6 ダンジョン初日
たくさんのブックマークをお寄せいただいてありがとうございました。第6話をお届けします。
家に帰ってから着替えた俺は机に向かって魔物図鑑を開く。普段机の上のスペースはリュックを置く場所と化しているが、たまにはこうして自宅で真面目な表情で本を開くのも悪くはないな。でもこんな姿を両親が見たら、悪霊に取り付かれたのかと勘違いして霊媒師を呼んでくるかもしれない。そのくらい俺が自分の部屋でこのように本を開くのは珍しいことだった。
ひとまずは5階層くらいまでに出現する魔物の種類と特徴を頭に入れておこうかな。初めのうちはそんな深い階層まで行くつもりはないし、レベルが高い魔物については徐々に覚えていけばいいだろう。
なになに・・・・・・ スライムは色ごとに種類が分かれているのか。水色は火に弱くて、赤は水に弱いんだ。なんだか面倒だな。でも物理攻撃が効果ないんだから何らかの対策は必要になってくるだろう。火とか水をあらかじめ準備する良い方法を考えないとな。こうなると魔法を使える勇者が実に羨ましいな。それから担任は入学式の日にCクラスは魔法使いが集まっていると言っていた。いずれはそこから誰かをパーティーに引っ張ってこないといけないのかな。
まあその件に関しては後々考えていこう。今はどうやってスライムを倒すかだな・・・・・・
ダメだーーーー! しばらく考えてみるが全然妙案が浮かばない。俺自身は完全に物理攻撃に特化しているから、当然魔法なんて使えるはずがない。いきなり出だしから思いっきり躓いた格好だな。それに元々考えるのは苦手なタイプだった。考えるよりもまずは先に行動して、後から理由をくっつければいいと思っているからな。誰だ! 俺を脳筋と呼ぶのは? 言っておくが俺はそこまで酷くはないぞ。
そもそも四條流の古武術というのはかなり理論的に組み立てられているんだ。きちんとその理論を弁えていないと何もできないんだぞ。それは現代的に言えば生理学であったり医学に通じる部分もあるのだ。中々馬鹿にした物じゃないだろう。それにしても昔の人は偉かったよな。今みたいに科学が発達していない頃から経験だけで体の仕組みを理解していたんだから。
だからこそダンジョンでの魔物との戦闘では俺は四條流を横に置いて戦うと決めている。なぜならその戦闘技術はあくまでも対人戦を想定したものだからだ。魔物は当然ながら人間とは体の作りが異なっているし、能力も全く別物だ。応用はするが四條流には拘らない違った戦いの技術が絶対に必要になるはずだ。
話が大幅に逸れてしまったぞ。元に戻そうか。スライムの対策だったよな。どうしようかな・・・・・・ 考えていてもしょうがないから何か使えそうな物がないか探しに行こうか。他にも役立ちそうな道具があればもちろん調達するぞ。
ということで俺は近所にあるホームセンターに来ている。郊外型の大きな店舗で日用品ならほぼ一通り揃う豊富な品揃えを誇っている。何かダンジョンで役に立ちそうな道具を見て回るが、結構気になる品があるもんだな。
まず最初に目に付いたのはチェーンソーだ。13日の金曜日でお馴染みの振り回せば凶悪な武器になるあの一品だ。でも予算が全然折り合わないから却下だな。そもそもこんな取り回ししずらそうな物は仮にも四條流を名乗る俺には相応しくないだろう。四條流を離れて戦うとはいっても物には限度がある。これは林業関係の皆さんか、モヒカン頭でヒャッハーしている人たちに任せよう。
次に目に付いたのは雑草を焼くカートリッジ式のバーナーだ。筒状の本体にカセットボンベを差し込むだけで、スイッチ1つで13000キロカロリーの炎を生み出す優れものだ。これは中々良さそうだぞ。お値段が1万2千円なら高校の合格祝いでもらったお金で手が届くな。ただし長さが1メートルくらいあって、いちいち持って歩くのは面倒だ。片手が塞がってしまうと戦闘時の動きにも支障が出るし。でもそれを補って余りある威力があるのは認めようか。一応保留にしておこう。
工具のコーナーでは刃物やノコギリなどがあるが、俺が手に取ったのは黒光りするバールだった。四條流は無手の武術だけど時と場合によっては暗器や刀も使用する。バールは頑丈な鉄の塊で壊れにくい上に鈍器としても優秀で、先を尖らせれば突き刺すことも可能だ。ゴブリンの頭くらいは容易にかち割れそうだ。もしも複数の魔物に囲まれた時には一撃で確実に仕留めなければならなくなる。そんな時には絶対に役に立つだろうから、これは購入決定だな。
ナイフ等もあると便利だから小型の物を1つ買っておこうか。予備の武器というだけではなくて、サバイバルの必需品だろう。キャンプ用品のコーナーにちゃんと置いてあるんだぞ。
