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彼女が再び地面に下り立った時、いくつも折り重なった白の裾が軽やかに揺れた。腰には水色の帯を締め、着物の合わせは大胆にゆとりを持ち襟を後ろに余らせている。胸元から首にかけては紺色のレースで覆われ肌は少しも見えないが、義一はうなじに秘められた美しさと侵しがたい神聖さを感じた。
シャラリ、音がして振り向いた凰和と目が合う。見事な白髪の頭頂部をまとめ上げる髪留めは青から赤に彩られ、甘いあめのように艶やかな光を放っている。そこからいくつも垂れた細い金細工が揺れる度、シャラリシャナリと涼しげな音色を奏でた。
「これが霊獣ノ衣……。凰和様の真のお姿……」
気がつくと義一を支えるように友仁がそばにいた。凰和は口角をわずかに持ち上げて微笑んだようだったが、それは人形のように硬い表情だった。
完全に沈黙し怯える山犬へと目を定め、凰和は静かに進み出る。翔は腰を抜かしたのかただ呆然と神々しく光るような白の衣をまとう人を見上げるばかりだった。
山犬は本能であとずさった。しかし体がついていかず足がもつれよろめいた。その鼻先に手をかざして凰和は深く息を吸い込む。すると山犬の骨の中で渦巻く瘴気が凰和の手に向かって吸い出されていく。
黒い影は凰和の手に触れて青い花びらへと姿を変え、風に乗って夜空へと舞い上がる。その美しさに義一が息を呑んでいる内に山犬の骨が消え、瘴気が晴れたあとには一匹の黒い犬がうずくまっていた。
「その姿ならば依代に負担をかけないでしょう。戻りなさい」
静かに、しかしぴしゃりと凰和が言い放つ。すると一般的な大型犬ほどの大きさになった山犬はふらふらと立ち上がり、翔に向かって弱々しく鼻を鳴らし空気に溶けた。とたん、翔の体から山犬と同じ耳や尾が消えてなくなる。無理に瘴気を集めた反動か、翔は両手をついて肩で息をしはじめた。




