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-確執-











「ねえ、蒼影。」



「……なんだ、黄涙?」



ジャンハンビルの屋上。


深い暗闇の中、赤い月だけが光源となっているその場所には、二人の男性が立っていた。




「この前の桃華嬢のゲームで君と対峙した時……俺はすごく懐かしい感じを覚えたんだ。君はどうだった?」



黄涙と呼ばれた黄色髪の男性が訊いて、




「……それがしも、同じだ。初めてトランプ四重奏が出会ったあの日を思い出したな。」



蒼影というらしい黒髪の青年が答える。



辺りは静かで、呟くようなボリュームしかない二人の話し声もよく通っていた。




「あの時は、お互いのことをよく知らなかったから確執が生まれていた。だが、今は……どうだ?お互いを知り尽くしている仲ならば、確執は生まれないはずだ。」



「“理論的には”だろ?」



「“必然的にも”だ。白薙と仲直りすべきだ、黄涙。」



反論する暇を与えないほどの早口で言うと、蒼影は低く身をかがめる。


その次の瞬間、バッと勢いよく跳躍しジャンハンの闇へ消えた。




「今の状況が三年前とは違うことぐらい、俺だってわかってるさ……蒼影。」



黄涙は一人呟くと、三年前のことを思い出すのだった……。













三年前、ジャンハンビルの屋上。




「なんだよ、おまえらは。俺様の根城を荒らしに来やがったのか?」



ウルフカットのオレンジ髪を持つ青年は、睨むように目を細めて三人を見上げた。


桃色の瞳に、三人の姿が鮮やかに映る。




「君だけの住処じゃないよー!僕だって、ここを使ってるんだからー!」



ムゥと口を膨らませて言ったのは、三人の中で一番背の低い少年。


赤いサラサラの髪と琥珀色の瞳が印象的である。


歳もその場に居る四人の中では、最も幼く見えた。




「へっ!俺様と勝負して勝ったら立ち退いてやってもいいけどな。おまえみたいなチビっこい奴が勝てるわけねえだろうけど。」



「ちょっと待った。二人だけで話を進めないでほしいな。俺とそこの壁に寄りかかってる彼も、ここを住処にしているんだよ?話に入る権利はあると思うけどな。」



器用にバランスを取って、屋上の手すりに座っている青年が言った。


黄色い髪と赤い瞳を持つ彼は、頭のやや右寄り部分に黒いドクロ帽子を被っている。


歳は四人の中では一番上のようだ。



「………。」



無言で成り行きに任せているのは、三人とは少し離れた場所に座っている青年。


艶やかな漆黒の髪は顔の右半分を覆い、瞳は鮮やかな青色だった。




「三対一かよ……フェアじゃねえな。ま、いいぜ。束になってかかって来ても、俺様にはかないっこねえだろうからな。」



オレンジ髪の青年は、不敵にニヤッと笑う。


それに対し、黄色髪の青年は




「それはどうかな?誰も退かないってことは、ここに居る四人全員が勝つ自信があるってことだと思うけど。」



挑発的な言葉を返す。




「それに、四人居るんだから二対二でいいんじゃないかな。勝った者同士が戦って、一番強い奴がここの所有権と“最強”の称号を得られるってことでどう?」



「うん、いいと思うよー。」



「……それで構わない。」



紅髪の少年と黒髪の青年が同意する。




「へっ!面白ぇじゃねえか。その提案……呑んでやるよ。俺様はそこのチビっ子を指名すっぜ。」



「チビっ子じゃなくて、紅羽って名前があるのー!!そんな呼び方するなら、君のことを“オオカミ君”って呼んじゃうからー!」



紅髪の少年……紅羽はやや怒り調子で言い返すと、右手にボーラ(先端に石がついた縄)を構える。




「誰が“オオカミ君”だよ!俺様には、白薙って名前があるんだっつの!しっかり覚えとけ!!」



オレンジ髪の青年……白薙も負けじと大声で返し、打ち出の小槌を左手に携えて紅羽を見返す。




「俺の相手は君ってことになるかな?」



「……蒼影だ。」



黒髪の青年……蒼影はゆっくりと腰を上げると、背中から弓矢の雷上動を取り出し射的の構えをとる。


