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絆賭-キズナガケ-










『やーい、やーい、白オオカミやーい!』



『うるさい…。』



『オオカミってさ、人間の肉も食べるんだよねー。みんな、食べられちゃうから、逃げよー。』



『うるせえって言ってんだよ!!』



『わっ!?……痛いよー!足ケガしたよー!!』



『何してるの!?ちゃんと、ふたちゃんにごめんなさいしなさい!』



『知るかよ…悪いのは、俺様をオオカミ呼ばわりしたそいつだ!!』












「…っ……。」



錆びた鉄の匂いに嗅覚を刺激され、少年は目を覚ました。



辺りはぼんやりとしか物が見えないほど暗く、床は冷水のように冷たい。




「…ってえ……思いっきりやりやがって…あの女が……。」



彼が頭を振る動作に合わせて、無造作にハネたオレンジ色の髪と右耳の輪ピアスが揺れる。



桃色の瞳は、薄暗いその場所で唯一目立つものとなっている。




「ここは……倉庫の中かよ……?」



「あーら、気がついたのね、白ウルフちゃん。」



不意に、女性の高い声が近くの物陰から聞こえた。



少年はその方向に目だけ向ける。




「うっせぇな……俺様の名前は、白ウルフじゃなくて…白薙だ……!!」



「白薙でも白ウルフでも、ほとんど同じじゃなーい。それに、どんなに吠えても縄は解いてあげないわよ。」



女性の声が近づいてくる。




「俺様はそういう呼ばれ方が大嫌いなんだよ!!白薙と呼びやがれ!!」



白薙というらしい青年は、縄で柱にくくりつけられた体を精一杯前のめりにして吠える。




「まったくもーう。白ウルフちゃんは怒りっぽいんだから。」



対する女性は、おかしそうにクスクス笑いながら白薙の顔にペンライトを当てる。



白薙は眩しさに目を細めつつも、女性の姿をしっかりと目で捉える。



腰まである桃色のウェーブ髪に、タレ気味の紅い瞳。


歳は二十代後半ぐらいか。



白いタンクトップにマキシスカート。

腰にはメッシュベルトをきかせている。


首にはハートのチョーカー。




「あんまり苛められると、お姉さん……泣いちゃうよ?」



「お前が泣こうがどうしようが、俺様には関係ねえよ!!さっさと縄を解きやがれ!!」



「ダメよ。縄は解かないわ。白ウルフちゃんには、桃華トウカお姉さんのゲームに付き合ってもらうんだから。」



ゲームって何だよと眉を潜める白薙に、桃華と名乗る女性はにっこり笑顔で返すのだった……。
















「手紙…?」



今にも雨が降りそうなほど曇った日曜日。



茶色いポニーテール髪とオッドアイの瞳を持つ高校二年生…涼原山茶花は、一枚の封筒を手にしていた。


差出人の名前も宛名も書かれていない桃色の封筒。



誰からかなと首を傾げつつも、山茶花は封筒を開け中から白い便箋を取り出した。




「えっと……『ZOKKAちゃんへ。白ウルフちゃん……じゃなくて、白薙はお姉ちゃんが預かっちゃいました!大丈夫、乱暴なことはしてないから!でも、どうしても心配って言うなら、トランプ四重奏の残りの三人を連れて、下記の住所まで来てね。あ、今日の日没までにだよ!桃華より』か……。」