あとは水筒が必要だろうな。水は持ち運びが大変だけど、喉が渇くと動きが鈍るから仕方がないだろう。ダンジョンで脱水症状なんか起こしたら目も当てられないからな。保温性のあるやつではなくて一番軽くて容量の大きいやつにしておこう。
それから一応頭を保護するヘルメットとゴム付のライトも購入する。暗い場所で視野の確保は重要だからな。こんな物を被っているとまるで工事現場の作業員に見えるかもしれないな。でも安全には代えられないから躊躇わずに購入するけど、さすがに黄色は遠慮しておこうかな。白いプラスチック製のヘルメットを手にとって被ってみる。サイズはオーケーだろう。
そのほかに何かないかと日用品のコーナーを見て回る。そこで俺はついにスライム対策に有効な物を発見してしまった! しめしめ、これさえあればスライム如きはイチコロだな。ついでにああ使えばますますいい感じになるだろう。
「ありがとうございます。全部で13836円です」
高校生の身には痛い出費だけど、これでダンジョンに入る最低限の準備ができたな。あとは稽古で使っているプロテクターで守りを固めれば何とかなりそうだ。よし、早速明日から中に入ってみよう!
翌日・・・・・・
今日は珍しく学校で取り立てて騒ぐように事件が起こらなかった。入学して初日と2日目に色々とあったから、なんだか何もないと拍子抜けする気分だ。強いてあげれば、今日は昼食の時に鴨川さんと二宮さんとお情けでロリ長も一緒に机を寄せ合って弁当を食べたんだ。
鴨川さんは料理が得意でお弁当も朝起きてから自分で作ると言っていた。家庭的な女の子なんだな。タコのウインナーを1ついただいて、心の底からその味わいを噛み締めた。ちなみに二宮さんは料理は壊滅的だと本人が申告していた。勇者が料理をしている姿というのもなんだかアレだし、別にいいんじゃないだろうか。
そして一旦家に戻った俺は速攻で着替えて準備を整える。動きやすい服の上からプロテクターを着けて頭にはライト付のヘルメット。革の手袋とリュックの中に昨日購入した品々を詰めたら直ちにダンジョンに向けて出発する。といっても家から歩いて5分で到着するんだけどね。
ちなみに学校の誰にも俺がダンジョンに挑む話はしていない。ダンジョン内では全ての行動が自己責任だけど、中に入る決断も自から下さないといけないと考えているからだ。行きたいと言われれば一緒に行くのも吝かではないけど、本人が申し出ない限りは俺から誘うことはないだろう。
ダンジョンの入り口には相変わらず自動小銃を抱える自衛隊員の人が2名で厳しい表情で立ち番をしているが、俺が登録証を示すとすんなりと通してくれる。事務所に立ち寄ると昨日俺の登録をしてくれた人がカウンターに座っていた。
「おや、君は昨日登録したばかりの四條君だね。早くも今日から中に入るのかね?」
「はい、ちょっと様子見で今日は1階層をウロウロしてみたいと思います」
「そうか、十分気をつけるんだよ。ああ、これは1~5階層までの地図だよ。ただし時々新しい通路が出現するから、もし発見したら報告してほしい」
「わかりました、ありがとうございます」
俺は通路の詳細が書いてある地図を受け取ると挨拶をしていよいよ入り口に向かっていく。建物の奥にある順路の矢印に従って進むと、そこには駅の改札のようなゲートが設けられている。センサーに登録証をタッチするとゲートが開く仕組みだ。
無事にゲートを通過してコンクリート造りの建物を抜けると、話に聞いたとおりの洞窟のようなダンジョンの通路が奥に向かって延びている光景が目に飛び込んでくる。その内部を3歩進むと、明らかに空気が変わったという感覚が肌に伝わってくる。どうやらここから先が異世界が侵食している場所になっているようだ。その感覚は理屈云々ではなくて人間の本能にダイレクトに伝わるような、得も云われぬ摩訶不思議なものだ。言葉ではこれ以上表現しにくけど、ここでしか味わえない本当に別の世界に自分がいるという感覚だった。
さて、いよいよここから先は魔物が登場してくるぞ。気を引き締めながら歩いていると、10メートル先に水色のブヨブヨした物体が動かずにじっとしている。ついにダンジョンで第1スライム発見だ! 水色だからこいつは火に弱いんだったな。俺はリュックを開けて中から昨日購入したあの品を取り出す。
俺が手にするアルミ製のこの物体、それは日用品コーナーで売っていた殺虫剤だ。シュッとひと噴きであの憎きゴキすら倒せるご家庭の必需品である。この殺虫剤は噴射と同時にライターの火を近づければ、簡単に火炎放射器に早替わりする。良い子は絶対に真似をしちゃダメだぞ! とっても危険なんだからな!
