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頼りないろうそくの灯りの元にふたつの人影が見えた。ひとりは白の着物に浅葱色の袴をはいた老人の男だ。その隣でみすぼらしい黄土色の着物を着た少女がうつむいて立っている。
ふいに老人の口元が動くが、なぜか義一にはその声が聞こえない。代わりに少女の声は洞窟にいるかのようによく響いた。
『夢なんてありません。私はただの穀潰しです。なにか望むことすらおこがましい身です』
凰和? 思わずつぶやいた義一の声もあたりの闇に反響したが、凰和と声がよく似た少女は振り返らなかった。
『私のような者でも役立てることがあるなら、喜んでこの身を捧げます』
ねえ義一さん。
突然耳に吹き込まれた吐息はゾッとするほど冷たく、ろうそくの火を一瞬で消し去った。義一は気づくとなにかを握っていた。見ると白い手だった。恐ろしく冷たくまるで生気が感じられない。腕を辿って見上げた手の持ち主は死出の旅路に赴くような白い着物を身にまとい、だらりとうつむいて濡れて見える黒髪で顔を覆い隠していた。
お、おうわ?
震える義一の声に少女の肩がぴくりと揺れてゆっくりと顔を起こす。義一はとっさに逃げ出したくなった。しかし足が泥沼にはまってしまったかのように動かない。手は少女の冷気にあてられ凍えていた。
『ねえ義一さん。あなたは私の無価値な犠牲を、意味のあるものにしてくれるんですよね?』
ハッと息を呑んだ瞬間義一は目を見開き、見慣れない天井を見つめて横になっていた。心臓が痛いほど早鐘を打っている。胸を押さえて上体を起こした義一は、藍色の甚平姿だった。
これは確か友仁の父親のものだと聞いた。義一は昨日とりあえず自宅アパートに帰ろうとしたのだが、まだ体が万全ではないと凰和に押しきられ、社務所裏の友仁の家に泊まったのだ。




