35 散歩中に出会ったのは
まだまだ2人のお散歩は続きます。そしてついに・・・・・・
「ふぅ、さすがにもう食べきれないぞ」
「無念です! ノリ君が残してしまいました」
歩美さんが残念そうに俺を見つめているよ。歩美さん、美味しいんです! あなたの料理は本当に美味しいんですよ! でもさすがにこの量は・・・・・・ もうこれ以上俺の腹には入り切りません! 彼女が広げた各種のお弁当は優に5人前はあったぞ。何とか半分以上は食べたのだが、さすがにこれ以上は無理だ!
「歩美、ごめん! 本当に美味しかったんだけど、この量は俺の腹には無理だった」
「そうでしたか・・・・・・ どうも梓ちゃんの影響でついつい作りすぎてしまうんですよね。ノリ君なら頑張ってくれると思ったのですが」
比較の対象が間違っていると早く気付こうね。二宮さんは学園の食堂で毎日俺の倍以上の量の昼食を取っているんだからね。いくら食べ盛りとはいっても、普段から俺は男子の標準の量しか食べていないよね。
歩美さんは寂しげな表情でお弁当の残りをバスケットに仕舞っている。そんなに悲しそうな顔をしないでくれ! 俺も限界ギリギリまで攻めた結果なんだ。
「歩美、今すぐには動けないからちょっと休憩してからまた歩こうか」
「はいっ! そうしましょう! また手を繋いでくださいね」
おや、今度は急に機嫌が良くなってニコニコしているぞ。俺と手を繋ぐのがそんなに嬉しいのかな? もっとも俺も大歓迎だけど。でもこの急激な態度の変化は表向きで、きっと最初からお弁当を残した件をあまり気にしてはいなんだろうな。歩美さんの冗談はわかりにくいところが欠点だと思う。
俺が思うに、歩美さんは演技派なのではないだろうか。時々冗談なのか本気なのかわからないようなことを言うし、俺に好意を持っているような謎の言葉を仄めかしたりする。女の子の考えていることが中々理解できない俺に、暗に何かを伝えようとしているんじゃないだろうか。
お弁当を仕舞い終わった歩美さんは、俺の隣に座ってポッコリと膨れている腹を擦ってくれる。なんだか消化が良くなりそうな気がしてくるから不思議だ。歩美さんは真剣な表情でナデナデしてくれていたが、プッと吹き出してクスクス笑っている。ほら、やっぱり! 俺の予想通りさっきの表情は冗談だったんだな。
「ノリ君は本当に頑張ってくれたんですね。いっぱい食べてくれてありがとうございました」
「どういたしまして、本当に美味しかったよ。また歩美の料理を食べたいな」
「ノリ君のためなら喜んで作りますよ。好きな物を教えてくださいね」
ああ、なんと言う幸せだろうか! これ以上欲張ったら罰が当たるな。歩美さんがこうして傍に居てくれる幸せを俺は今心の底から噛み締めているのだ。
20分くらい休んでいたら満腹で動けなかった俺の腹も落ち着きを取り戻してくる。これなら多少歩いても問題ないだろう。シートを片付けて2人でお手々繋いで歩き出す。
パンジーや桜草などが植えられている花壇を見ながらのんびりとした散歩は続く。途中にあった動物触れ合い広場に立ち寄って真っ白なウサギの頭を撫でたり、ポニーに餌を与えたりしながら楽しいお散歩は続く。こうして歩いているだけなのに幸せを感じてしまうな。もう俺は中学の頃のような修羅の道には戻れないかもしれない。
かれこれ2時間くらい公園を歩き回って、俺の腹もだいぶこなれてきたようだ。少々喉が渇いてきたから遊歩道から奥に引っ込んだ場所に設置してあるベンチに腰を降ろす。
「ノリ君、どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたお茶に口をつけながら俺は心の中で覚悟を決めている。実は夕べのうちにも俺は色々と考えていたのだ。自分の胸に秘めた思いを歩美さんに伝えるべきではないだろうかと。今のこの感じだったらたぶん彼女は俺の気持ちを受け入れてくれるような気がするんだ。
飲み終わった紙コップをゴミ箱に捨ててベンチに戻ると俺はそっと彼女の手を握る。歩美さんも俺の態度に何かあると察したのか無言で俺に手を委ねる。短い沈黙があってから俺が話を切り出した。
「歩美、大事な話だからよく聞いて欲しい。俺は・・・・・・」
口篭ってしまった。ここは勇気を出して一気に思いを告げるんだ!
