08
不思議そうに見上げてくる凰和に義一は自嘲的な笑みを浮かべた。
「ええと。そういえば俺、しばらく休みだったわ」
「でしたら、しばらく私とつき合ってください!」
「いやそれとこれとは別の話だ」
誤解を与えたかと義一は慌てて断ったが、凰和は首を横に振る。
「いえ。夫婦でなくとも、少しそばにいて欲しいんです」
そう言った凰和の表情はまるで迷い子のようだった。義一が思わず目を見張っていると、凰和は「それに」と言葉を繋げて視線を逸らし頬を押さえた。
「私、一段飛ばしてしまいました。夫婦になる前にまずは恋人ですよね」
大胆なことを言ってしまった、とばかりに凰和は目元を隠した。
「なんでそっちは恥ずかしがるのよ」
もうついていけん、と思ったところで友仁が戻ってきた。義一をぎろりとにらんだかと思うと、子犬のように凰和の元へ駆け寄って草履を差し出す。用意がいいことにタオルまで持ってきて凰和の足を拭こうとする後ろ姿には、ちぎれんばかりに揺れるしっぽが見えそうだ。自分でやるからと断られた友仁の様子はまさに耳の垂れた子犬だった。
しかしひと度義一を視界に入れると、子犬の目は狂犬のそれへと豹変する。思わず肩がびくついて義一はどっと疲れを感じた。だが、草履を履いた凰和がそそくさと義一の横に寄り添っても、友仁はなにも言わなかった。ほうきも片づけてきたらしく、空になった手で扉を示し「ついてきてください」と促す。
少年が背を向けたところで凰和はこっそり耳打ちしてきた。
「友仁の前では夫婦でいたほうがよさそうですね」
確かに、とうなずく。そうでなければ義一は不法侵入者扱いだ。警察に突き出されては堪ったものではない。だが凰和の思惑はそれだけではないと見抜いて義一はジト目を返した。凰和は義一の腕にすり寄ってその視線をうまいことかわした。