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第7話


 それからしばらくは、各方面に働きかけて、再び日本で日常生活を送れるよう手続きをする日が続いた。

 まずは警察への届け出。

 義父さんが言っていた通り、異世界に召喚されたということを素直に申し出たことで、軽く話を聞かれた程度で事情聴取は終了した。

 また、この手の事案については、それほど多くはないものの(数年に一度、日本のどこかで発生する程度)、マニュアル化されていたおかげでその後の後始末もかなりスムーズに済んだようだ。

 具体的には、報道機関への働きかけや異能対策班、自衛隊への手回しなど、人を呼び寄せないようにするための工作や、日本で異能力者として活動する際の注意事項を学ぶための講習で、そのほかに在籍中の学校への説明なども行った。

 また、講習には保護者など、身近な人も理解を深めるためにその参加対象となり、俺達のほかには両親のほか、俺付きのメイドや、通っている学校の関係者数名にも及んだ。

 学校の関係者といえば、学校は留年こそ免れなかったが、事情を説明したら何とか理解はしてもらえた。

 その他は……しいて言えば、向こうに飛ばされる前に住んでいたアパートの住民への挨拶回りくらいかな。

 一応、運営は俺付きのメイドさんが代りにやっていてくれてたみたいだけど、俺が戻ることで問題が起きたらこと(・・)だからな。

 そんなこんなで二週間ほど動き回って、一息つくことができたのは三月に入ってからだった。

「ふぅ……でも、これでようやっと全部元通りになったわけか」

「本当に、お疲れさまでした、陸坊ちゃま」

「あぁ。ありがとう、笹森さん」

「いえ。私どもといたしましても、お世話をする相手がいないといささか困ってしまいますからね」

「言い方……」

「あら。申し訳ございませんでした」

 とまあ、こんな感じで、メイドとしてあるまじき一面はあるものの、その腕前は弱冠25歳ながらすでにベテランの領域に踏み入っている。

 そのうえ、文武両道、才色兼備と婚活にも事欠かないような魅力もある。

 俺にはもったいなさすぎる気がしなくもない人なんだが……これが俺にとってはなくてはならない人でもあるんだよな。

 ほかのメイドさんだと、フレンドリーに欠けるというか、腰が低すぎて、逆に落ち着かない。だから、俺にとっては笹森さんがぴったりなのだ。

 あと、文武両道の『武』の部分だが、スポーツが万能というだけではなく、実は武芸の達人でもある。

 だから、外では主に俺の護衛も務めてくれている。

「さて……やることもないから、とりあえずは学校から出された課題でもやっておくか」

「課題、いっぱいありますもんね」

「夏休みの宿題と同じくらいあるんじゃないか、これ」

 正確には、少し早い春休みと同じようなものなので、理にかなっているといえばかなっているんだが。

 ん~、とりあえずまずは国語総合からだな。

 久々に母国語に触れたけど、やっぱり三年も見てないといささか国語力が鈍っている感がぬぐえない。

 一応、あらかじめ一通り目を通していたとはいえ、渡されたプリントを改めて眺めると、その事実を何よりも思い知らされた。

