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野菜が美味い年頃になってきた




「「お疲れ様ー」」


 駆けつけ一杯を二人でぐいっと飲み干した。冷えた炭酸のシュワシュワを喉越しで感じ、麦のホップの香りがふわりと鼻に抜ける。今日も生きてて良かった。生の悦びで身体中の細胞が震える。


 店内はフライデーナイトに相応しくそこかしこで話に花が咲き乱れ、カクテルパーティー効果をこれでもかと実感出来る空間になっている。その中でもより聞き取りやすい仕様になっている睦月の声が私の耳に届く。


「さ、ともちゃん何食べる?ここ野菜が産地直送で美味しいんだって。この大根サラダを頼んでードレッシングはゴマドレでいいでしょ?栗の素揚げだって。秋の味覚だねぇ。山芋と牛蒡の天ぷらも美味しそうだね」


 さすが睦月。幼馴染の名は伊達では無い。ずらずら挙げられていくメニューは私のツボを良く押さえている。私は睦月の提案にただただ首振り人形よろしくかっくんかっくんイイネと言い続けた。


「あ、だし巻きと油淋鶏も頼む」

「ラジャー」


 ある程度頼むものが決まったところでさっと店員さんに手を上げてみせて呼んでくれる。その一連の流れはいつでも淀みなくスムーズだ。新米バイトっぽい男の子がワタワタしていても爽やか笑顔でフォローもしてる。何故かいつも睦月の周りには、ゆったりと、しかし冗長でない優雅なワルツが流れている気がする。一緒にいるとその雰囲気に自身も溶けて心地良い気分になってくる。


 睦月はとっても礼儀正しい。今日も気づけば私は上座に案内されているし、自分は下座でおしぼりと箸を私の前に並べてくれる。


 これだけ私の後をついてきても鬱陶しく思えないのは、彼が決して距離を見誤らないからだ。幼馴染だからといって馴れ馴れしくべったりするわけでは無く、二人でいる時ですらパーソナルスペース足すところの10cmくらいの距離感で接してくれる。

 

 一応異性ではあるけれど、良い意味で異性を感じさせない。酒が入っても品の無い下ネタを言わないし、弱者を嘲笑うようなことをしない。ここは私にとってポイントが高いところだ。


 睦月の箸がつきだしの胡瓜の酢の物に伸びる。久々に会ったけれど、顔色も悪くないし、食欲もありそうだ。睦月が着ているパリっと糊のきいてそうなワイシャツには、一日の疲れが微塵も見当たらない。


「睦月は最近元気にしてた?」

「うん。先月末はちょっと厳しい納期のモノがあって終電まで残業する日もあったけど今は少し落ち着いたよ」

「わぁ、よくそこまで頑張れるねー。私残業3時間超えるとパチっと何かのスイッチがoffになっちゃって。もうそれ以上働けなくなるんだけど!」

「ともちゃんは長距離走苦手だもんね。ばーっと短時間で集中してやっちゃう方が得意なんでしょ」

「そうそう。睦月はマラソン大会でも上位だったもんね。ゆっくり小出しに力を出す方が得意だよね」


 睦月は今乗りに乗ってるIT会社のSEをしてる。大学時代は文系の学部だったこともあって最初は苦労してたけど、何か一つのことに打ち込むのは性に合ったみたいで同じ会社で3年の山を無事に越えられたようだ。彼の言葉の中に自身の仕事に対する自信が感じられて内心ホッとする。いつまで経っても彼に対する姉心は消えない。


「ともちゃんのプライベートはどう?まだ続いてるの?」

「あー、この前別れたよ。1か月位前だったか」

「だよね。じゃないと俺と会ってくれなかったでしょ?絶対そんな奴とはともちゃんすぐ別れるだろなと思ったからまた連絡してみたんだー」


 にこにこと話す睦月からそこはかとなく私が前に付き合っていた彼氏への苛立ちが感じられた。


 以前付き合っていた彼は割と嫉妬深い奴で、幼馴染の睦月と会うことすらぐちぐち言う面倒な奴だった。一度はそのワガママを聞いてあげたがそれを契機に全てが色褪せ、別れへのカウントダウンが始まった。私は出来る限り自由でいたい。閉じ込められた密室にいくら空気清浄機がついていたって、空が少しでも見えるビルの狭間で深呼吸した方がよっぽど息がしやすいのだ。一緒にいて息苦しくなるような関係は不健全であって、きっと私の精神にとっても害悪だ。