便箋を元の大きさに折りたたみ、封筒に入れ直す。




「………。行かなきゃダメかな?白薙、自分で脱出してきてくれないよね……仕方ないか。」



そう自問自答すると、山茶花はくるりと反転し、今出て来たばかりの自宅へと戻っていった……。













「これはまた……何というか……」



「すごい手紙だね……。ハイテンションの時のあたしにも書けないや。」



山茶花の部屋の黄緑色の絨毯の上。



手紙を読んだ黄涙と椿の感想である。




「この文面だけ読むと、放っておいても無事そうに見えるが……」



「それは可哀想すぎるよー。助けに行こうよ、みんなー!」



蒼影はやや呆れ顔で言って、紅羽はファイティングポーズで意気込む。



それから、その場に集まった五人は、ゆっくりと立ち上がる。




「日没までと期間を決めているということは、何か裏があるのかもしれない。急ごうか。」



一番に階段を降りて行く黄涙。




「話し合いで通じる相手なら楽なんだけどな……。」



ため息混じりに言って、後に続く山茶花。




「あ、僕を追いてかないでよ、二人共ー!!」



慌てて駆け出す紅羽。




「よーっし!オカルトマニアの香川 椿の名にかけて、いっちょやりますか!!」



「………。」



「ほら、蒼影もつっ立ってないで行くよ!!」



「……致し方ないか。」



蒼影は椿に背中を押されるような形で、階段を降りて行く。



無人の山茶花の部屋には、爽やかな春の風が吹き抜け、カレンダーをゆらゆら揺らしていた……。










「絆を賭けたゲーム……だと?」



薄暗い倉庫の中。



桃華は怪訝顔の白薙に、そうなのよと呑気な言葉を返した。




「第一関門は、指定した時刻までにトランプ四重奏とZOKKAちゃんがここに来ること!ZOKKAちゃん宛てに手紙を送っておいたから、きっと来るわ。第二関門は来てからのお楽しみよ!」



「……っざけんな!!なんで、そんな茶番に俺様達が付き合わされなきゃいけねえんだよ!?」



白薙は、縄が無かったら桃華に噛みつくのではないかと思われるほどの勢いで言った。


彼を縛る縄がギッ……と軋む。




「そうねぇ、しいて言うなら……退屈だからかな。」



「なっ……この……!!」



「だーかーら、怒らないの、白ウルフちゃん。大人しく助けを待ってなさいね!」



白薙はまだ何か喚いていたが、ヘッドフォンをつけ音楽を聞き始めた桃華には彼の声は聞こえなくなっていた。






「やっぱりこの位置からじゃ聞こえやせんねぃ……。」



そんな二人の様子を外の大木の上から双眼鏡で覗くハートブレイカーが一人。



茶色い髪にハンティング帽、黄緑色の瞳……茶夢だ。




(都合の良い偶然ってのはあるもんですねぃ。白薙の兄ぃさんが誘拐されたところを目撃したハートブレイカーが、たまたま近くに居たなんて。)