 プリントは、国語にありがちな感じの書き取り……ではなく、読解力を求められる文章問題が、両面にわたって二セット用意されていた。

 定期考査でよくある、B4程度の紙の上半分に長文が記載されており、下半分にその長文に対する設問がズラッと並べられている奴だ。

 あと、裏面は文章問題は半分くらいで、残り半分はカナを漢字に直す問題だった。

「まぁ、漢字の書き取りじゃない分、物量がそれほどじゃないから時間はそれほどかからないけど……」

「長期休暇の宿題が漢字の書き取りじゃないっていうのも、なかなかに新鮮だと、私などは思いますが――まぁ、これくらいなら一時間程度で終わるのではないでしょうか」

「それは人によりけりではないでしょうか、三枝さん?」

「そんなものでしょうか」

 笹森さんとは違う方向から眺めていたもう一人のお手伝いさん――立場的には秘書的立ち位置に立っている三枝さんが率直な感想を述べてくれた。

 率直過ぎて、コメントに困る感想だったな。まぁ、事実、国語の宿題っつったら漢字の書き取りが最もポピュラーなものだからな。

「えぇっと、何々……傍線部Aの事実に対する筆者の考えを示した文を抜き取りなさい? ふむ。これは簡単だな。えっと……これかな」

 書かれた事柄に対する筆者の考えは、直後に『だろう』と語尾の付く文面があれば、それが該当するって習った覚えがあるぞ。去年国語総合の担当になった先生の謳い文句だが、彼女には感謝するべきだな。

 次は――この伏字になっている部分にふさわしい語句を、選択肢から選べ、と。

 選択肢は、そして、しかし、だから、もっとも。

 後に続く文章は――なるほど。

 これまでの流れに以降の文脈が付加される形でなければ、打消しや否定が入っているわけでもない。問われている句の語尾は『~なのだが』だから、これまでの話を根拠として、何らかの結論を述べているということでもない。というわけで、消去法で『もっとも』だ。

 その後もプリントに向かって奮闘し、どうしてもわからないところは頼もしいメイドさん達にも力を借りて、それでもようやっと国語の課題を終えたのは正午になってからだった。

 いや、最初は本当にすぐに終わると思ってたんだよ。本当だよ?

 でもな?

「これ、明らかに親とか、周囲の人に聞かないとできないようにできてないか? 裏面も見た目同じかと思ったら、古文だったなんて騙された気分だ」

「現代文に限定されているわけではないのですから、普通に古文も授業範囲に入るでしょう」

「うぐ……そうだけどさぁ……」

 三枝さんが、べにもなくそう切って捨てる。

 笹森さんが気さくでフレンドリーなのに対して、三枝さんは基本的にこういうクールな話し方をする人なのだ。

 ただ、そこはかとなく俺のことを気遣ってくれるからありがたいんだけどな。

 さて。簡単だと思って挑んだのにここまで苦戦した理由である。

 実は俺、読書好きだから国語総合はまぁまぁイケるんだけど、古文と漢文が大の苦手なんだ。

 それだけじゃない。

 あっちの世界で女性としての嗜みを覚えさせられた時、周囲の基準が基準だったために『淑女』教育になってしまって、結局あちらの世界の古代語までも学ばされてしまったのは、今でも悪夢に出てくるほどだ。それが原因で、古文が苦手意識から嫌厭(けんえん)する対象にまでなってしまっているくらいだ。