黄色髪の青年は、蒼影ねと確認するように繰り返す。




「俺は黄涙だよ、よろしく。」



黄色髪の青年……黄涙は和やかに微笑みつつ、空間からクルタナ(刃先がない片手剣)を引っ張り出した。



四人の間にピリッと緊迫した空気が流れる。


赤い月が更に赤く光り、雲が全て晴れた。




「始めるぜ?」



「……ああ。」



白薙と蒼影の会話を合図にするかのように、四人は一斉に動いた……。













「ふうん……それで、結局誰が一番だったの?」



真昼の太陽が差し込む山茶花の部屋。


その部屋の主である山茶花が、二人の男性に向けて尋ねた。



「そりゃ、言うまでもないだろうが。この白薙様の一人勝ち……」



「もーう!また、そんな嘘つくー!嘘つきは閻魔様から舌を抜かれちゃうんだからねー!!」



白薙と呼ばれたオレンジ髪の青年の言葉を、紅髪の少年が怒りながらすかさず遮る。




「閻魔なんて、怖くねえっつの。もう一日やってりゃ、絶対俺様が勝ってたしな!」



「そんなのは、やってみなきゃわからないでしょー!山花ちゃん、本当はね、みーんな引き分けだったんだよー。」



前半は白薙に、後半は山茶花に対して言葉を返す紅髪の少年。


山茶花は、へえと興味があるのかないのかよくわからない返答をした。




「互角……ってわけか。誰かが勝ってたら、君達四人は一緒に居ないだろうって予想はついてたけど。」



「紅羽と俺様が互角なんて……信じたくねえけどな。まあ、あん時は俺様が体調不良だったっつうことだ。」



紅羽と呼ばれた紅髪の少年は、嘘つき白薙ーと非難の声を上げた。




「それで……続きは無いの?」



「おっ!冷めまくってる茶花が珍しく食いついてきやがったか!」



「……冷めまくってて悪かったね。白薙は放っておいて……紅羽。良かったら、続きを聞かせてくれる?」



いいよーと快く返し、紅羽は続きを語り始める。


白薙が無視するなとか何とか喚いていたが、山茶花にはBGM程度にしか聞こえなくなっていった……。










クルタナの刃と雷上動の弓が擦れ合い、ガチリと鈍い音を立てた。


しかし、それを携えている黄涙も蒼影も、もはや体力は限界に近かった。




「はあ……はあ……近距離は苦手かと……っ……思ったのに……はあ……やるね……っ……蒼影……。」



黄涙は息絶え絶えに言うと、フラッと前のめりに倒れた。


クルタナが地面に落ち、カンッと高い音を発する。




「当然……っ……だ……。」



蒼影もそれだけ返すと、トサッと右方向に倒れ込む。


雷上動は左手に携えられたままだったが、その先端には小さな亀裂がいくつも入っていた。




「くっそ……はあ……お前みたいな……っ……チビっ子に勝てねえなんて……一生の恥だぜ……。」



「チビっ子は……っ……止めてってば……。」



白薙と紅羽は言葉を交わし終えたと同時に、後ろ向きに倒れた。


ドッと地面に背中を打ちつける激しい音がしたが、他の箇所の痛みと疲労で背中の痛みはそれほど感じなかった。


夜が明け、紫色の太陽光が屋上を照らしている。




「白薙……だっけ?」



黄涙に話しかけられ、白薙が何だよと顔だけ向ける。




「三時間も戦って勝負がつかなかったんだ。このままずっと戦ってても、決着はつかないと思う。そこで一つ提案なんだけどさ……」



「提案って、なーに?」



白薙ではなく、紅羽が上半身を起こしながら訊く。




「誰が最強か……また後日に決着をつけるとして、この場所は四人で使うことにしよう。」



「……良い考えだな。」



すぐに蒼影が同意する。


体はコンクリートの床にべったりとつけたままだ。




「四人で使うのはいいけどよ、誰が最強かは白黒つけてえな。」



と、白薙。




「僕は黄涙の意見にさーんせい!」



紅羽は、右手を上げて人なつっこい笑みを浮かべた。




「だったら、こうしようか、白薙。高速移動で敵を攪乱できる君は、スピードにおいて四人の中で最強のハートブレイカー。弓を射れば百発百中の蒼影は、命中率が最強。飛び抜けてすごい能力はないけど弱点も無い紅羽は、能力バランスにおいて最強。」