「さて、どうしやしょうかねぃ……。」



誰に言うともなく呟いた時。




「あっ……茶夢だー。」



「茶夢……後ろを見てごらん。」



不意に背後から聞こえた二種類の声に、茶夢は振り返る。




声の主は、小さなドクロ帽子がトレードマークの黄涙と、泣きボクロがチャームポイントの紅羽だった。


二人とも大木には足をかけず、空中を浮遊したままの状態である。




「兄ぃさん方も聞き込みでここを知ったんですかい?」



やや声を潜めて茶夢が訊く。




「俺達は山茶花嬢宛てに届いた手紙から、この場所を知っただけさ。」



和やかな笑みと共に小声で返す黄涙。




「そうなんですかい……。あっ、来たのは二人だけでやすかい?他の兄ぃさん方と、山茶花と椿の姐ぇさん方は……」



「倉庫の入口前で待機中だよー。茶夢の姿が見えたから、どうせなら一緒に行こうってことになったのー。」



「あっしのために……。お時間とらせてすいやせん。」



いいよーと紅羽は間延びした口調で返し、黄涙は構わないよと返す。



それから三人は、蒼影と椿と山茶花の待機場所へと急いだ……。







古びた鉄の扉がギィーと音を立てて開かれる。




「来たわね……っと!」



桃華はヘッドフォンを耳から外し、イス代わりにしていたダンボールからひょいと降りる。


その顔には満足げな笑み。




「白薙と誘拐犯、見ーつけた!」



「白薙を返してもらう。」



光が差し込む場所に満を持して現れたのは、紅羽と蒼影。


その後ろには、黄涙と茶夢、椿と山茶花の姿。




「誘拐犯は止めてよぉ。お姉ちゃんには、桃華って名前があるんだから。」



「せやったら、その桃華の姐ぇさん。なんで、白薙の兄ぃさんを誘拐したんか聞かせてもらいやしょうか?その理由によっては……力ずくですぜ。」



左手にアダーガを構え、挑発するような口調で茶夢が言う。




「そんなことは後でいいだろうが、茶夢!!先に俺様の縄を解けっつの!!」



「あっ……待ってて、白薙!オカルトマニアの香川椿が今……きゃっ!?」



白薙の元へ駆け寄ろうとした椿は、その場にぺたりとへたり込んだ。



彼女の足から数ミリしか離れていない場所の床に、飛標(一カ所しか刃が無い手裏剣の類)が刺さっていたからである。




「つきちゃん!?」



「椿……!!」



「お話してる時に、無粋な真似しちゃダメよ、小娘ちゃん。」



飛標を投げた張本人である桃華は、クスッと小さく笑って続ける。




「白ウルフちゃんにも同じこと訊かれたわ、カウボーイ君。お姉ちゃん……とても退屈しているからよ。」



「退屈……か。」



蒼影が言葉を繰り返す。




「そうよ。さて、雑談はこのくらいにして、本題に入りましょうか。白薙を返すことかつあなた達がここから出たいというなら、お姉ちゃんとゲームをしましょう。」



「えっ……まさか!?」



思い当たることがあって、山茶花は入口へ走った。



鉄の扉は固く閉じており、引いても押してもビクともしない。




「開かない……。」



「無駄よ、ZOKKAちゃん。あなた達はもう、お姉ちゃんのテリトリーに入ってしまってるの。お姉ちゃんとゲームをして勝つこと以外に脱出手段は無いのよ。」



「そういうことやったら……早よぅ始めやしょうや、桃華の姐ぇさん。あっし達も暇じゃありやせんからねぃ。」



ニヤッと笑いながら言う茶夢の態度に、少しムッと口を曲げながらも桃華はゲームの説明を始める。




「ゲームのルールは簡単よ。お姉ちゃんを倒したら勝ち。でも、それだけじゃ面白くないから……」



意味深な発言と共に、桃華はパンッと手を打ち鳴らす。




すると……




「わあっ!?」



「な、何なの、これ……?」



紅羽と椿は、思わず驚きの声を上げた。




「壁か……?」



「透けてるけど……固い。」



「なるほどね……。」



蒼影と山茶花は、出現した“それ”を叩き、黄涙は何もかも見透かしたように微笑して呟いた。




“それ”とは、透き通った緑色の壁のこと。


紅羽と黄涙、蒼影と茶夢、山茶花と椿、それから白薙……と各々を区切っている。




「何やらかすつもりだよ!?いい加減、悪ふざけはやめて俺様を離せっつうの!!」



堪忍の緒が破けそうだとばかりにジタバタ体を動かしながら、白薙が声を張り上げる。




「バトルロワイヤル風にするわ。区切られたテリトリー内に居る二人で戦って、勝った方がまた違う人と戦う。そうして、最終的に残った一人がお姉ちゃんとのバトルの挑戦権を得るってわけよ。白ウルフちゃんは不参加ってことで、そこの六人でやってもらうわ。」



