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「うそだ。ウソだウソだ! 違う! 俺はそんなために凰和様を守ってきたんじゃない!」
がむしゃらに腕を振る友仁の力に耐えかねて凰和の体がよろめく。それでも取り乱した友仁は止まらなかった。行かないでとすがる子どもに翔が近づく。手のひらが容赦なく振り上げられた瞬間、静かな声が場に割り込んできた。
「手を下ろしなさい、翔。短気は損気だと教えたのを忘れたかな」
義一は目を見張った。山道を杖をつきながら登ってくる白髪の老人がいる。翔はぴたりと手を止めたかと思うと、慌てて老人に駆け寄り体を支えた。「下で待っててくださいとお願いしたじゃないですか」と言う翔に、老人はただ朗らかな笑みを返す。
「ぼうやもそのお方から手を離して差し上げて欲しいのだが、いいかな」
どこまでもおだやかでていねいな話しぶりだが、その深い声には底知れぬ意思の強さを感じる。思わず唾を飲んだ義一と同じものを感じたか、友仁は黙って凰和の手を離し老人に道をゆずった。
友仁に礼を言った老人のまぶたが重く垂れ下がった目と義一の目が合う。口元の細く整えられたひげに、目にかかるほど長い眉、どこへ行く時も緑と紫のタータンチェック柄のベストを羽織り、ターコイズがあしらわれたループタイを身につけ、銀細工の見事な杖を片手に持った姿は、ジョージ電力会社社長・譲慈その人に違いなかった。
義一は全身から力が抜けていく思いがした。日中、凰和が雨を晴らしたことがジョージ電力会社の社員に知れて翔が遣わされたのだと思っていた。だがそれならば譲慈社員自らがここに来るはずがない。知っていたのだ。凰和の存在、霊獣ノ巫女の力、その役目。
「義一」
やさしいしわがれた声に体が震えた。
「今まで苦労をかけたね。僕のために本当にありがとう。これからはお前の幸せを考えなさい」




