家に入った。
ぼくは伊知郎の家から出ると、しばらく通学路を一人で歩いた。
その道中、会ったのはたったの一人。
犬の散歩をしている女の人だ。
まず性別からして違うので、挨拶をしてすり抜けた。
家に着くと、通学バックから鍵を引っ張り出して、ドアを開ける。
「ただいま〜。」
ぼくはそう言いながら靴を脱いだ。
すると、目の前に、一匹の狐がやってきた。
「ちょっと、百狐さん、その格好だと目立ちますよ。」
ぼくがそう言うと、目の前の狐は「ボフッ!」と煙をあげて、今朝ぼくに向かって食パンを投げてきた美女に変わった。
どうでしたでしょうか。
読んでくださってありがとうございます。
この長さでちょうどいいのかもっと長いほうがいいのかもわからなくて…
これからもっと面白くなります。(多分)
これからもよろしくお願いいたします。