第6話
それにしても――レストアフェアリィ、か。
さっきは私達の話を信じてもらう助太刀をしてもらった手前、疑問は飲み込んだけど、どうしても気になってしまうんだよね。
それは、いつの間に、というのももちろんなんだけど――どんな力を振るって、何を成しているのか、ということ。それが何よりも気になる。
レストアフェアリィの力――らしきものは、確かに感じられた。今朝、柚葉に抱きしめられた時も、私の力とはまた別の、そして何か高次元的な存在感のある力。それを、柚葉がその細い体躯に内包しているのは、確かな話だった。
その力は、とてもではないけど私の力とは比べ物にはならない物だった。強弱の問題ではなく――違い過ぎて、私の使っている、あちらの世界の魔力では比較対象にならないという意味で、だが。
だから、結論として、柚葉の実力のほどはわからない。
しかし――その所作、その出で立ち、そしてその気の配り方は、異世界に行く前最後に見た時にはわからなかったが、今ならわかる。
――全然、付け入る隙がない。
こうして同じ闘う者として観察していると、例えここで不意打ちを放っても、返り討ちにあって死ぬ未来しか見えないほどに、その実力は離れていることが、それだけでわかってしまう。
それだけに、どう接すればいいのか、ちょっと悩んでしまう。
――ん? 今、一瞬柚葉の眼が光ったような……気のせいかな。
「お姉様、魔法を使ってみてくれませんか? 私、お姉様の魔法、もっと見てみたいです!」
「え? 私の魔法を? かまわないけど……」
私がそんな、義妹に対して向けるようなものではない視線でもって柚葉をじっと見つめていると、目が合った彼女は無邪気にそうお願いしてきた。
まぁ、別に問題はないと思うんだけど……どんな魔法を使えばいいのやら。
こういう場で最もわかりやすい火球は水球は却下だ。どちらも、今いる場所で使うような魔法じゃないし、特に前者は下手をすれば火事になってしまうだろう。
衝撃弾も却下だ。これは圧縮した空気の塊を飛ばすものであり、安全性という意味では問題ないが、多分柚葉は納得しないと思う。この顔は、きっと目に見える効果のある魔法を期待しているだろうから。
となれば、候補は一つしかないかな。
「例えば、こんな感じかな……」
「うん……うわ、真っ暗で何も見えません……あ。明るくなった……」
「部屋の中を闇で覆ったり、光の球を出して照らしたり……安全面を考えるなら、これくらいしかできないんだけどね」
「いいわよ。きちんとそういうのを考えるのって、大事なことよ?」
「ああ。月並みな例えで申し訳ないが、火球でも出されて家を燃やされても困るしな」
うん。義母さんと義父さんはさすがだ。その考えに至ったみたい。
ほかにも、凍結弾とか腐蝕弾とか、ヤバそうな効果を持つ魔法だったり、逆に回復の燐光や消毒魔法、正常化魔法など、人助けに役立ちそうな魔法もあったりする。
ちなみに正常化魔法は、ウイルスや細菌などによらない病気や疲労からくる各種症状に対し効力を有する魔法である。
私達が飛ばされた異世界の医療事情は、これらの魔法のおかげで『医学? 何それ、美味しいの?』という状態だ。
まぁ、さすがに肥満などの食生活からくる生活習慣病はどうしようもないので、そのあたりは国からことあるごとに御触れが出されているらしいが。
「そういえば、陸君。……って、その姿の陸君に男の子の名前で呼ぶのって、違和感がとてつもないわね……私も、お姉様に男の子の名前で呼びかけているような感じがして、なんだかいやだわ。女の子としての名前、考えないと駄目ね」
「あ、それならすでに考えてあるよ」
「そうなんですか? すごい柔軟性……って、そうだった。私達でさえ九か月間なのに、お姉様達にとっては三年間だったのですよね……。それなら、考えていても当然ですね」
ちなみに、先ほどの『説明会』で、向こうの世界とこちらの世界での時間の流れの齟齬については説明してある。
「お姉様、それでは今のお姿の時、お姉様のことを何とお呼びすればよいのでしょうか。早く教えてくださいませ!」
さあさあ、と迫ってくる柚葉をいなしながら、私は女性としての私の名前を名乗った。
もちろん、漢字表記をメモ用紙に書き留めることも忘れない。重要なことだからね。
「今の姿の時は、悠里って呼んでもらえればいいわ。漢字で書くと、こうね」
「そう……悠里、ね……いい名前ね。お姉様の名前から、いただいたのかしら」
「その節は、あるのかな……」
そう考えると、なんだかんだで、やはり俺も母さんのことが恋しかったのかもしれない。数年たって、落ち着いたと思っていたんだけどね。
ちなみに、母さんの使命は島村悠里佳という。父さんの方が婿養子として島村家に籍を入れた感じになるので、母さんは島村姓のままだったらしいのだ。
その理由は私にはわからない。ただ、父さんは普通の家庭に生まれた普通の人だったから、母さんが嫁入りすることを実家が認めなかったのかもしれない。
もし義母さんの方で、例えば柚葉に何かあれば、私が義母さんの後を継ぐことになるんだろうし。
「悠里」
「うん?」
「島村、悠里……ふふ。いいわ……とってもいいわ……。お姉様の考えたお名前、図ったわけではないのに、両方ともあなたの子供に付けることがかなったわね……」
うわぁ……何この偶然。
母さんも私がもともと女として生まれてたら、悠里って名付けるつもりでいたのかぁ。
これ、もう偶然っていうか奇跡じゃない?
