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「申し訳、ありません。彼自身が手を出すなと望まれたのです。瘴気に苦しみながらいきたいのだと……」
そう言いながら凰和はもつれる足であとずさっていく。義一を拒んでまっ黒な池に近づいていく。そこで気づいた。池を囲んでいるものはただの石ではない。いくつもの地蔵だ。どの地蔵も池のただ一点を見つめ、その水底に沈むものを抑え込むかのように陣を張っている。
しかし一ヶ所だけ地蔵の置かれていないところがあった。そこには木製の短い桟橋がかかり、傾斜がついた先端は黒い水に浸っていた。凰和の歩みはふらふらと桟橋へ向かっている。義一の胸は焦りから早鐘を打った。
「いいんだ、凰和。わかってた。社長がここに入ったと知った時から。いや、あの人がいつも罪の意識に囚われていることはわかってたんだ」
凰和を追いかけ腰を浮かしかけた義一の後ろで友仁がまた咳をした。けほけほと軽い音だったそれは次第になにかを吐き出すように重いものへと変わる。義一は慌てて友仁の体を横向きにして支え、背中をさすった。
おかしい。地下に下りてもまだ列車に無邪気な興味を示していた友仁が、これほど急激に体調を崩すなど自然なことではない。
「譲慈社長と同じ症状です」
「なんだって」
苦しむ友仁を遠くから見つめるばかりの凰和につい語気が荒くなる。そんな義一の視線から逃れるように凰和はうつむいた。
「瘴気が呼吸をすることさえ拒ませているんです。ここにいては友仁も危険です。早く連れ帰ってください」
「凰和」
震える凰和の声にかぶせて彼女の名前を呼ぶ。かすかに細い肩が跳ねた。彼女は嘘をついている。その確信を抱いて義一はそっと立ち上がった。
「お前の力を継いだ九尾を宿す俺はなんともない。お前なら今すぐ友仁を助けられるんだろ」