 もっとも、そのおかげで相応の風格が出て、貴族連中相手に有利に動けたのは誤算だったけど。

 秀樹たちはそんなことは教わらなかったって言うのに……ずるい話だ。

「昼飯でも食べて、気分転換しよう……」

 ポツリとそう呟いて、俺は笹森さんが昼食の準備をしてくれているはずの、ダイニングキッチンへと向かった。


 そうして、午前中だけですっかり疲れ果ててしまった俺のもとへ、来客があったのは午後二時ごろのことであった。

 古文のことがあって、リビングのソファでぐったりしていると、スマートフォンが振動し、着信を知らせてきた。

 誰だろうかと思いながら応答すると、電話の相手は秀樹だった。

 なんでも、暇だから遊びに来たいとのことだった。

 まぁ、それなら別に構わんが――課題、大丈夫なんだろうか。

 特に秀樹の場合、文系は国英社、ともにバッチリな代りに理数系はからっきしダメという、俺とは正反対な成績の取り方してるからな。

 何度数学の宿題を丸写しにされたか、もう忘れてしまったくらいだ。

 ちなみに、俺はどちらかといえば理数系が得意だ。現代文が得意なのは、さっきも述べたが読書好きが高じたからだが、国語自体は可もなく不可もなく、といったところ。

 呼び鈴が鳴ったのは、それから一時間くらいたって、室内の置時計が午後二時を知らせようかという頃だった。

 呼び鈴に反応した三枝さんが、誰何を問いにインターフォンへ向かう。

 そして、戻ってきた彼女は、訪問者が間違いなく秀樹であったことを教えてくれた。

「陸坊ちゃま。秀樹様がおいでになりましたが、いかがいたしますか?」

「来た来た。俺が出るから、お茶の用意をしておいてくれないかな?」

「かしこまりました。では、失礼いたします」

 きれいにお辞儀をして、三枝さんはキッチンへと向かう。

 キッチンには、おやつ(・・・)を用意している笹森さんもいたはず。お茶を用意するついでに、人数が一人増えたことを伝えに行ったのだろう。

 三枝さんの作るお菓子は絶品だからなぁ。

 玄関扉を開けると、そこに立っていたのは――課題のことなんてまるっきり考えてなさそうな秀樹だった。

「ちわ~。陸、元気してるか?」

「おう、午前中までは国語の課題でちょっとグロッキーだったけど、何とか持ち直したぜ……」

「あ~、あれ片面は古文と漢字だからなぁ。お前にとっては鬼門だったわけだ。俺は今日の午前中、数学の課題に嚙り付いてた」

「お前が……数学を、真っ先に進めているだと……!?」

 おいおい……これは、明日は雪でも降るんじゃないか?

 こいつの口からこんな言葉が出てくるなんて、これまでに一度もなかったんだが。

「なんとなくだが、失敬な事考えてないか?」

「いや……明日、雪が降らないかどうか心配してただけだ」

「よーし、どういうことかはっきりと教えてもらおうじゃないか!」

「やなこった!」

 秀樹の追及の手から逃れるために、私は一度悠里になって、『敏捷性低下(アジリティブレイク)』を秀樹に掛けた。

 そして、そのままバランスを崩した秀樹からは当然のように、罵詈雑言が放たれる。

 そうして、大変にぎやかなやり取りが始まった。

 しばらくそのまま騒ぎ続けていたのだが(もちろん、部屋を乱さない範囲でだけど)、ダイニングキッチンから笹森さんが戻ってきて、お茶とお菓子の準備をテーブルに配膳してくれた。

