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第4話


 食堂で朝食をとった後、やることがない俺達は、メディアルームでゆったりとした時間を過ごした。

 まぁ、なんというか――秀樹たちの親が来て、事情説明の場が整うまでの間、どうやって時間をつぶそうかという話になったのだが――思いついたものが悉くこの家の中にはなかったので、最終的にDVDを見て時間をつぶそう、という話になった次第である。

 義母さんも柚葉も生粋の真面目ちゃんで、ゲーム機器やらラノベやら漫画やら、そういった娯楽品を嫌う傾向にある。だから、そもそもそういった部類の品物は、この家の中に存在したことはほとんどなかった。

 しいて言えば、この家に俺が引き取られてから起算して一年くらい、だろうか。そのあとは、娯楽用品のほとんどは俺が今生活拠点にしているアパートに持って行ってしまったので、結果としてこの家の中には、もともと義母さん達がたまに観賞していたDVDくらいしか存在していないのである。

 まぁ、今回は義母さん達の唯一の楽しみ(?)が俺達に味方してくれた形だな。

 ありがたく拝借させてもらった。まぁ、異世界で実際のファンタジーを味わってきてしまった手前、今更ファンタジー作品を見てもちょっと味気なかったのは否定できなかったが。

 まぁ、それでも久々に見る映画。三本ぶっ通しで見ればさすがに飽きが来るものの、存分に堪能できたのに間違いはない。

「うーん……このシリーズも、家で前に一緒に見せてもらったときは実写でこういうのを作るのってすごいなぁ、って思ったけど……なんか、実際に魔法使える身になってから改めてみると、ねぇ……?」

「だねぇ……」

 俺が内心で思っていたことを実際に口にしてしまい、余計に形容しがたい微妙な表情になっている女子二人組を差し置いて、俺はちら、と時計を見た。

 ――うん? 昼時を若干過ぎているが……まぁ、そういうこともあるか。

 まぁ、映画三本分――三本目の半ばくらいだから、時間に換算すればおおよそ5時間ほどはテレビ画面にかじりついていたことになる。

 であれば、いくら朝食が早かったとしても、正午は過ぎていておかしくない時間である。

 まぁ、用意されてなくても、自分で厨房に行って自分で作ればいいだけの話だが――とにかく、まずは食堂や厨房に行ってお手伝いさんか誰かに聞いてみるか。


 ――などと考えていると、オーディオルームの部屋が開いて、外からお手伝いさんが一人、入ってきた。


「失礼します――あ、皆様、こちらにいましたか。お食事会の準備ができましたので、お呼びに参りました」

「あぁ、わかった……食事会?」

 うん? 昼食だよな。誰と食事会なんだ?

 一瞬そう考えたものの、俺達の状況的にこれしかない、という答えが閃き、なるほど、と内心で頷いた。

「そっか。秀樹たちの親もどうせならうちで、ってことになったんだな」

「はい。そのように手配いたしました。すでに、寺島様、西宮様、平井様のご家族の方もお見えになっており、食堂にてお待ちです」

「え!? もうママたち来てるの!?」

「左様です。皆様、お三方との再開を待ち望んでおりますので、早めに向かいましょう」

「うん、モチのロンだよ!」

 こちらの世界に戻ってきた直後もそうだったが、やっぱり奏が一番喜び方が激しいな。

 奏の場合、お母さんっ子のきらいがあるからなおさらかもしれない。

「奏、落ち着いて。いきましょう、みんな」

「おうよ。つか、もうこんな時間だったんだな。道理で腹が減ってきたと感じるわけだ」

 そして、感動を隠せないながらも落ち着いて移動しようとしている楓に、これまたいつも通りに本能に従った行動原理で動く、秀樹である(もっとも、本人はそう言っているものの、明らかに照れ隠しでそうしているのが見て取れるのだが)。