「……私と椿も強制参加?」



山茶花が面倒くさいといわんばかりに顔を歪めて訊く。




「もちろん……」



「待った。山茶花嬢は武器を持っていないし、椿嬢の武器もとても危険な代物。彼女達は不参加にしてもらえないかな。」



彼にしては珍しい笑みの無い表情で黄涙が意見する。




「黄涙……。」



「武器持ってないの?それじゃ仕方ないなぁ。参加者は四名に変更……っと。」



桃華は再び手を打ち鳴らす。



山茶花と椿を覆っていた緑色の壁が、スッ…と消えた。




「わっ!消えたよ!どんな仕組みなんだろね、山茶花!」



「………。」



「……って、はしゃぐとこじゃないか。」



無言でトランプ四重奏と茶夢を見つめる山茶花の様子に、椿は罰が悪そうに頬をかいた。




「ふふっ、ありがとうと礼を言わせてもらうよ、桃華嬢。」



「どういたしまして!さあて……ゲームスタート!!」



桃華は言うと同時に高く跳躍し、縦方向に五つ積まれたダンボール箱の頂上に腰掛けた。



それを合図にするかのように、緑の壁に包まれた四人が戦闘体制に入る。


観客になった山茶花と椿は、黄涙と紅羽の方に視線を移す。



向かって手前に紅羽、奥に黄涙が立っている。


二人の距離は二メートル弱ほど離れていた。




「僕……黄涙とは戦いたくないよ……。」



紅羽が泣き出しそうな震えた声で言った。


左手にボーラを構えてはいるものの、ややへっぴり腰である。



それに対し、黄涙はいつもの表情で二度首を横に振った。




「戦いたくないとか戦いたいとかそういう問題じゃないんだよ、紅羽。戦うこと以外に、白薙を助ける方法もここから出る方法も無い。」



「だけど……!」



「……来ないなら、俺から仕掛けるよ?」



黄涙が動く。



猛スピードで浮遊し紅羽の目前に迫り、クルタナを振り下ろす。




「わっ!?」



紅羽は、とっさに一メートルほど後ろに身を引いた。



振り下ろされたクルタナの刃が彼の前髪をわずかに斬り、紅い髪の毛が綿毛のようにふんわりと床に落ちる。




「ふふっ……外れちゃったか。」



黄涙は残念そうに眉を下げて言うと、再び高速浮遊し紅羽に接近する。




「やめてよ!!」



紅羽は叫ぶと、ボーラの石部分を投げクルタナに巻きつける。


ガチッと擦れた音が響く。




「黄涙……まさか、本気で紅羽を……!?と、止めなきゃ!!」



「椿!!近付いたところで、私達は何もできないんだよ?」



走り出そうとした椿の腕を、山茶花ががっしりと掴む。




「そうだけど……仲間同士で戦うなんて!!」



「彼らには彼らなりの考えがある……」



山茶花の言葉をかき消すように、バシッと何かを激しく叩く音が聞こえた。




