02
だからこんなうさん臭い人間の手を取ってしまうのだ。まだすべてが嘘で塗り固められた詐欺師のほうがましかもしれない。死によって救われるこの世界はとうに壊れている。
義一はほとんど体温の感じられない女性の白い手をじっと見つめた。
「悪いな。あんたの自殺を手伝うって言ったの全部嘘だ」
「えっ」
「本当はあんたの体が目当てで――ぐほ!?」
「最低!」
腕を振りきり罵られるまでは義一の想定内だった。しかし女性は走り出す際義一を突き飛ばしていった。体が後ろへ大きくよろめき、縁石に足がつまずいて上体が反り返る。夜空にちらばる星くずが見えた瞬間、渓流の音がひと息に近づいてきた。
ああ、ちょうどいいわ。こんな仕事もうやめてやる。
どんなに苦しくても、辛くても、生きてりゃ望みがあるだろ。俺のようになっちゃおしまいだ。
「あのお。そろそろ起きませんか?」
頬をつつかれる感触を嫌がって首を振ると、近くで女性の喜ぶ声が聞こえた。まぶたの向こうが明るい。どうやらもう朝らしい。やけに体が冷えているが、寝ているうちにかけ布団を蹴飛ばしたようだ。気の進まない仕事を終えてきたせいで体が重怠い。
あれ。そういえば報告書を書いた覚えがないな? 橋から飛び下り自殺しようとしていた女性をスカウトして、うまくいって、そのあとどうしたっけ?
「気がつきましたね! それでは私と結婚してください!」
「いやなんでだよ!?」
思わず飛び起きた義一に手を叩いて喜んだのは黒髪の若い女性だった。まだ十代に見える少女はしかし、着ているものは白い着物一枚と地味で古臭い。まるで修行僧か死人のようだ。艶やかな髪を肩に垂らして義一を覗き込む黒い目は好奇心にあふれている。とても見ていられないと義一はあたりに目を移した。