魔法が使えなくても要は火を当てればスライムは倒せるんだろう。早速試してみようか。俺は静かに接近を図るとライターを点火して殺虫剤のスプレーを発射する。当然炎がそのノズルから吹き出てスライムに襲い掛かる。ペロッと火がひと舐めしただけでブヨブヨしたスライムの体は解けて消えていった。なんて弱いやつだ! 昨日散々対策に頭を悩ましたのに、こんな簡単に消えるとは思っていなかった。完全に拍子抜けだよ。魔法なんか必要ないじゃん! 殺虫剤一缶あれば倒し放題だよな。
勝手がわかってきたから、俺はスライムを探してはスプレーの火炎放射を浴びせて片付けていく。赤いスライムには炎が無効なので、試しにライターで点火しないで殺虫剤をそのまま噴射すると、もがき苦しんだ末に消え去っていった。殺虫剤の中の虫を殺す成分がスライムにも有効なんだな。他のスライムにも殺虫剤をそのまま噴射してみると、やはり効果があった。どうやらわざわざ火炎放射器にしなくてもいいようだ。一缶300円の殺虫剤が万能すぎるな。今度は大量に購入しておこう。でも毒スライムなんていう変異種もいるらしいから、その時にはまた火炎放射器を登場させよう。それまでは良い子が真似をしてはいけないから封印だ。
7体目のスライムが消え去った時、俺の頭の中でピコーンという音が鳴った。初めて聞く音だったけどなんとなく自分のレベルが上がったんだと理解できた。なるほど、最初は簡単にレベルが上昇するというのは本当だな。スライム7体であっさりと上がっちゃったよ。
地図を見ながら通路を歩いていくとどうやらスライムゾーンは抜けたようだ。ここまで相当な数のスライムを倒したな。すると今度は前方からペタンペタンと響く足音が聞こえてくる。俺は大活躍してくれた殺虫剤の缶を一旦リュックに仕舞って、ベルトのホルダーに差してあるバールを右手で引き抜く。
通路の角から姿を現したのは緑色の肌で背丈は小学生くらい、額には1本角を持つやつだった。魔物図鑑で見たゴブリンそのものだ。俺を見るその濁った目は獲物を見つけたかのように爛々と輝いている。
「ギギャギャ!」
何を言っているのかわからないが、ゴブリンは叫び声を上げながら俺に飛び掛ってくる。なんとも稚拙な動きだな。ゴブリンの動きを見極めてから俺がひらりと身をかわすと、突然目の前にあった目標を見失ったゴブリンはそのまま地面にヘッドスライディングを敢行している。こいつは知能が相当低いな。相手がその場に立っていると思い込んで飛び掛るとは愚の骨頂だ。後ろ向きに倒れたゴブリンが起き上がろうとするところに、俺は後頭部に向けてバールの先を振り下ろす。
「ギギャーーーー!」
一声今際の叫びを上げながらゴブリンは息絶えた。俺の頭の中で再びピコーンという音が鳴る。どうやらまたレベルが上がったようだな。ひとまずは今日の結果に満足して俺は進んできた通路を引き返すのだった。
順調に初日のレベル上げに成功した四條重徳は次の行動に移ります。果たしてそれは・・・・・・ 次回の投稿は週末を予定しています。しばらくお待ちくださいませ。
この小説にご興味をいただいた方がいましたら、ブックマーク、評価、感想などをぜひともお寄せください。評価はこのページの下の欄から面白さに見合った数字を選択していただければ結構です。なおブックマークをしていただくと、最新話投稿の案内などが届く便利機能が活用できます。どうぞ奮ってご利用くださいませ!