「剣一本で何でも弾き返せちゃう黄涙は、パワーの最強ってことになるねー!」



黄涙の言葉を紅羽が引き継ぐ。




「スピード最強のハートブレイカー、白薙様ねえ……それなら、納得してやってもいいぜ。」



「……決まりだな。今日より、この屋上は我ら四人の根城だ。」



蒼影がフッと僅かに笑いながら言って、おうと残りの三人が握り拳を作った利き手を高く掲げたのだった……。













(……少しきつく言い過ぎたかもしれぬな。)



ジャンハンの繁華街を散歩しながら、蒼影はそう思っていた。


繁華街には、多数の店があり夜は昼間よりも賑わっている。


というのも、昼間は出かけているハートブレイカーが多く、夜の方が客足が多いからだ。




「安いよ、安いよー。極上物の真珠のアクセサリーが全品二割引!買わなきゃ損だよ、お姉様方ー!!」



「流行の最先端を行きたいそこのあなた!ブティック光蘭には、あなた好みのファッションが盛りだくさんですよ!是非、一度は足をお運び下さいませ!!」



そんな宣伝文句を聞きながら、蒼影はトランプ四重奏がチームとして結成された日のことを思い返した……。










「トランプ四重奏カルテット?」



大きな琥珀色の瞳をパチパチさせながら、紅羽が聞き返す。


夕方のジャンハンビル屋上。


沈みゆく太陽の紫色の光と昇り始める青色の光とが交錯し合い、見る者を感嘆させてしまうような彩色が間近で見られる唯一の場所である。




「そう。俺達四人は、巷でそう呼ばれているらしいんだ。」



答えるのは黄涙。


夕日を背にし、吹きすさぶ風に飛ばされないようにと、ドクロ帽子を左手で抑えている。




「“トランプ”……ジャンハンでは、異端者のことだったよな。それが四人で“四重奏カルテット”……いくら何でもそのまますぎんだろ!」



俺様だったらもう少しかっこいい名前を付けるのによと、白薙がぼやく。




「僕はいい名前だと思うけどなー。一人一人名乗るのは大変だけど、チーム名があれば名乗りやすいからねー。」



紅羽はパンと手を打ち鳴らして、感想を述べた。




「しかし……異端者、か。端から見れば、我らはそのような存在なのだな。」



「まあ、自分から志願してハートブレイカーになりたがる人間はそれほど居ないからね。“異端者”と言われても、反論のしようがないさ。」



眉を潜めてぽつりと漏らす蒼影に、黄涙はいつもの軽い調子で言う。




「まあ、いいんじゃねえの?そういう奴らには、勝手に言わしときゃ。ちょっかい出してきやがったら、力で黙らしてやりゃいいしな。」



「黙らす……は、ちょっと乱暴すぎるかな。けれど、力を魅せつけるぐらいなら黙認するよ。」



「……って、なんで上から目線なんだよ!!」



白薙はファインディング・ポーズをして喚いたが、黄涙は笑顔で受け流している。




「異端者、かあ。なんとか教みたいで、少し嫌かもー。カードゲームのトランプってことにしようよー!」



「確かにそれでも矛盾はせぬな。トランプにもマークが四つある故、“四重奏”でもおかしくはない。」



「っつうか、話ズレてきてねえか?」



盛り上がる紅羽と蒼影の間に、呆れ顔の白薙が横入りする。




「とにかく……名前も決まったことだし、俺達は今日からトランプ四重奏というチームとして活動しよう。」



「活動って……どんなことするの?」



きょとんとした表情で、誰もが思う質問を投げかける紅羽。




「今まで、一人一人分かれてやっていた狩りを四人一緒にする。同じ時間にこのビル屋上に集まる。誰かがピンチの時は協力し合う。とまあ、こんな内容でどうかな?」



黄涙の提案に、




「いいと思うよー!」



明るい声で即答したのは紅羽。




「四人一緒に行動すんなんて面倒くせえな。ま、暇してたとこだし、俺様をリーダー役ってことにしてくれりゃ、それでもいいぜ。」



