回想
彼氏と別れて二週間経った。別れは勿論私から告げた。向こうから告白されて、付き合い始めたが、結局交際期間は三ヶ月でギブアップだった。別に悪い人では無かったし、自分も好感を持っていたから付き合った訳だけど、今回もダメだった。
どうも私は誰かと付き合っても長く続かない。最長記録三ヶ月は超えたことが無い。最初は恋の始まりにありがちな酩酊するような高揚感で様々なことが楽しめるのだが、二ヶ月を過ぎた辺りで酔いは醒め、相手に合わせる事に息苦しさを覚え始める。三ヶ月近くなると、相手の言葉にいちいち縛られるような気持ちになってもう自由になりたくて仕方がなくなるのだ。
なので今は彼と別れたことに一抹の寂しさは覚えども、それを上回る解放感にただただ浸っていた。
そんな時丁度幼馴染の睦月から連絡が入った。
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睦月は私より一つ下で、お互いの実家も歩いて1分の距離に住んでいた。
初めて出会ったのが私が3歳、彼が2歳の時だろう。その時彼にどんな印象を与えたのか私は全く覚えていないが、それ以後私の後をせっせとついてくることになる。
幼稚園は私は近くの公立のところに通い、彼は少し遠くの私立の幼稚園にバスで通っていた。ちなみにこの頃の私は本当にちんちくりんで、体操服姿だと性別不詳でよく男の子に間違われた。
園庭に整列した時、隣に並んだ子に「せんせーい!おんなのこの列におとこのこがいるよー!」と言われたのは切ない思い出だ。
それと比べて睦月は本当に愛くるしい見た目の男の子だった。睦月の通う私立幼稚園は制服が可愛く、それがまた色白くりくりおめめの彼にはよく似合っていた。
この頃のアルバムの写真には八割がた睦月も一緒に写っている。それは睦月の家でも同じ事で、私がいぬのおまわりさんをノリノリで歌って踊っているビデオが彼の家にはあるらしく、彼の父親に会う度に「ともちゃんのあのコブシの入ったいぬのおまわりさんがおじさん大好きでね〜」と言われ、私は毎度のことながら羞恥の無間地獄に落とされるのだ。
小学校はもちろん学区が同じだったので一緒だ。
一年生の時にクラスの友達に誘われて硬筆を始めたら、いつの間にか睦月も一緒に通うことになっていた。私の2個下の弟や、睦月の妹も通い始めていたので、その時にはお稽古ごとの定番だもんなと思っていた。
低学年の時は放課後睦月とも遊んでいたけど、高学年になるとクラスの女の子の友達と遊ぶことが多くなり、睦月の誘いを断ることも増えた。
とはいえ睦月はそれでもよく目についた。何故ならうちの弟と一緒に遊びながら、私たちが遊んでいる近くによくいたからだ。時々向けられる眼差しに罪悪感を感じながらも、年下と遊ぶことに恥ずかしさを覚え始めた私は気づかないフリをした。
それでも暇な時は誘いに応じたし、彼とは本やマンガの趣味がよく合ったので、貸し借りはよくしていた。その上お稽古ごとがまたまたかぶった。
四年生の時に弟が空手を始めると言うので私も始めたら、睦月もついてきた。だが私は空手の後にくれるご褒美の飴を目当てに通い始めただけなので、一年位で飽きてきた。飴がご褒美になる歳じゃなくなってきたのだ。「6年生になって辞めるね」と言ったら、なんだか寂しげな顔をして「ともちゃん、また遊んでね」と言うのでその時は考えもせず適当に「暇な時にね」と返した。ほぼ社交辞令に近かった。
この頃は遊ぶ度に「俺たちって幼馴染だよね」とよく言っていたように思う。それがどうしたと思っていたけど、少なくなった遊ぶ時間、開いていく性差を彼なりに感じていたのかもしれない。その中で私たちの関係に時が経っても変わらない特別な名前をつけたかったのだろう。ただ私にはそこまでして睦月が私たちの関係に執着するのかは理解できなかった。
中学生になると、勉強と部活で目まぐるしいほど忙しくなった。小学生の時にはそこらへんにあった自由な時間は、中学生になった途端どうにか捻出して作るモノになった。
2年になり、彼が入学してくると突然私のことを「ともよ先輩」と呼び始めた。その上会話もたどたどしいながらも敬語を使うようになったのだ。
これにはとても衝撃を受けた。彼は自他共に認める幼馴染なので、先輩後輩の枠には入らないと勝手に思っていたのだ。廊下ですれ違う度に控えめな笑顔で「こんにちは、ともよ先輩」とキラキラしたおめめで挨拶をしてくれた。
睦月に対する私の友達からの評価の高さは非常に高かった。実はこの頃から睦月は身長が伸び始め、彼のうるるんジャニ系フェイスとスタイルの良さが際立ち始めたのだ。少しの気まずさを感じたが、可愛い子に挨拶をされるのは悪い気はしなかった。
そうやって少し彼とは遠くなったが、部活はまたしてもかぶせてきた。4月末から始まる部活見学で体育館の隅に友達といるのを見たなと思ったら、いつのまにか隣のコートでボール拾いをし始めていた。
その頃私は高校受験に向け、塾も入った。もちろん何ヶ月後かには睦月を見かけるようになった。田舎の塾なんて、数が少ない上に学年が違えば時間も違うので、そこまで気にはしていなかった。もう二人で会うことなんて無いから、意識にものぼっていなかった。
高校2年になると、また睦月も入学してきた。田舎なので高校の数自体が少ない。同じくらいの成績だったのだろうと思っていた。しかし後に塾の先生伝いに聞いたところによると担任の先生に受験先を変更した方がいいと言われながらも猛勉強して入ったらしい。その時にも「ああ、頑張り屋さんだなぁ」くらいにしか考えていなかった。
高校に入っても変わらずうるるんフェイスで「こんにちは、ともよ先輩」と挨拶をされるだけの関係だった。
私は大学は県外に進学した。都市圏のまぁまぁの偏差値の私立大学だ。二回生になった頃、またしても睦月は同じ学校に進学してきた。これは完全に想定外だった。だってよっぽど仲が良い子でも同じ大学とか選ばないじゃない。
とはいえ彼の親にも頼まれたので、入学当初は色々と買い物やご飯に付き合った。幼馴染だし、なんだかんだ疎遠になっていたけれど可愛い弟みたいに思っていたからだ。
それ以後は半年に一回くらいご飯に行く仲になっている。
そして現在27歳の私が働いている職場の隣のビルが睦月の職場だ。
これをいうと大体の友人はドン引きしてくれる。
次回は本日18時更新