「えっ……?」



「何……?」



二人が音の発生源に視線をやると、そこには口元を歪め片膝をつく茶夢と雷上動を構えて見下ろす蒼影の姿があった。




「…っ…やりますねぃ…蒼影の兄ぃさん……。」



「……降参するか、茶夢?」



「どうしやしょうかね……。あっし…負けず嫌いなんですがねぇ……。」



茶夢は、アダーガの槍部分を床に突き立てゆっくりと立ち上がる。




「ダメ……蒼影!!」



「止めるな。」



蒼影は短く返すと、雷上動の弦を引き絞り……茶夢に向けて矢を放つ。


放たれた矢は、茶夢のアダーガにバシッと弾かれ、真っ二つに折れた状態で床に落ちた。



「なっ……」



「あっしの番ですぜ、蒼影の兄ぃさん?」



茶夢は不敵にニヤリ笑いを浮かべて言うと、蒼影との距離を一気に詰める。




「くっ……!?」



「たあっ!!」



振り上げられたアダーガ。


蒼影は雷上動の弓部分で受け身をとる。



ペキッ…と弓の一部が剥がれた。




「みんな、強いのねー。お姉ちゃん、ゾクゾクしちゃうな!」



戦う四人を見下ろし、桃華が左頬に手を当てて言った。




「たくっ……血の気が多い奴らばっかだぜ……。」



白薙は何もできない自分を悔しがるように、ギリッ…と歯噛みしている。


その力があまりに強かったため、下唇に少量の血が滲んでいた。




「蒼影……茶夢……黄涙……紅羽……。」



「うわあ!?」



椿の呟き声に混ざって、紅羽の叫び声が響く。



勝負は決したようで、ブリューナクを左手に携えた紅羽が床にうつ伏せに倒れていた。


黄涙は涼しい顔でクルタナを刀筒に収めている。




「ううっ……負け…ちゃった……。」



「ごめんね……紅羽。」



床に寝そべる紅羽の耳に、黄涙は聞こえるか聞こえないかの声で囁くと、桃華に向き直る。




「桃華嬢……これで満足かい?」



「いいえ、まだよ。お姉ちゃんはもっと白熱した試合が見たいの。……あら、向こうも終わったみたいね。」



桃華は、茶夢と蒼影の方に視線を移す。



アダーガを遠くに弾かれた茶夢が、仰向けに寝転がっていた。


気絶はしていないが、息は荒くもう限界だということがわかる。



相手役の蒼影は、呼吸を乱すことなく雷上動の欠けた部分をテープで修復していた。




「勝った二人とも、まだまだ余裕みたいだから、第二ラウンド開始ー!」



桃華が手を打ち鳴らす音に反応し、緑色の壁が蒼影と黄涙の周りを囲む。


茶夢と紅羽を覆っていた緑色の壁は消えていた。




「蒼影……こうやって対峙するのは、何年ぶりだろうね?」



「……出会った時以来だな。」



「あの時は互角だった。だけど、今はどちらが強いかな?



