4 理由
本日2回目の投稿です。先に第3話を投稿しておりますので、まだ目を通していない方はそちらを先に見ていただけるようにお願いいたします。
翌日、時間ギリギリに教室に入るとすでに殆どの生徒は席に着いている。家からこの学校までは歩いて10分掛からないんだけど朝の鍛錬をしているとついついこうして遅刻ギリギリの時間に教室に飛び込む形になるんだよな。
「四條、ギリギリに登校して来るとは早速大物振りを発揮しているな」
「信長は早いんだな。昨日は迷惑をかけた」
「お前が遅いんだよ! それよりもあの程度は迷惑じゃなさ」
さすがは天然物の勇者であるロリ長は心が広い。昨日俺に絡んできた連中とは大違いだな。そういえば教室を見渡してみてまだ席は4つ空いているぞ。あいつらは揃ってお休みの模様だ。なんだかそれだけで教室の空気が澄み渡っているように感じるな。
二宮さんと鴨川さんも昨日と変わらない様子で登校している。あっ! 鴨川さんが俺に向かって手を振っているから、俺もお返しに振り返さないと! だがその様子を鴨川さんの隣で見ていた二宮さんが爆笑している。たぶん咄嗟のことで俺の顔が強張っているのを笑っているんだと思う。全く場慣れしていないから、女の子に手を振るシチュエーションでどんな表情をして良いのかわからないんだよ。昔から怖い顔とよく言われたけど、ニコリともしないで手を振っているぎこちなさが二宮さんの笑いのツボを大きく刺激しているみたいだ。でもこんなに気さくに笑い合える関係というのはなんだか良いもんだ。ひたすら修行に明け暮れた修羅の道にはなかった感情が俺の中で芽生えている気がするぞ。
そしてチャイムが鳴ると同時になにやら難しい顔をした担任が教室に入ってくる。
「今日から早速実技実習が始まる。指導担当者が教室に来るから、全員着替えて待っているように。それから四條、お前は私と一緒に生徒指導室に来なさい」
事務連絡のあとは俺の呼び出しですか。あの程度の喧嘩で呼び出されるとは勇者を養成する場とも思えないな。甚だ遺憾だぞ。欠席する程度の怪我で済ませてやったんだからむしろ褒めてもらいたいくらいだ。実家の道場基準だと骨折なんか『絆創膏でも張っておけ!』と言われる掠り傷扱いだからな。
出頭命令を受けた俺は難しい表情を全く崩さない担任の後に続いて生徒指導室へと向かう。その間担任との会話は全くない。
職員室の2つ隣に生徒指導室というプレートが掛かった小部屋がある。中学の時から何度もこの部屋にご案内されているからすでに慣れっこになっている自分がいる。中学の先生は品行方正な俺が不良に因縁を吹っかけられているとわかっていたから、簡単な事情聴取で終わるケースが殆どだった。最後に『怪我させるのは不味いから程々にしろよ』というお約束のセリフを聞いてから解放さていたな。
無言で中に入るとそこには大柄の教員が奥の席にデンと腰を下ろして腕組みしながら待っていた。いかにも生徒指導担当の強面教師という感じだな。
「四條、そこに座れ」
俺は担任の声に従ってパイプ椅子を引いて着席する。どうにも雰囲気がピリピリしているのを感じながら・・・・・・ そして担任が話を切り出す。
「四條、入学初日に大変なことを仕出かしてくれたな! 勇者4人に怪我を負わせて、そのうちの2人は入院している。お前から暴力を振るわれたと4人の家族から学校に訴えがあった。この件に関してどう釈明するんだ?」
ほう、あいつらは自分がやられると今度は被害者に成り済ますのか。まんまヤクザの手口じゃないか。何でひと思いに殺しておかなかったんだと今更後悔している俺がいる。やつらは俺を悪者に仕立て上げるつもりなんだな。
「はー、でも俺を校舎裏に呼び出したのも先に手を出したのもあいつらですからね。俺は単に自分の身を守った結果に過ぎないです。1人は鞘付の剣を振り回してきましかたら、手加減ができませんでした」
ハッハッハ、正当防衛は無実なんだよ! 過剰防衛と言われるとちょっと微妙な点があるかもしれないけど。
「そんなことを言っているんじゃない! 社会のために必要な勇者を一般人のお前が傷つけた責任をどうするのか聞いているんだ!」
へっ? それはどういう意味か理解しかねますぞ。この担任は何を言っているのか全くわからないな。社会のためにあんなゴミムシ共が必要だって? 不必要の間違いだろう。ここは正直に答えておこうか。
「何を言われているのか全然わかりません。あんなクソムシたちが何で社会に必要なんですか?」
「貴様は勇者をバカにしているのかー!」
今度は奥に座っている大柄な教員から鼓膜がビリビリするような声が響いた。どうやら生徒を威嚇して萎縮させる役割のようだ。こういうタイプの教師もきっと学校には必要なんだろうな。
「バカにするも何も、4人も掛かって一般人に簡単に負けるような勇者なんて本当に必要なんですか?」
「貴様はこの学校自体をバカにしているのかー!」
俺の返事が大柄な教師の癇に障ったらしい。大声を出して立ち上がるとズカズカと俺の近くに寄ってくる。それにしてもこの教師はさっきから『バカにしているのかー!』しか言っていないぞ。生徒を説教する場面ではもうちょっとボキャブラリーが豊富じゃないとダメではないのか?
