第10話 琵琶の本音
「じゃあね、九十九くんっ。」
クレープ屋に行って、アイスクリームショップに行って、たい焼きを買って、人形焼を食べた後、オレたちは家にかえってきた。
理寿はオレを送ってくれて、
「本当はアヤカシさんたちに挨拶したいけど、忙しいから無理だな、ごめんねっ。」
と言う。
───あ〜あ。
理寿くらいだよな、オレがアヤカシと同居してるのを認めてるっつーか受け入れてくれてるの。
琵琶は、顔に出してないつもりだけど、オレにはわかる。
あいつは、オレがアヤカシと同居してるのを許していない。
秋穂さんは、アヤカシたちの話をすると目を鋭くするし、ほかの陰陽師だって、
『いつになったら同居をやめるんだか………』
なんて話を何度聞かされたことだろう。
「オレは気に入ってんだけどなぁ。」
そう呟きながら、鍵を開けて家の中に入る。
「ただいま。」
次の瞬間。
「「「「九十九っ。」」」」
四人が一斉にそう叫んで、オレに飛びかかって来た。
「わっ!」
さすがのオレも、不意をつかれて倒れる。
「遅かったじゃない!心配したのよ!」
「休日じゃないですか……まだ昼ですし………」
親バカ丸出しの百狐さんに少し呆れた返答を返すと、透明でオレをすり抜けてしまう清子さんはそっと壁際に行って、
「誰かに誘拐されてるんじゃないかって、心配してました。」
と言った。
「ごめんなさい。」
オレはとりあえず謝っておく。
「まぁでも、元気で何よりぃ!」
帆兎さんがそう言って、オレの肩に手を回した。
「ニャンだ、それ。」
ツツさんは大きなあくびをしながら、オレが持っていた紙袋を前足で指した。
「お土産です。」
そう言ってオレはアヤカシたちの包囲網を振り払い、リビングに行くと、テーブルの上においた。
紙袋を開けていくつかの箱や袋を取り出すオレのことを、興味津々で百狐さんや帆兎さんが見つめる。
「これがクレープで、こっちがたい焼き。それでこっちが人形焼です。」
順に指しながら説明すると、食べられる組の百狐さんと帆兎さんが肉食獣のごとく瞳を鋭く光らせた。
「やった!」
そして、クレープの種類が二つとも同じであることを確認して、食べ始める。
「おりゃたちゃどうニャルのかニャ。」
不服そうな声でツツさんが訴える。
「大丈夫です、猫用のケーキを買って来ました。」
オレがそう言って親指を立てると、嬉しそうにテーブルによじ登り、
「早くだしてくれニャ。」
と、前足で箱を引っ掻いた。
「………」
隅で恥ずかしげに、寂しそうにモジモジしている清子さんに、
「あの。」
と声をかけた。
「清子さんが食べれないのはわかってたので、これ。」
オレはそう言ってストラップを出した。
ガラス細工のストラップで、寒色系のグラデーションの上から、金箔がかかっている。
「さわれはします、よね?」
オレが心配そうに言うと、清子さんは青白いほおを少し赤くして、頷いた。
拳がプルプル震えて、目が潤んで、いまにも泣きそうだ。
「それじゃあ、ぼく、着替えてくるので。食べていてください。」
オレはそう言って、二階に上がった。
「んっ……!」
大きく伸びをして、部屋着のジャージに着替える。
スマホを取り出して時間を見ようとした直後、電話がかかって来た。
「きた。」
どうせ琵琶からだ、表示もされてるし。
「もしもし?」
「もしもし、九十九様。」
琵琶はなんだか嬉しそうな声色で言った。
これはもしや、話が長くなる感じか?
琵琶は大きく息を吸い込んで、まくし立て始めた。
「アヤカシたちへの言い訳の件、うまくまとまってよかったですね。それはそうと、先ほど陰陽師講座の石野さんが九十九様が目をかけてくださる生徒が現れたとおっしゃっておりましたが、本当ですか?それなら、ほかの生徒への授業もお願いしたいのです、教師が足りていなくて………」
「それはやだ。」
遠慮もなしに言う琵琶に、オレは少し腹を立てながら告げた。
「オレは、自分が気に入ったやつにしか陰陽道を教えない。そう決めてるし、オレは教えるのが下手だから、飲み込みのいいやつじゃないとダメだ。わかるか?」
そう言うと、琵琶は黙り込んだ。
オレが教えるのが下手っていうのに納得してるのか、オレを説得するために考えてるのか、どっちなんだよっ。
そう思いながら待つこと、20秒。
「……わかりました。」
琵琶が折れた。
「仕方ないです。それでは、その陰陽師のことはよろしくお願いいたします。」
「………なるたけ、頑張る。」
オレは歯切れの悪い返事を返した。
申し訳ないが、オレは人に教えるのが下手だ。
感覚で動くタイプだから。
人に感覚を伝えるなんて無理じゃん?
だから、言い切れない。
許せ、琵琶。
あと、衣織。
「なぁなぁ琵琶。」
「何でしょう?」
オレに講座の教師の仕事を断られたせいか、何となく声が暗い。
「お前、琴とはうまくやってんの?」
「………………」
長い沈黙の後、琵琶がポツリ。
「………わかりません。」
「ふぅん?姉妹なのに?」
オレがからかい気味に聞くと、琵琶は自嘲気味な溜息をついた。
「はい、全くわかりません。
あの子が何を考えてるか、何を思っているか。私のことをどう思っているかも、九十九様のことをどう思っているのかも。」
「あっそ。でもそれって、当たり前じゃん?」
息を呑む気配がする。
オレは続ける。
「オレだって、アヤカシたちの考えてることわかんないよ?きっと、あっちの九十九だって同じ。
家族同然だろうが家族だろうが、どんなに親しい人であったとしても、その胸の奥の真意は誰にも汲み取ることはできないよ。」
「でも、あの子は、あの子には、私には本当のことを言って欲しいんです。」
絞り出すような、琵琶にしては珍しくかすれた声に、オレは言い返した。
「んなのお前のエゴじゃん。そんなのお前の勝手だろうが。
あいつはお前に本当のこと言いたくねぇってことなんだろうが。
確かに、琴が琵琶のことを好きか嫌いなんて知らないよ。オレは、人の心には鈍感だからな。
………でも、オレには、一つだけ確信してることがある。」
ゴクリと、琵琶が唾を飲み込む気配がした。
「琴は、お前のことを羨ましがってる。
自分なんかよりずっともっと才能に恵まれているお前を、羨ましがってる。尊敬してる。だから大丈夫、お前らの関係はそんなに冷え切ってないからな。」
オレがそう言い切ってやると、先ほどとは違って安心したような溜息を琵琶が漏らした。
「ありがとうございます。」
「おう。」
そう答えると、
「それでは、お休みなさいませ、九十九様。」
「ちょ、この流れってそれ………あり………かよ………」
文句を言いながら、オレは机に突っ伏した。
読んでくださってありがとうございます!!
次は久しぶりの、『あっちの九十九視点』です。
百狐さんが美味しい夜ご飯を作ってくれます、お楽しみに!!
そして、九十九をつけている、謎の人物。それは一体………?
そろそろ名前が判明してくるのでは?
でもそうだな、衣織の訓練が終わった後くらいになるかも、つまり結構後ですね。
それでは次のお話でお会いしましょう!!