「俺は・・・・・・ その・・・・・・」
「ニャーー」
「ネコが好きなんだ!」
あれ? なんか違うぞ! 俺が口にしようとしていたセリフが途中で変化してしまった気がするな。ネコが好きだと! 一体何でこうなった?
「まあ、可愛いネコちゃんが居ますよ!」
何が起きたのかと一瞬頭がパニックになった俺は、歩美さんの言葉でハッと我に帰って目の前に佇んでいるネコの姿を発見する。おのれ! こやつのせいで俺の一世一代の告白の機会を逃してしまったではないか。
「ネコちゃん、いらっしゃい」
「ニャー」
歩美さんが呼び掛けるとそのネコは近づいてきて彼女が差し伸べた手を舐めている。ずいぶん人懐っこいネコなんだな。警戒する様子が全くないぞ。
「このネコちゃんはお腹が空いているのかもしれないですね。ネコちゃん、お腹が空いているんですか?」
「ニャー」
なんだか歩美さんの話がわかっているかのように鳴いて返事をするな。このネコは頭がいいのかな?
「ノリ君、お弁当の残りをあげても大丈夫でしょうか?」
「そうだな、食べ切れなくて持って帰るんだからちょっとくらいあげても大丈夫じゃないのかな」
「それではそうしましょうか。ネコちゃん、おにぎりでいいですか?」
「ニャー」
歩美さんは紙皿の上におにぎりを載せてそっとベンチに置くと、ネコは身軽にベンチの上に飛び乗っておにぎりに口をつけている。
「ネコちゃん、美味しいですか?」
「ニャー」
おにぎりの中身は鮭だった。魚だからネコにはいいんじゃないかな。歩美さんは夢中でおにぎりを食べているネコの背中を優しい手付きで撫でている。この公園に住み着いている野良猫なのかな? それにしては真っ白な毛並みが凄くきれいで、まるでトリミングをしたてのようだけど。
「ニャー」
ネコはおにぎりを1つペロリと食べて再び鳴き声をあげる。今度は一体何だろうな?
「ネコちゃんはお水が欲しいんですか?」
「ニャー」
どうやら正解のようだな。でも歩美さんが困ったような表情になっているぞ。
「水筒の中にはお茶しかないんですよね。近くに水道はあるでしょうか?」
「歩美、これを使ってくれ」
俺がリュックから取り出したのは水が入ったペットボトルだ。これはダンジョン用のマジックバッグに入っていた物で、中身は正真正銘の水道水だ。
「ノリ君、ありがとうございます。ネコちゃん、お水ですよ」
「ニャー」
歩美さんは別の紙皿の窪みに少量の水を流し込んでネコに差し出すと、そこに口をつけてペロペロと舐めながら水を飲んでいる。
「ニャー」
「このネコちゃんは本当に人に懐いていますね。自分から体を摺り寄せてきますよ」
「歩美が可愛がってくれる人だとわかっているんじゃないのか」
俺たちが様子を覗き込んでいるいるのも関係ないように、ネコは一心に歩美のパーカーに体を擦り付けているのだった。可能ならば俺もネコのように歩美さんに体を擦り付けたいぞ。
「きっと歩美が好きなんだろう」
「でも困りましたね。勝手に連れて帰るわけにもいかないし。ネコちゃん、お家はありますか?」
今度はネコは返事をしないで歩美の顔をじっと見ている。もしかしてこれは違うというサインではないか?
「ネコちゃんはお家がないんですか?」
「ニャー」
なんだか本当に会話をしているかのようだな。このネコは歩美の言葉がわかっているのだろうか?