そしてその教員は右手を伸ばして俺の胸倉を掴みに来る。ああ、不味いぞ! そんなことをしたら・・・・・・
俺の体が自動的に反応する。それはもうどこかの超A級スナイパーのように条件反射的に体に染み付いているから自分でも止めようがないんだ。胸倉を掴もうとした右腕の手首を俺の左手が捉えて軽く体の外側に捻る。右手は教師の左脇に当てて軽く突き出す。パイプ椅子に座ったままで俺の右足はいつの間にか教師の両足を払っている。
”ドンガラガッシャーーン!”
あーあ、やっちゃったよ! 手首を極めながらのすくい投げが見事に決まって、教師は机をなぎ倒しながら背中から床に転がされている。俺の投げるスピードが速すぎて受身も満足に取れなかったようで、呻き声を上げながら悶絶しているよ。
「四條! お前は教師にまで暴力を振るうのか!」
指を突き付けて俺を非難する担任、さあどう言い繕うかな。うーん・・・・・・ ピンポーン! 閃いちゃったよ!
「こんな感じで勇者4人を倒しました」
「ふざけるなー!」
デスヨネー! 物音を聞き付けた大勢の教師に囲まれて俺はそのまま校長室に連行された。なんだか危険人物を逮捕したかのような物々しい気配が校長室には漂っているぞ。ソファーにはもう相当に年を食った人物が腰掛けている。うん? この顔はどこかで見たな。入学式の挨拶では俺は寝落ちしていたし、誰が校長なのか知らないはずなんだけど・・・・・・
「ほほほほほ、今年は元気のいい生徒がいるようじゃな。2人で話をしたいから全員外に出るように」
「ですが学園長」
「外に出るんじゃ」
「わかりました」
おや、一瞬そこに座っている校長の体から鋭い気が放たれたな。俺をここに連行した教師たちはその気に呑まれたように部屋から退出していく。どうやら穏やかな見掛けとは大違いで、このジイサン、いや校長先生は相当な腕を持っていそうだ。
「さてさて、四條重徳、入学早々大暴れじゃの。まことに結構な話じゃ。それよりもワシを覚えているかの? ほれ、おぬしの面接の時の担当者がワシじゃよ」
俺の中でようやく話が繋がったよ。どこかで見覚えがあると思っていたけど、このジイチャン・・・・・・ じゃなくって学園長先生は俺がこの学校を受験した時の面接官だった。あの時も確かこのジジイから漂う気配が只者じゃないなと感じたんだ。
「はい、覚えています」
「そうかのう。それではあの時の問いを今一度繰り返させてもらうぞ。四條重徳、戦いで最も必要なのは何じゃ?」
「覚悟です」
自分が死ぬ覚悟、相手を殺す覚悟がない者は戦いに臨む資格がない・・・・・・ これは俺のジイさんが口を酸っぱくして幼い頃から言い聞かせてくれた至言だと今でも思う。俺はジイさんからもらった大切な言葉をそのまま口にする。
「見事な心掛けじゃ。四條の倅がこの学校を受験すると聞いてな、ワシが直々に面接を担当したんじゃ」
「うちの流派をご存知でしたか?」
「まあ過去には色々と行き掛かりはあったが、それはまったくおぬしには関係のない話じゃ。さて、今の世の中にある『勇者は絶対的なもの』という風潮に対するワシの考えを聞いてもらえるかな」
このジジイ、もとい校長は四條流と何らかの接点があったようだ。それよりも勇者に対する風潮ってなんだ? 皺枯れたクソジジイのような風貌だけど、その裏にある奥の深さのような物が俺の興味を掻き立てる。
「異世界からの侵略があるらしいが、それに対する切り札として勇者が必要というのはもちろんワシも納得しておるよ。だからといってその勇者を量産するというのはワシから見ると筋が違っておるように見えるんじゃ」
「将ばかりいても兵がいないと何もならないということですね」
