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「もちろんです。死にかけていたんですから。心当たりはありますよね?」
そう切り返されると痛かった。今生きていることが不思議なくらいの心当たりがある。義一が落ちた川は大きな岩がごろごろと連なって、突然急流になったり水深が深くなったりする場所がいくつも存在し、流されたらとても危険な川だと聞いていた。だからあの場所で待ち伏せていた。
「なにか、夢でも見ましたか」
自分でも気づかなかった額の汗を拭われて、義一はとっさに凰和の手を掴んだ。
「汚いだろうが」
そう口走ってからまるで気遣うような響きに気づいて手を離した。だが凰和は楽しそうに笑いながら「そんなことはないですよ」と指を握り込む。やっぱりどうしても気になって義一は凰和の手を奪い返し甚平の裾で拭った。
くすぐったいのか声を立てて笑う凰和を布団から追い出して、義一は着替えの服を求めてあたりを見回した。そこへすかさず服の上下一式を差し出してきた凰和はもう妻気取りなのか。義一は素直に礼が言えなかった。三〇〇年ぶりに目覚めた少女より順応が遅れていることも癪だ。
しかし凰和は義一が着替える時だけ察しが悪かった。
「見られてるとやりづらいんだけど?」
「私のことはお構いなく!」
甚平のひもに手をかけた義一を、凰和は顔を覆った指の隙間からしっかり見ていた。いいぞ、そのまま! 心の声もダダ漏れだ。まさか女性、しかも十代の子どもからセクハラされる日が来るとは夢にも思わず、義一は深いため息をついた。
凰和に回れ右をさせ廊下に突き出す。すかさず体で通せん坊しながら、慌てて振り返った凰和を見ているといたずら心が生まれた。
「お子サマにはまだ早い」
唇の前に人差し指を立ててにいっと笑う。この返しは予想外だったのか、驚いた顔で固まる凰和の鼻先で義一はぴしゃりと障子を閉めた。廊下から「ずるいです義一さん!」と喚く声がして障子ががたがたと揺れる。突破されないよう押さえながら義一はどうしようもなくおかしくて、ひとり肩を震わせ笑っていた。




