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鼓動が幾分か落ち着いてきた。俺はなにをやっているのか。朝からため息が出る。
「ねえ義一さん」
「ぬあおい!?」
夢の再現かのように耳元で呼びかけられて義一は意味もなく両手を挙げて振り向いた。エプロンをつけた凰和が目をぱちくりとさせ見下ろしている。そんなに驚くとは思わなかったです、と笑われ義一は後頭部を乱雑に掻いた。今日も寝癖がひどい。
「義一さん、なんと私約三〇は年ぶりに朝食を作っちゃいました。おにぎりを握って、スープの素にお湯を注いだのです」
「おーそりゃすげえ。さすがインスタント食品。化石少女にも扱えたか」
また少しひげが伸びたあごをさすり、義一はあくびをこぼした。その口の中を覗き込むように凰和がずいっと前屈みになってきて思わずむせる。じっと見つめてくる目は先の言葉に怒ったように見えて「なんだよ」と目を泳がせた。
しかし凰和は答えず布団に上ってくる。武骨なひざとほっそりしたひざがぶつかっても戸惑うのは義一ばかりだ。凰和は身を引いた義一にしな垂れるようににじり寄ってそっと胸板に手を置いた。
「あのお、凰和さん?」
目を閉じてしばらく、動かない凰和にそろり声をかけると少女はひとりうなずいて得心のいった顔だ。
「傷は順調に癒えていますね」
「あのさあ、俺そんな気遣われるほど重傷なの?」
義一は昨日の凰和を思い出しながら口を開いた。夫婦らしく布団を並べて寝ようと言い出した凰和にとても同意することはできず、義一は強引に帰ろうとした。だが、鳥居大門の下で凰和は足を突っ張って体の全体を使い、義一を止めた。
そのすがる姿はまるで凰和のすぐ後ろに越えてはならない境界線を感じさせ、義一の足をあとずらせたのだ。
ふいに凰和の手が義一の両頬を包み込んだ。夢で感じた通り彼女の手は冷たく、橋から飛び下り自殺を考えていた女性とせつな面影が重なる。