本当に、私も驚いたわ。
ちなみに蛇足になるが、母さんと義母さんは、名前を平仮名に直すと文字並びが違うだけで、アナグラムにすると見事にお互いの名前が入れ替わる。
「それでは、悠里。ここからは真面目な話に入ろうか」
「うん? 何かな、義父さん」
「うむ……実はな。悠里――陸が、あちらの世界に移動したとき、何らかの原因で性別が変わったという話だが……性別を自由に入れ替えることができるということは、普段男として生活するのか、それとも女として生活するのか。そのどちらかを選ぶことができるということでもある」
「うん、そうだね……私は、普段は『陸』の状態で生活することにしてるけど」
「それならいいんだがな。もし、悠里が『悠里』としての生活を望むのであれば、ちと踏んでおいた方がいい手続きが少し複雑化するからな。その確認だけがしたかったんだ」
「手続き?」
「あぁ。実はな、柚葉が異能の力に目覚めた時にも同じことをしたんだが――」
そう前置きをして義父さんから語られたのは、私が思いもしなかった、日本の現状だった。
まぁ、柚葉が魔法少女になっているところからして、少しでも賢ければその可能性には気づけたのかもしれないが……義父さんが言うには、今、日本には、というか世界中に、様々な『敵』に対抗するための、異能力を扱う者達が存在しているのだという。
魔法少女、変身ヒーロー。そういった存在はもちろんのこと、俺のように『別の世界に何らかの原因で転移した』というケースもあり、私が思っている以上にこの世界も不思議なことだらけらしい。
ゆえに、各国の政府は、自国内でそういった『特殊な力を扱う人々』を管理するためのシステムを、すでに十年以上前から構築しているのだという。
ここ、日本でもそれは例外ではない。
日本においては、『特異能力者特別保護法』という法律が、それに該当する。
その法律自体が初耳(そもそも法律自体、並の高校1年生程度の知識しかない)だが、それ以上に、日本でもそういった、『異世界帰りの人々』に対する対応の仕方がマニュアル化していることに驚きを隠せなかった。
だって、誰がそんな事態を予測できるだろうか。
異世界に飛ばされました、邪神と戦わされました。そして無事に帰ってきました。そんな話が真実であることを前提とした法律が既に存在するだなんて、誰も予想できるはずないじゃないか。
少なくとも、その手の専門家でない限り、あるいは『特異能力者』とその関係者以外は誰も知らない法律なんじゃないだろうか。
義父さんの説明は続く。
「特異能力者保護法は、名前の通り、特殊な力を持つに至った人たちを保護するための法律だが――だからと言って、何の理由もなく力をひけらかしてもいいわけでもない。ただ、自分が特異な能力を持つ、と申告することで、その力を持って周囲に損害を齎したとしても、正当な理由さえあれば責任に問われなくなるのは確かだがな」
「そんなことして大丈夫なの……?」
「ま、問題ないこともないがな。そういう場合は、警察や自衛隊なんかに専門の部隊がいるからね」
「一応の対策は取られてるんだ」
「もっとも……扱う力はその人その人によってバラバラだ。だから、どの地域でも万年人手不足。おかげで、異能力者というだけで、就職先には困らないといえる」
「……それ、どっちかといえば、異能力持ちであることがばれると国に抱え込まれるって言われてる気がする」
「否定はしきれんな……ま、陸君――じゃなかった、悠里さんだったか。悠里さんの場合、義理と言えどうちの縁者だからな。俺達でどうとでもなる範疇だ。それに、結局のところ、理由があって異能力を持つに至った連中が大半だからな。政府としても、その理由が無視できないケースだった場合は、むしろ野放しにして国家への不穏分子を排除してもらった方がいいとして、あえて無干渉でいるんだけどな」
「私の場合、その『理由』がすでになくなっちゃってるんだけど……?」
「もう……その時は私達がどうにかするといっているでしょう。心配はしないで」
「義母さん……」
うん、義母さん達がどうにかしてくれるといってくれるのであれば、もう問題はないだろう。なにしろ、世界に名を連ねるほどの名家だ。日本の政財界にも顔が聞く人も親族にいくらでもいる。
ここまで言ってもらえるなら安心していられるだろう。
「秀樹君たちのことも安心しなさい。あなた達四人全員、なんとでもしてあげるから」
「……そこはかとなく怖いことを言われたと思ったのは、私だけかな……?」
柚葉に視線を向けてみても、柚葉はきょとんとして首を傾げるだけ。
考えるまでもなく、彼女はどちらかといえば義母さん達と同じ世界に生きる人間だ。相手が悪かったか……。