条件付でと高飛車に答えたのは白薙。




「悪くはないな。」



短く返したのは、蒼影。



そんなこんなで、トランプ四重奏という最強ハートブレイカーのチームが結成されたのだった……。










「話は変わるけど……一ついい?」



紅羽の話が一段落してから、思い立ったように山茶花が言った。




「何だよ、茶花?」



「なーに、山花ちゃん?」



視線を山茶花に向け、白薙と紅羽がほぼ同時に聞き返した。




「白薙と黄涙……まだ仲直りしてないの?」



「……不躾に何訊いてんだよ、茶花。」



山茶花の質問に、見るからに不機嫌顔になる白薙。




「少し気になっただけ。この前は四人で来てたけど、今日は二人だから。またケンカしたのか、仲直りしてないのかのどちらかと思って。」



「えっと……。」



紅羽は言っていいのかなと聞くように上目使いで白薙を見た。




「別にケンカしてるわけじゃねえよ。ただ、何っつうか……」



白薙はフイと視線を背けて口ごもる。




「何?」



「妙に距離を置いてやがんだよ、黄涙の奴。俺様が話しかけたら用事思い出したとかでその場から姿消して、なるべく俺様の近くに居ないようにしてるみてえだしな……。」



「黄涙の方が距離を?」



意外だというように首を傾げる山茶花。



そうなんだよねえと紅羽が頷く。




「黄涙……最近、ちょっと様子がおかしいんだよー。いつも通りにこにこ笑っていたかと思えば、急にため息ついたりー。どうしたのって訊いても、何でもないさって誤魔化しちゃうもん。」



「ふうん。」



そっけなく返す山茶花だったが、視線は何か考えているかのように右斜め前に向けられていた。




「全く、わけわかんねえよな。俺様はもう気にしてないっつうのによ……。」



「だったら、黄涙にそう伝えればいいんじゃないの?」



「ばっ……言えるかっつうの!俺様も暇じゃねえんだ。話はそんだけなら、帰るからな!」



白薙は照れたようにほんのり頬を赤くして言うと、小槌で空間に切れ目をつくりさっさと帰っていってしまった。




「白薙、話はまだ終わってないんだけど……って、聞こえてないか。」



「ごめんね、山花ちゃん。白薙と黄涙のこと、心配かけさせちゃったみたいで。」



ぺこりと頭を下げながら、紅羽が申し訳無さそうに謝る。




「別に紅羽が謝ることないと思うけど。」



「ううん、僕にも原因があるのー。日常茶飯事だと思って、ケンカを止めなかったから……。」



「謝る代わりに、そのケンカのこと……聞かせてくれる?」



山茶花の頼みに、いいよーと快く答え、紅羽は話し始めた。



「今日から遡ることと、十日前。山花ちゃんに、“テスト期間三日前からテストが終わるまでは立ち入り禁止令”を出された僕達は、いつものようにジャンハンで一番高いビルの屋上に居たのー。そこで雑談してたんだけど……白薙がどうしても山花ちゃんのとこに行きたいって駄々こねちゃって。」



「なんで?」



「よくわかんないけど……『茶花を守るって宣言したのにこれじゃ見守ってるだけでいざという時に助けられなえだろうが』って。それに対して、黄涙が『女性が嫌がっているのに近くに寄るのは紳士のやることじゃない』って言ったら、『守るって宣言した女の一人も守れねえのが紳士なら、俺様は紳士になんてなる気すら起きねえよ』って反発しちゃって。」



「何となく、想像つく状況だね。」



山茶花の頭に、黄涙に詰め寄る白薙の姿が浮かんだ。




「そしたら、黄涙がね……『駄々こねるなんて、君の歳に似つかわしくない。もっと大人になった方がいいよ』って忠告したの。その言い方が良くなかったみたいで、白薙は『上から見下したような言い方してんじゃねえよ!子供で悪かったな!元から気に入らねえが、更にお前のこと嫌いになったっつうの!!』って早口で立てしまくって、どっか消えちゃって……。後は山花ちゃんも知ってる通りだよー。」