 それを合図に、私達もひとまず騒ぐのはやめにした。

 私は、『肉体変化《シェイプシフト》』で男になるのも忘れない。

「あ……もう陸坊ちゃまに戻っちゃったんですね。せっかく、悠里お嬢様をまたご拝顔出来たと思ったのに……」

「…………お前のメイドさん、変わってるのな……」

「まぁ、この人はこういう人だから」

 ちなみに、こういう人というのは、頬をぷく~っと膨らませて、表情・言葉の両方で私情をたっぷり含んだ不平不満を告げてくる笹森さんのことである。

 若干童顔なために、怒っても可愛らしいとしか言えない表情になってしまうのが、そこはかとないからかいやすさを醸し出しているといえよう。

 あちらの世界でもこういう人は少なからずいたから、これについては単純に、秀樹のメイドに対する理想の基準が、高水準なだけだと俺は思いたい。

「……んで、今日は急にどうした?」

「あぁ、いや。実は、昨日出かけた帰りにCDショップに行ったら、例のユニットの新曲らしいのが出てたんで、買ってきたんだ」

 ほら、おまえの分、と言って渡されたそれのジャケットをしげしげと眺めながら、ぼんやりと秀樹の話を聞く。

「へ~。例のユニット……なんだっけ、Sparkle Jewelriesだったっけ?」

「そうそれの。なかなかいい曲だし、結成から半年ちょっとで人気が出るのも納得って感じのグループだな」

 にしても。にわかドルオタな秀樹らしい寄り道だけど、お小遣いは大丈夫なんかね。

「ほぉ。それはすごいな。どんな曲なのか、聞いてみたいな」

「おう。そのために来たんだからな」

 とりあえず、リビングの片隅に置いてあるデスクトップPCを立ち上げで、受け取ったCDを挿入してみる。

 そして、プレーヤーを立ち上げて、再生ボタンをクリックすると――

「おぉ……これはなかなかいいな……のっけからアゲてくるね」

「だろう? それに歌詞がなかなかにいいんだ」

「……確かに。これは……この時期に合わせた曲といえばいいんかね」

「卒業ソングってやつか? 実際問題、メンバー内で一つの節目を迎える人が、半数いるからな」

「半数? 確か、六人で構成されてるユニットじゃなかったか?」

 Sparkle Jewelries。俺も、その名前の響きが非常に気になって、個人的にちょっと調べてみたから、そのくらいならわかっている。

 だが、そのうちの半分――三人も、節目を迎えてるって。

「節目って言っても、うち二人は高校入学って感じだから、まだマシな方だと思うけどな。あと一人は――メンバーで一番の年長さんなだけあって、今春からは大学生だとさ」

「だ……い、学生、か……それはまた、大変そうな……」

 高校入試とアイドル活動の両立も大変だろう。

 だが、大学入試とアイドル活動の両立は、もっと厳しいのではないだろうか、と思ってしまう。

 少なくとも、並大抵の体力ではうまくいかず、どちらか挫折してしまう可能性が高いのではないだろうか。

 俺には同じこと、できる自信がないな。

 もっとも、俺自身アイドルとして活動しているわけではないが。

「それにしても……六人とも芸名なんだな、このグループ」

「あぁ。それぞれが、宝石をモチーフにした芸名を名乗っているらしいぞ。だからSparkle Jewelriesなんだろうな」

「納得だな」

 リーダーのルヴィアを筆頭に、カネリア、シトリー、エミリー、セレス、そしてアイラ。

 それぞれ、ルビー、カーネリアン、シトリン、エメラルド、セレスタイト、アイオライトをモチーフにしているらしい。

「……なんだろう。俺、この人たちと、無関係じゃなさそうな気がするんだが」

「可能性は否定できないよな。ほら、お前があっちの世界に召喚された時に女になったきっかけ」

 そうだ。

 あの時拾った宝石――あれはアメシストだった。

 何の因果かは知らないが、Sparkle Jewelriesに所属していれば、それこそ今頃はきれいに七色そろって、別のユニット名になっていただろうに。

 そう思ってしまうのは――動画サイトで配信されてるのを見た、ライブ映像に映っていた彼女たちの衣装。

 柚葉は言っていた。俺が()になった時に纏っているドレスは、どこかで見たことがあると。

 俺も、その動画を見て、柚葉と同じことが気になった。

 あちらの世界で、()になった時にデフォルトで身にまとっていたドレス。

 そして、このユニットのメンバーが着用している、同じ意匠の六色のドレス。

 似通っている部分がありすぎて、逆にそれ以外の部分を見つけるのが困難なほど。ゆえに、そのユニット名を聞くだけで心が騒ぐこともあって、いやでも関連付けて考えてしまう。

「彼女たち……普通のアイドル、なのかな……?」

「さてな……だが、お前は名前を聞くたびに、穏やかじゃいられなくなるんだろう? 無関係とはいえないのかもしれないな」

「……せっかく帰ってきたってのに、また厄介ごとに巻き込まれないといけないのか……? もううんざりなんだが」

「ははは。ま、頑張れ。困ったことがあったら、いつでも頼ってくれて構わねぇからさ」

「ああ。サンキュ、秀樹」

 屈託のない笑いを浮かべながら、ドン、と胸をたたく秀樹が頼もしく見えて、俺は考えを少し、改めた。

 確かに、厄介ごとは御免だ。でも――秀樹たちと一緒なら、話は別だ。

 俺達は、世界を一つ、丸々救ってきた経験があるのだから。

 だから、きっと大丈夫だ。こっちの世界で、どんな厄介ごとに巻き込まれたとしても、あちらの世界ほどの危険はないだろう。

 そう思って、心の陰りを振り払うように、頭を左右に振った。



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