「戦ってみなければわからない。……良いチャンスだ。あの戦いの勝敗……決するか。」



黄涙と蒼影は二、三言葉を交わすと、それぞれの武器を携え身構える。



「行くよ!」



言葉と同時に間合いを詰める黄涙。



それに対し、蒼影は後ろに一メートルほど跳躍しながら弓を引き絞り矢を射る。



パシュと乾いたような音が響き、矢は一瞬で黄涙の眉間に迫る。




「ふふっ…そうこなくちゃね。」



黄涙はニヤッと笑うと、クルタナの刃で矢を叩き落としそのまま蒼影の至近距離に入る。




「やるな。」



蒼影は冷静に言うと、雷上動の弦の出っ張った部分で攻撃を受け止めた。


修繕したばかりの箇所のテープが少し切れ、旗のように靡いている。




「どちらも一歩も引かない……か。あ……お疲れ様、紅羽。」



二人の戦いを真剣な目つきで観察していた山茶花が、自分にそろっと歩み寄ってくる紅羽に声をかける。




「紅羽……大丈夫?ケガしてない?」



「うん、心配してくれてありがとー、つきちゃん!」



心配げな表情の椿に対し、紅羽はぴょんとジャンプしながら笑顔で答えた。




「疲れちゃったけどー、もう回復したよ!それに……もしケガしても、ハートブレイカーは治りが早いから大丈夫だよー!」



「若い子はすぐ元気になりやすねぃ……。あっしなんか、さっきの戦いで腰痛めやして……あいたた。」



腰をさすりながら、茶夢が話に割って入った。


瞑られた右目から、演技ではなく本当に痛がっていることが窺える。




「腰が痛いって……若い子はうらやましいって……。茶夢、一体いくつ?」



「まあ、山茶花の姐ぇさん。野暮な話は止めといて、兄ぃさん方の戦いっぷりを見てやしょうよ。」



君から始めたのに…のとぼやきつつも、椿と紅羽と茶夢と共に山茶花も視線を戻す。




「風は斬れない……昔言ったこの言葉を覚えているかい、蒼影?」



クルタナを高く掲げながら、黄涙が問う。




「愚問だ、黄涙。」



蒼影は短く返すと、今度は二本の矢を同時に放つ。


矢は右と左に分かれ、黄涙の両肩を突き刺そうと飛んで来る。




「ふふっ…覚えているなら、問題無いね。」



黄涙は床を激しく右足で蹴り、数メートル跳躍。


そのため、矢は彼の両足の下を通り、白薙を覆う緑の壁に刺さった。




「うおっ!?何しやがんだよ、蒼影!!危ねえだろうが!!」



前のめり姿勢で喚く白薙に、蒼影はすまないと一言詫びた。



「すまないで済むか……うわっ!?」



白薙は再び声を上げた。


彼を覆う緑の壁を黄涙が後ろ足に蹴り、蒼影に向かう助走にしたからである。



壁にペリッ……と亀裂が入った。




「黄涙まで何しやがるんだよ!?俺様をケガさせる気か!?」



「あれっ?あの子達、まさか……!?」



桃華は二人の不可解な行動に気付き、壁を修復しようと手を叩いたが時既に遅し。


蒼影が次に放った一本の矢が、壁の亀裂部分に突き刺さっていたのだ。



亀裂は一気に広がり、パリンとガラスが割れるような音を立てて砕け散り消えた。




「ふふっ……ナイスだよ、蒼影。」



「黄涙……おまえ……」



「さあ、思い切り暴れなよ、白薙。」



黄涙は白薙の目の前に移動すると、クルタナを縦に振り縄を斬る。


白薙を縛っていた縄はパラッと地面に落ち、彼は自由の身になった。




「やりやすね、蒼影の兄ぃさんと黄涙の兄ぃさん方!」



「作戦勝ちー!」



茶夢と紅羽がピューと口笛を鳴らす。




「な……なになに?どういうこと?」



「こういうこと。」



状況を理解できずパニック状態の椿に、山茶花は見たままと言わんばかりに白薙を指差す。



白薙は目で負えないほどの速度で桃華に詰め寄り、打ち出の小槌の先端を彼女に向けているところだった。



桃華はダンボール箱によたれかかり、呆然と白薙を見上げている。


なぜか、反抗や抵抗は全くしようとしなかった。




「し、白ウルフちゃん……。」



「俺様を監禁していたことを謝って、ここから全員出しやがれ。さもねえと……」



「こんなの……ずるいわ!お姉ちゃんが、白ウルフちゃんと戦いたくないことわかってて戦わせるなんて……。」



桃華は観念したように両手を上げてうなだれる。




「わかったわよ……お姉ちゃんの負け。みんなを出してあげるし、ちゃんと謝るわ。だから、小槌をどけて、白ウルフちゃん。」



「ちっ……戦う前から降参されたら戦えねえだろうが。」



白薙は悪態をつきながらも、高く積まれたダンボールからひょいと飛び降りる。



続いて、桃華が体制と服装を整え直し、ゆっくり降りてきた。



下では、全員が桃華を囲むように円を作っていた。




「桃華の姐ぇさん……白状しなせい。白薙の兄ぃさんを誘拐した目的、そしてこのゲームの目的を。」



まず、茶夢が悪さをした子供を問い詰めるような口調で訊く。



「白ウルフ……白薙ちゃんを誘拐した目的もゲームの目的もどちらも同じよ。白薙ちゃんのためなの。」



「白薙のため?」



山茶花の質問に、桃華は頷く。




「俺様のためだと?」



「あなたを危険な目に合わさず、かつ自由の身にさせる方法はこれしか思いつかなかったの。ゲームに勝って、白薙ちゃんをトランプ四重奏から解放してあげたかった。でも……それはお姉ちゃんの余計なお節介だったみたいね。トランプ四重奏は……白薙ちゃんにとって、唯一落ち着ける場所みたいだから。」