 まぁ、三人にとってはこれでようやっと、親と再会、そして事情を説明して帰宅という流れになるんだから、喜ばないはずがないだんだけどね。


 朝食の時と同じように、お手伝いさんに案内されて食堂に向かう。

 食堂の扉は開け放たれているため、中で話されていることがそのままこちらに伝わってくる。

 その内容が、いやでも俺達の罪深さを思い知らせてくれる。なかでも、涙交じりの話し声は、心に響くものがあった。

「……みんな、行こうか。義母さん達が待ってる」

「ああ」

「早くいって、安心させてあげなきゃ」

 ただ一人、奏だけはすでに涙をこらえている。

 さすがに、泣いているのが奏の親とあっては、奏も泣かないほうがおかしいか。こいつの性格的にも。

 そんな奏を促しつつ、俺達は食堂の扉をくぐり抜けた。

「皆様、お待たせしました。ご本人たちのご入室です。暖かくお迎えしてあげてください」

「――っ」

 俺達を案内してくれたお手伝いさんの言葉が呼び水となり、食堂内はそれまで俺達の話題で持ちきりだったのが、一瞬にして静まり返った。

 そして、室内の視線が一様に俺達の方に集中し――それぞれの視線がそれぞれの我が子を捉えると、次の瞬間、秀樹の、楓の、そして奏の両親が、我先にと我が子のもとへ駆け足で向かってきた。

 うちの食堂は豪邸とあって、広めに作られているが、それでも室内。

 入り口付近はあっという間に埋まり切り、俺は巻き添えを食わないようにして遠巻きに眺めながら、義母さん達のもとへ向かった。

「…………改めて、ただいま、かな……」

「……うん、おかえり。私たちの場合は、もう今更だけれどね」

「もう、お二人ともっ、こういうのは、雰囲気が重要なんですっ!」

「おや、柚葉。もらい泣きかい?」

「放っておいてください、お父様」

 などと、まぁ、俺達もその光景に感化されて、若干しんみりとしながらも、今は感動の再会を邪魔しないよう、静かにそれを見守った。


 そうして、一頻り感動の再会が終わると、いよいよ四家族合同での昼食会が開催された。

 といっても、これは由緒ある島村家にとっても非公式の気楽なもの。

 出された料理もマナーなどは気にしなくて済むようなものだったし、食事中の会話も自由に許された。

 まぁ、俺も含めて、島村一家は全員行儀よく食べてるんだけどね。

 よく見てみると、秀樹たちも向こうの世界の方式(マナー)を試行錯誤でアレンジしているっぽいが、堂に入っているのか、両親のみならず、朝食の時から引き続き、義父さんと義母さんの視線を奪っていた。