「白薙誘拐事件に結びついたってわけだね。」



山茶花は全てを理解したように、軽く二度頷いた。




「嫌い、か……面と向かって言われると、きつい言葉だね。黄涙が落ち込むのも仕方ないことか。」



「どうしよう、山花ちゃん?このまま、二人が仲直りできなかったら……」



「黄涙か白薙のどちらかがトランプ四重奏をやめることは必至。最悪の場合、トランプ四重奏解散かもしれないね。」



淡々と考えを述べる山茶花と、そんなの嫌だよと半泣きで訴える紅羽。




「何とかならないの……?僕は黄涙も白薙も大好きだから、居なくなっちゃったら嫌だよ!」



「私に訊かれても……。」



「うっ……お願い、山花ちゃん……解散なんて……わああん!!」



「えっ……わ、わかったから泣かないでよ、紅羽。」



両手で両目をこすりながら大泣きする紅羽を、山茶花は彼の髪を撫でながらあやした。




「……何とかしてみるから。だから、泣き止んで、紅羽。」



「ぐすっ……本当に……?」



「うん……私にも責任はあるようから。黄涙を説得してみるよ。」



上手くいくかはわからないけど、と付け加えると山茶花は紅羽に耳打ちしたのだった……。










軽快なリズムの着信音が響く。


話題の青春ドラマのエンディングテーマ曲だ。



黄涙は、ケータイ電話を取り出し通話開始ボタンを押す。




「もしもし?」



『あっ、やっと繋がった!もしもし、黄涙?紅羽だよー。』



電話からは、声変わりする前の少年の声が聞こえてきた。




『山花ちゃんの家に来て!今すぐにー!』



「……ごめん。それどころじゃないんだ。切るよ。」



『ええっ?黄涙、話を……』



ピッと通話終了ボタンを押し、黄涙は電話を切る。




「終わったか?」



ケータイ電話をズボンのポケットにしまい込む彼の背後から、ドスの利いた声が響く。




「うん、待たせて悪かったね。」



にこやかに微笑みながら、黄涙は体ごと振り返る。



その瞳に映ったのは、十人ほどのいかつい男達の姿。


十人共、空中浮遊しているハートブレイカーだ。



その手には、ハンマーや鎖鎌にナイフなど物騒な武器ばかりが握られている。




「仲間を呼んだのか?」



リーダーらしい、もっとも体格のいいスキンヘッド頭の男性が尋ねる。


違うよと首を振る黄涙。




「ただの間違い電話さ。適当にあしらって切ったよ。」



「けっ!下手な言い訳しやがるな、黄涙。その余裕がいつまで続くか見物だぜ!」



いかにも下っ端というような、リーダーの後ろに居た背の低い男が言う。




「余裕?この人数相手でそれは無いよ。これでも、緊張してるんだけど。」



黄涙の顔から笑みが消えた。


左手には、いつの間に取り出したのか、クルタナが携えられている。




「野郎共、あのスカした奴をやっちまいな!!」



「おう!!」



リーダーの言葉を合図に、男達は黄涙に向かって一直線に駆け出す。


真夜中のジャンハンビルの屋上に、月よりも鮮やかな赤を持つ鮮血がパッと散ったのだった……。











(戻るか……言い過ぎたことを謝るべきだろう。)



過去から現実へ意識を戻し、蒼影はフッと宙に飛び上がる。



繁華街の人通りは絶えず、明かりも消えることはない。


しかし、時間帯が遅いためか多少は賑やかさが落ち着いていた。






やがて、ビルの屋上まで数十メートル地点に着いた蒼影は、異変に気付いた。




(むっ……なんだ?騒がしいようだが……。あの場所には黄涙だけしか残っていないはず……。まさか……?)



嫌な予感が胸をよぎる。


蒼影は飛ぶ速度を、最高速まで上げビルの屋上へ急いだ……。










「切れちゃった……。」



「……切れたね。」



紅羽の言葉を山茶花が繰り返す。




「それどころじゃない、か……。何かあったのかな?」



「わかんないけど……黄涙の様子がいつもと違う。山花ちゃん、僕……ジャンハンに戻ってみるよ!」



「うん、わかった。何かあったら、また教えて。」



了解っと元気に返し、紅羽はブリューナクで空間を切りあたふたとジャンハンへ戻っていく。




(何も無いといいけど……。)