「そのとおりじゃ、おぬしは話の通りが良くて助かるわい。だからこそワシはおぬしを敢えて今のクラスに入れてみたのじゃ。おぬしにはぜひとも兵の意地を見せてもらいたいと願ってな」
「兵の意地ですか・・・・・・ わかりました。確かに俺は勇者じゃなくてただの兵です。でも絶対に弱兵では終わりません」
「その意気じゃ。おぬしの行動の一つ一つがこの学校、ひいては社会全体の風潮を変えるやも知れぬ。ワシもおぬしには期待しておるのじゃ。さて、それでは昨日の件について話を聞かせてくれ」
このジジイ、もとい校長は人を持ち上げるのが上手いな。こんな話を聞かされたら俺だってついついその気になってしまうぞ。そして俺はジジイ、もとい校長に・・・・・・ ああ面倒だからジジイでいいか! ジジイに昨日の出来事を在りの侭に話すのだった。
「なるほど、わかったわい。4人の不良勇者には学校としての処分と中学時代の行為を警察に調査し直しを申し入れておくぞい。特に女子生徒2名が自殺したのが本当ならば只事では済まされぬ話じゃ。おぬしは今回は不問とする。以後つまらん事件に巻き込まれぬように気をつけるのじゃ」
「ありがとうございます」
ジジイは俺の話をそのまま信じてくれた。やっぱり端っから俺が暴力を振るったと疑って掛かった担任たちの考え方がどこかおかしいんだよな。これがジジイが言っていた『勇者を絶対的なものにする風潮』というやつなのかもしれないな。まあいいか、だいぶ時間を食ったけど授業に戻ろう。
着替えて演習場に行くと勇者と聖女に別れて別のグループを作って実技の授業が行われている。二宮さんは当然勇者のグループなんだけど、鴨川さんは1人で離れた場所にポツンとしているな。ちょっと声をかけてみようか。
「鴨川さん、どうしたんですか?」
「四條君! 先生に呼ばれた件は大丈夫だったんですか?」
自分のことよりも俺を心配してくれるなんて、鴨川さんは本当に優しい人だな。心の中で手を合わせて拝んでおこう。きっとご利益があるに違いないぞ。
「呼ばれたけど、俺は正当防衛だってちゃんと主張したから大丈夫だよ。まあ生徒指導の先生を1人投げ飛ばしたけど」
「投げ飛ばした?」
おっと余計な話をしてしまったようだ。鴨川さんの頭の上に大量のクエスチョンマークが浮かんでいる。大人しそうな彼女にとっては条件反射とはいえ先生を投げるなんて異次元の話だろうからな。ここはすかさず話題を転換しておこう。
「それよりも実技実習なのに1人で何をしているんですか?」
「それが、私は聖女ではないので他の女子たちと一緒に授業が受けられないんです」
なるほど、そういうことなのか。どうしようかな・・・・・・ そうだ! 二宮さんから『力になってくれ』と言われていたんだ。ここは俺が一肌脱いであげようじゃないか!
「それじゃあ男子に混ざって一緒に授業を受けましょう! 俺が護身術くらいだったら教えますよ」
「本当ですか! とってもありがたいお話です!」
鴨川さんの顔がぱっと綻ぶ。季節は春だからまるで桜の花が一気に満開になったかのようだ。彼女は気持ちが表情に出易い人みたいだな。でもその分こうして笑顔で周囲を明るく照らしてくれる。こんな人は中学の時のクラスにもいなかったような気がする。
「それじゃあ向こうのグループに合流しましょう」
こうして俺は鴨川さんと連れ立って男子が集まっている場所に向かうのだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回は実技実習の様子と全く別の話題をお送りする予定です。投稿は週の中頃になります。しばらくお待ちくださいませ。