「勝手な憶測で話を進めんなっつうの。ま、確かにトランプ四重奏は俺様が居ねえと始まらねえけどな。」



鼻の下を人差し指で擦りながら、白薙は得意げに言葉を返した。




「桃お姉さんにとって、白薙は大事な人なんだねー。」



紅羽がにこにこ顔で言う。




「ええ、そうよ。白薙ちゃんは、お姉ちゃんのかわいい弟なんだから。」



「えっ……二人って、姉弟きょうだいだったんでやすか!?」



「血は繋がってねえけどな。」



茶夢の質問に、白薙がしれっとした顔で答えた。




「白薙は最初からそのことをわかってて、大人しく捕まってたってこと?」



「違ぇよ。気付いたのは、ついさっきのことだぜ。それまでは、トランプ狙いの奴かと思ってたけどな。」



白薙の答えに、山茶花はふうんとそっけなく返した。




「さすがに、姉弟とまではわからなかったな。白薙が傷つかないようにしていることはわかったけれど。」



「あたしは、何が何だか全くわからなかったんだけど。」



見透かしたような言いっぷりの黄涙と、ほえーと気の抜けるような声を上げる椿。




「たくっ……弟を心配する暇があったら、さっさと再婚しろっつうの。」



「しないわよ、白薙ちゃん!お姉ちゃんは、白薙ちゃんにゾッコンなんだから!」



「弟にゾッコンって……俗に言うブラコンってやつですかい。」



茶夢がやや呆れたような表情で言って、桃華と白薙以外の六人も頷きで同意していた。




「それで……桃華嬢。これから、あなたはどうするつもりですか?」



黄涙が急に真顔になって訊く。




「そうね……白薙ちゃんと一緒に居たいのは山々なんだけど、そういうわけにもいかなそうね。ジャンハンで適当に暮らそうかしら。」



「そういう話はここから出てにしません?」



山茶花が控えめにかつはっきりと、最もな提案を述べた。












「桃華さん……一つ訊きたいことがあるんですけど。」



倉庫から少し離れた場所にある公園で、山茶花はブランコに座る桃華に話しかけた。



茶夢は仕事があるからとジャンハンに帰り、椿も電話で親から買い物を頼まれスーパーへ。


トランプ四重奏は、黄涙だけが残り、他の三人は早々とジャンハンに帰っていた。



残っている黄涙も何か考え事をしているようで、ジャングルジムの上にぼうっと座っている。




「なあに、ZOKKAちゃん?」



「……できれば山茶花と呼んでほしいんですけど。」



「あら、ごめんなさいね。それで……私に何を訊きたいの、山茶花ちゃん?」



桃華は桃色のウェーブ髪を優雅に揺らしながら聞き返す。




「誘拐した時、白薙はジャンハンに居たんですか?」



「いいえ。山茶花ちゃん……あなたの家の前に立っていたわよ。」



「家の前に、ですか。」



「それがどうかしたの?」



何でもないですと返事を返すと、山茶花は黄涙に向き直る。




「黄涙……気になっていたんだけど、そもそも白薙が居なくなった原因って何?」



「んっ?ああ、原因ね……。俺が白薙とケンカしてしまっただけだよ。」



黄涙は、いつもと変わらない笑顔で答えた。




「笑って答えることじゃないと思うけど。」



「ごめん、女性に笑顔を向けるのは俺のクセでね。いつものことだから、気にしなくてもいいって紅羽や蒼影は気にするなって言ってたけどさ……責任感じて落ち込んでるところだよ。」



「別に黄涙のせいじゃないと思うけど。」



山茶花の意見に、その通りよと桃華が同意する。




「気休めでも嬉しいよ、山茶花嬢、桃華嬢。」



「気休めなんかじゃないわ!黄涙ちゃんは倉庫から出ることよりも、お姉ちゃんを倒すことよりも、白ウルフちゃんを助けることを優先したじゃないの!白ウルフちゃんも感謝してるはずよ!」



「ふふっ、そう思うことにしようかな。落ち込むなんて、俺らしくないね。」



桃華と山茶花の言葉に元気付けられたようで、黄涙は二人に礼を言うと、空間を斬りジャンハンに帰って行った。




その後のことはわからないが、次の日に四人で彼女の家に現れたけとから、仲直りできたんだなとなんとなく悟った山茶花であった……。













-To be continued…-

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