山茶花はそう願いながら、窓の外に視線を移す。



空は灰色に曇り、太陽は曇の中に姿を消している。


一雨来そうな天気だ。


山の方から、ゴロゴロと雷鳴も轟き始めていた……。








ジャンハンビルの屋上。




「なんだよ、これ……。」



降り立った白薙は、地面を見下ろして絶句した。


錆びた鉄のような独特の臭いが辺りに充満している。



コンクリートで固められ地面には、十一人の男性ハートブレイカーの姿。


そのいずれもが体のどこかに傷を負い、地面に赤黒い血を流して倒れていた。



その中には、黄涙の姿もあった。




「白薙!」



「蒼影……何がどうなってんだよ?」



「嫌な予感がよぎって来てみれば……この様か。今は黄涙の無事を確認するのが先だ!」



呆然と立ち尽くす白薙を促し、蒼影は黄涙に駆け寄る。




「黄涙!しっかりしろ!何があった!?」



「黄涙!何、寝てやがんだよ!この状況を説明しやがれ!」



二人が体を揺らすと、黄涙はわずかに目を開けた。


左脇腹と右肩に傷を負い、そこから出血があるが、意識はまだ失われていないようだ。




「白薙……?蒼影……?」



「傷はそれほど深くはない。気を確かに持て!」



「ふふっ……大丈夫だよ……。少し……疲れただけだから……。」



黄涙は荒い呼吸をつきながらも、微笑んでみせた。




「この人数相手に一人で戦ったのかよ……。何、バカなことしてやがんだ!」



「バカなこと……かもしれない。けれど、俺は……この場所を……ギャングなんかに渡したくなかった……。俺達四人の……“家”だから……。」



「ここを守るため……?あっ……起きあがんじゃねえよ!」



強い口調でたしなめる白薙に大丈夫だよと返し、黄涙はゆっくりと上半身を起こす。




「渡したい物が……あるんだ……。」



「そんなもんは後でいいっつうの!じっとしてろ……あっ……。」



黄涙は力を振り絞って白薙のポケットに“ある物”を入れると、安心したかのようにそのままの体勢で目を閉じた。


全身から力が抜け、両腕がだらりと垂れ下がる。




「おい、黄涙!」



「気を失っているだけのようだ。あまり揺らさない方がいい。」



「……わかった。」



蒼影のアドバイスに従い、白薙は黄涙の体をそっと地面に横たわらせる。


それから、ポケットに突っ込まれた“ある物”を取り出した。




「……ちゃっかりしてやがるぜ。」



白薙は、ははっと空笑いしながら“ある物”を握りしめた。



それは五枚のトランプカード。


スペードマークが二枚と、他のマークが一枚ずつ。


ポケットに入れられていたため、血液は一切付着していないが、よれよれに歪んでいた。




「こんな状況においても、タダでは起きないか。……黄涙らしいな。」



蒼影は黄涙の顔を見下ろして呟く。


地面に横たわった黄涙は、すぅすぅと小さな寝息を立てていた。




「バカだよな、黄涙は……。ほんっとに仕方ねえくらいバカだ……。」



「白薙、おまえ……」



「泣いてねえっつうの!埃が目に入っちまって痒いんだよ……。」



右腕で目をぐしぐし擦りながら、白薙は蒼影に言葉を返す。


声が僅かにだが震えて、鼻声に近い声になっていた。




「……まだ、何も言っていないんだが。」



「だったら、尚更何も言うんじゃねえよ!黄涙には、このことは絶対言うなよ!言ったら、絶交だかんな!!」



「心得た。」



蒼影はこくりと頷く。




「紅羽もだ!!」



「わわっ!?バレちゃってたの……?」



屋上の給水塔の裏から、紅羽が顔を見せた。




「おまえのちょこまかした気配は、わかりやすいんだよ!」



「うー、見つかんないように頑張ったのに……。」



なんで見つかったんだろうと小首を傾げる紅羽に、白薙は目を細めた睨むような視線を送る。




「話、聞いてただろ?」



「えと……僕、今来たばかりだから……その……」



「“はい”か“いいえ”で答えやがれ!!」



「はっ、はい!!」




詰問された紅羽は、ビクッと体を震わせて敬礼姿勢で答えた。


紫色の朝日が、トランプ四重奏とギャング達に温かい日差しを浴びせかけていた……。












「うっ……ここは……」



「気が付いたみたいだね、黄涙。」



何時間眠っていたのか。


意識を取り戻しうっすらと開かれた黄涙の目に映ったのは、山茶花の姿だった。




「山茶花嬢……?ということは……ここは……」



「私の家だよ。」



黄涙はスローモーションのようにゆっくりと上半身を起こすと、辺りを見回す。


整理されたシンプルな机、白を基調とした質素なベッド、順番と高さ通りに本が並べられた本棚、黄緑色の絨毯……。