「睦月はどうなのー?仕事始めてから全然聞かないけど」

「んー。何にも無いよ」

「睦月ったら中学校くらいから大学生までほとんど途切れたこと無かったのにどうしたの?」



 何故私がそんな事を知っているかというと、毎回睦月は律儀に紹介してくれるからだ。


「ともよ先輩ッ!この子が彼女のユミちゃん。」


 そういう時、大抵彼女達は曖昧で輪郭のぼやけた笑顔を浮かべている。自分に対して嫉妬の情が無いか、睦月を見る視線に特別な感情が乗っていないか。彼女達は猜疑心と警戒心に満ちた瞳で相対してくれる。


 それもそのはず睦月は私をある種の熱っぽさを持って紹介してくれるからだ。


「この人が前に言ってた幼馴染のともよ先輩。底抜けに明るくって太陽みたいな人なんだ。優しくて面白くて一緒にいるだけで楽しくなるような人ッ」

「いえ、そんないいもんじゃありません」


 と口では言いながらも、こうなっては睦月の期待を裏切ってはならぬ、場を盛り上げねばなんて使命感を感じてしまうのが私だ。しょうがないので自分ブームの一発芸を披露し、2人の馴れ初めを聞き、彼女のお悩み相談までこなしてワタクシ睦月にとっては対象外ですアピールを行い、少々和やかな雰囲気になったところでバイバイとなるようにしていた。ギクシャクとした空気は苦手なのだ。


 




「んー俺っていっつも向こうから告られて、向こうから振られるの。なんでかなー」

「それって別に彼女の事を好きって訳じゃなかったんじゃないのかね」

「そうなのかなー。それなりにみんな好きだと思っていたし別れるとやっぱり悲しいんだけどな」


 睦月も割と付き合ってる期間は短めだ。前に最長半年だと言ってた気がする。


「それに社会人にもなると付き合うのも恋愛だけじゃなくて結婚を視野に入れて来られたりするじゃん」

「そりゃそうだ、25歳過ぎると意識し始めるよね。友達周りも今まさに怒涛のラッシュですわ」

「そうなると下手なこと出来ないし、こちらも半端な気持ちで付き合うのは相手に失礼だから」

「おおぉぉ!さっすが睦月君真面目だねー」


 結婚の話が出たのでその流れで共通の友人の近況の情報交換を行う。湯豆腐がやって来て、「あ、日本酒」と思ったら気遣いの権化睦月様がちゃんと頼んでくだすっていた。ありがてぇありがてぇ。はふはふと生姜とだし醤油につけた豆腐を口に入れ、おちょこをくいっと傾けると、芳潤な香りの酒精が鼻に抜けてふわふわといい気持ちになってくる。

 

「おいしいねぇ、おいしいねぇ」

と私が浸っていると、睦月は突然スマホを取り出した。

「ともちゃん、一枚だけ撮ってもいい?絶対に悪用はしないから。美味しそうに食べてるともちゃん可愛いから撮りたい」

「いーよー」

 脳内極楽浄土になっている私は即OKだ。睦月には写真を撮られ慣れている。彼は写真が趣味で、大学の頃には写真サークルにも入っていた。高そうな一眼レフでキャンパス内で会うとよく撮ってもらった。毎度撮った写真は現像してくれるので、我が家には睦月が撮った私の写真が何枚もある。


「そうだ。ともちゃんは結婚願望ってあるの?」

「いきなりだね。そりゃこの人生、一回は結婚したいと思ってるよ。子どもも欲しいしね。でも私1人の時間も好きだからなぁ。こんな私と一緒に生活出来るような人がいるなら結婚も出来るのかな。付き合っても3ヶ月しかもたない私には難しいかも。睦月は?」


 睦月の空いたおちょこに、お代わりを注いであげる。


「俺も結婚したいとは思ってるよ。相手が出来ればだけど」

「そーだよねー。どっちも今1人モンだからねーさーびしーいねー!」


 その後も食べ物と飲み物をせっせと二人で消費した。

次回は16日0時更新

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