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左手は急斜面、右手は段差の下に境内が広がっている。祭りを楽しむ人々を巻き込むわけにはいかない。そして後ろの道は行き止まりに凰和と友仁がいる。正気を失いかけている翔にふたりを見られたらなにをされるかわからない。義一は足に力を込めた。
「まったくどいつもこいつも。運命が決まってんなら自分から幕を下ろす必要はねえだろ。いつか来るその時まで自分の舞台に立ちつづける勇気もねえっつうのか」
義一はべっと舌を出した。
「俺は最後まで図太く生きてやるよ。このひどい脚本になっとくしてねえからな!」
こん! と腕の中で鳴いた白狐を見ると、ピンク色の小さい舌が口からはみ出していた。義一はからからと笑って手を放してやる。白狐はふわりと着地し、山犬に向かって尾を逆立てた。
「譲慈様の恩を忘れたクズ野郎が!」
翔の叫び声は義一の胸に深く突き刺さった。
すぐ帰ってくると言った母親は一週間も義一を置き去りにした。捨てられたのだと気づくこともなく、からっぽの腹を抱えて命を削りながら泣くじゃくることしかできなかった。それから何人もの大人がやさしい顔をして義一をたらい回しにした。幼心ながらに居場所はどこにもないと知りすべてを諦めた。
そんな義一の身元引受人となった譲慈社長は「すまない」と謝った。毎日必ず義一の顔を見に来ては、目尻にしわを刻んで苦しそうな表情で何度も何度も謝った。この人は悪くない。温かいごはんにきれいな服、ふかふかのベッドと義一がこれまで得られなかったものを与え助けてくれた人だった。疑心と意地が邪魔をして一度も礼を言ったことはないが、汚れ役のスカウトマンをつづけることは義一なりの恩返しだった。
だけどもう見たくないのだ。自殺を願う人々のなにも映さない目は、すべてを諦めていたかつての自分と同じだった。あのみじめで暗い時間に心が巻き戻る。どんなに立派になったつもりでも役に立たず必要とされず居場所のない捨て子なのだと突きつけられるようだった。