「確かに……見慣れた山茶花嬢の部屋だ……。だけど、どうしてこんなところに俺は……。」



「他の三人が運んできたんだよ。君が腕と肩に包帯を分厚く巻かれてきた時は何事かと驚いた。まあ、命に関わるようなケガじゃないようだから良かったけど。」



トントンと机でプリントの端を揃え、山茶花は黄涙に向き直る。


右は緑で左は黒というオッドアイの瞳が、優しげに彼を見つめていた。




「白薙達は……」



「ジャンハンに戻って、ビルの屋上を掃除してくるって言ってたよ。今日は月に一回の掃除日だとか何とか。」



「掃除……そういえば、そうだったかな。」



ふふっと苦笑して、黄涙は言葉を続ける。




「あの三人には、ずいぶん迷惑をかけてしまったなあ。謝っとかないと。山茶花嬢にも……ごめんね。」



「……黄涙はいっつも謝ってるよね。たまには“ごめん”じゃなくて“ありがとう”って言ったらどうかな。」



「あっ……それもそうかな。ありがとう、山茶花嬢。」



どういたしましてと返すと、山茶花はやり終えていないプリントに視線を戻し、解き始めた。




「言い忘れたけど……」



「んっ?何かな?」



「白薙達三人……十分ぐらいしたら帰って来るって言ってたから、もうすぐ帰って……」



「たっだいまー、山茶花ちゃん、黄涙ー!」



噂をすれば影。


外側から窓を開けて入って来たのは、紅羽と白薙と蒼影の三人だ。



三人は部屋に降り立つと、黄涙の正面に横一列に並んで座る。


黄涙は、真ん中に座った白薙と目が合った。




「白薙……」



「……なんだよ、黄涙。」



「もう具合は良いのか、黄涙?」



気まずい空気を察して、蒼影が割って入る。




「起き上がれるくらいには回復してるよ、蒼影。」



「それなら良かったー。今度からは一人で無茶しちゃダメだよー?」



人差し指を前に出し、めっと口を膨らませる紅羽。


気を付けるよと黄涙が頷く。




「あ……えっと……白薙?」



「んっ。」



話しかけられた白薙は、ツンとした表情で黄涙の左手に何か冷たい物を押し付けた。


それは、炭酸入りの缶ジュースで何か英語で名前が書かれている。




「これは……?」



「察しろよな、そんくらい。やるって意味だっつうの!」



短く返すと、白薙はフイとそっぽを向く。


頬をほんのり赤く染めて、照れと恥ずかしさの入り混じったような表情だった。




「ありがとう。飲んでもいいのかい、白薙?」



「飲みてえなら飲みゃいいだろ。」



「それじゃ、お言葉に甘えて……。」



黄涙は缶のプルタブに右手の人差し指をかける。


ほんの一瞬だが、白薙がにやっと不敵な笑みを見せたのを彼は見逃さなかった。



カチッと缶が開く音がして……




「ふふっ……俺がこ簡単に騙されると思ったのかい?」



「なっ……うわっ!?」



次の瞬間、素早く向きを変えられた缶から白薙に向けて茶色い液体が吹き出す。




「わっ!?」



「……っ!?」



とっさに左右に避けた紅羽と蒼影はその惨事を避けられたが、予想もつかなかった事態に白薙だけは間に合わなかった。


髪の毛と顔全体と首もとが、茶色い液体にびっしょりと濡れ、絨毯にぽたぽたと滴が落ちている。




「この野郎……よくもやりやがったな!」



「先に仕掛けたのは、白薙の方だろ。あれだけ冷えててシェイクされたら……こうなることはわかりきってるからね。わざと冷たい、それも缶ジュースをくれたんだろ?」



半分ほど残った缶ジュースをグビグビと飲み干し、にっこり笑顔を見せる黄涙。




「あの……忘れてるかもしれないけど、ここは私の部屋なんだけど。」



心底呆れ返ったような瞳で、ワーワー騒ぐ四人を見つめる山茶花だった……。










「経過を報告せよ、闇正。」



ジャンハンにひっそりとそびえ立つログハウスの中。


中年から老年頃に見える男は、闇正というらしい片膝立ちしている忍び装束の男に言った。




「現在、三十枚ほど集まっているようです。覚醒は起きていません。」



「ご苦労。光幻……紫月の考えは?」



光幻と呼ばれたのは、闇正の傍らに立つ女性。


こちらはスーツ姿で、年は闇正より少し上に見える。




「我が主……紫月様は、再び彼らに挑むとおっしゃっています。トランプという餌を持って。」



「ふむ……引き続き、観察を続けよ。」



闇正と光幻は、拝礼をするとどこかへ去っていったのだった…… 。
















-To be continued…-

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