 まぁ、本人たちも今朝見せつけてしまった以上、今更感に苛まれているんだろうな。

「本当にすごいわね……秀樹、あんた、ホントに何があったの?」

「それについては後で説明するって……まぁ、普通じゃ考えられないようなことに巻き込まれたのは確かだけど」

「秀樹様のお母さま? どうか、今は秀樹様を信じてくださいませんか? きっと、素直に話してくれるはずですわ」

「柚葉さん……えぇ、わかったわ」

 などという会話が実際に起きているあたり、本当に今更な気が俺もする。

 そんなこんなで、とりあえずあずかり知らぬところで開催された昼食会を終えたところで、お手伝いさんがあらわれてお茶を入れてくれる。

 島村邸では必ず食後にお茶が供されるのだが、これはその時々の気分によって選べるように準備されている。

 かくいう今日も、


「ふぅ……頑張ってみたけど、私はもう限界ね……ご馳走様でした、島村さん」

「いえ。お粗末さまでした……って、私が言うのもおかしいかもしれませんけれど、ね」

「失礼いたします、寺島恭子様。食後のお茶は何をお持ちいたしますか? 緑茶、ウーロン茶、紅茶など各種取り揃えております」

 と、一糸乱れぬ動作でぬるりと近寄ってきたお手伝いさんの一人が、秀樹の母さんにさりげなく質問している。

 秀樹の母さん、恭子さんは若干戸惑いながら、とりあえずといった感じで緑茶と頼んだ。

 ちなみに島村家で飲まれている緑茶は基本的には狭山茶であるが、接待用には別に取り揃えている。

「狭山茶でよろしかったですか?」

「あ、はい……」

 食事をして気分が切り替わったのか、各人とも食前よりは落ち着きを取り戻しているように思える。


 しばらくして、他の人たちも食事を終え、それぞれが望む食後のお茶を出され、つかの間の穏やかなひと時となった。

 ただ、時間は無限ではない。

「義父さん、義母さん? そろそろ……いいかな?」

「……そうね。皆様、本日はご足労いただきましてありがとうございます。ここで改めて、うちの息子を含め、行方不明になっていた四人全員が無事に帰ってきたことに感謝すると同時に、そのお祝いをさせていただきたいと思います。……みんな、おかえりなさい。無事でよかったわ」

『ただいま、母さん(ママ)……』

 義母さんの、立食パーティーもかくやというスピーチにつられて、俺達は自然と、各々の親にそう挨拶していた。

 まぁ、俺にとってはこれで三度目なんだがな。

 おかえりなさい、と親たちから言われたところで、さて、と義母さんはいったん言葉を切った。

「それで、陸……そして秀樹君、楓ちゃん、奏ちゃん。昨夜帰ってきたときは、まだ落ち着いてなかったと思ったから詳しく話を聞いてはいなかったけど、そろそろ、あなたたちに何があったのか話してもらえないかしら?」

「えっと……うん、もともとそのつもりだったから。時間ももらえたから、ある程度どう話せばいいのか、まとまったと思うし……」

 義母さんの突然の振りに一瞬戸惑ったものの、これまで俺達に事情を聞かなかった空白時間をそういうことにしよう、としているのだと思いつき、おずおず、とそれに頷いて見せる。

 まぁ、実際にどう伝えればいいのか思い悩んでいた部分はあったんだが……どう説明してもいいのか結局一晩かけても思いつかなかったので、ありのままに説明するしかない、という話に落ち着いたのだが。

 それから、俺達は全体を見渡せるような位置に立ち、食卓に着いているそれぞれの家族を見渡し、まずは俺から口火を切った。

「まず、これまでの九か月間――実は、俺達、別の世界に飛ばされてたんだ」

「別の世界……? ちょっと秀樹、今はふざけた話をしている場合じゃないと思うんだけど?」

「私たちは全然、ふざけた話をしていませんよ?」

「え……これは…………楓ちゃん?」

 おっと。ここで楓が魔法でポットと急須を動かしたか。

 その傍らで、奏は念動力(テレキネシス)の魔法を使って空になった食器を重ね、ちょうどよく部屋に入室してきたお手伝いさんが押しているワゴンへと手際よく載せていった。

 お手伝いさんがわたわたと慌てているのをしり目に、今度は俺が話を引き継ぐ。

「お見せしたとおり、今の俺達は、異世界で授かった、魔法の力を扱うことができます。――といっても、俺はちょっと事情があって、今は使えないんですけど」

「……そう。異世界に、ね……」

「ちなみに、これが夢だと思われるのでしたら、それはそれで構いません。ですが、それで信じてもらえずに俺達を置いて帰っても、俺達がこの、島村邸に寝泊まりしていることは変わらないし、俺達が魔法を使える、という事実も変わらない。俺達は、異世界に飛ばされていた。まずは、その事実が確かなことである、ということだけでも、信じてもらいたいんです」

 俺達の言葉に、義母さん達は戸惑いながら、互いに目を見合わせる。

 当然だろう。行方不明になっていた我が子が突然帰ってきたと思ったら、異世界に行っていたなどとおかしなことをのたまうのである。

 そして極めつけに科学を無視した、魔法による奇跡を目の当たりにして――それを現実として認識しきれるか。

 人によりけりだが、白昼夢か、ないし自分の願望がそのまま夢としてでてきただけで、いまだに深夜の布団の中なんだ、と思ったとしても致し方ない事態だ。

 でも、俺達にとってしてみれば、それを信じてもらわなければ話にならないわけで。

 信じてもらえるだろうか、否か。

 永遠にも思える緊張の瞬間。

 やがて、ポツリ、と。


「私は、お兄様を信じます」


 そう言って、柚葉は席を立った。



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