「ノリ君、どうやらお家がないようなので私が連れて帰っても大丈夫でしょうか?」
「ここは自然公園のちょうど真ん中で、付近にはネコを飼うような家はないしな。飼い主が公園に離した訳でもなさそうだし」
「そうですね。それに首輪も何もしていませんね。あとはネコちゃんの返事を信じるしかないようです」
「ネコがそう言っているんだから間違いだろう。でも連れて帰ってちゃんと飼えるのか?」
「はい、飼う場所はいっぱいありますから平気ですよ。ネコちゃん、私と一緒にお家に帰りますか?」
「ニャー」
本日一番の元気のいい返事をしている。どうやら歩美さんの家に引き取るということで話はまとまったようだ。彼女はバスケットの中を空っぽにしてそこにそっとネコを抱きかかえて入れる。ネコは全然暴れたりしないで歩美さんに体を委ねているな。
「ネコちゃん、狭いですけど私の家に着くまで我慢してくださいね」
「ニャー」
こうして彼女がバスケットの蓋を閉じると、その中でネコは大人しくしているようだった。こんなに賢いネコを見たのは初めてだな。
「ノリ君、またバスケットが重たくなってしまいました。このお弁当の残りはそちらのトートバッグに仕舞ってもらえますか」
「結構な荷物だな、俺が預かるよ。このまま一緒に歩美の家まで送っていくから」
「いいんですか? ノリ君のお家はこの駅の反対側なのに」
「いいんだ、一緒に歩美の家までネコを連れて帰ろう」
「はいっ! お願いします」
どうやら歩美さんは動物が大好きらしいな。さっきもウサギを可愛がっていたし。それにしても歩美さんの家に行くのか・・・・・・ この前彼女が俺の家に来た時は俺の母親と訳のわからない遣り取りをしていたけど、今回俺は普通に挨拶をすればいいのかな?
こうして俺はトートバッグごとこっそりマジックバッグに仕舞い込んで、ついでにバスケットを歩美さんから受け取って彼女の家に向かうのだった。
歩美の家の前では・・・・・・
「ここが歩美の家なのか?」
「はい、そうです。ノリ君、どうぞお入りください」
そこは俺の家から2駅電車に乗って15分程歩いた場所にある閑静な住宅に囲まれた神社だった。シラナカッタヨ! 歩美さんは神社の娘さんだったんだ。
境内は俺の家よりもむしろ広いくらいで、数多くのご神木がこんもりとした森を形作っている。どうやらかなり古くからここにある鎮守様のようだな。
「俺の家よりも広いじゃないか」
「広いとは言っても神社の敷地ですから、私の家族が住んでいるのはごく一部ですよ」
そりゃあそうだな。もっと昔だったらここは公共の場だから広いのは当たり前か。待てよ! 神社といえば巫女さんだろう! もしかして歩美さんも巫女装束に身を包むのか? これはぜひ一度拝見してみたいものだな。
「ノリ君、ネコちゃんを放しますからあちらの縁側に座っていてください。さあ、ネコちゃん! お待たせしました。広い場所で遊んでくださいね」
「ニャー」
バスケットから出てきた猫はひと鳴きするものの、相変わらず歩美さんから離れようとはしない。むしろ後をくっついて回っている。
「困りましたね。ネコちゃんが私にくっついていると、ノリ君にお茶も出せません」
「昼にいっぱい食べすぎてまだ何も入らないから構わなくていいよ」
「そうですか、それじゃあ私もノリ君のお隣に座りましょう」
少し西に傾いた日差しが神木の葉の隙間を通って柔らかく降り注ぐ。居住区の縁側に2人で腰掛けて、その目の前には白いネコが静かに佇んでいる。
「そうでした! 実はノリ君に相談したいことがあったんです。聞いてもらえますか?」
「いいよ、どんなことかな?」
「ノリ君の職業は何ですか?」
「俺は武術家だよ」
「まるっきりそのままなんですね! 相談したいことというのは私の職業なんです。実は私にはまだステータス上の職業がないんですよ」
「まだ職業が与えられていないのか?」
「たぶんそうだと思います。今ステータスを開きますから見てもらえますか。ステータス、オープン!」
(やれやれ、娘よ! ようやくそなたが選んだ者の前でステータスを開いたか。これでワシもこの狭い体から出られるわい)
俺の頭の中に声とは呼べないような謎の現象がきちんと意味になっている言葉を伝えてくる。どう表現すればよいのだろうか・・・・・・ 思念とでも呼べばいいのかな? そしてこの思念はどうやら歩美さんが連れてきたネコが座っている場所から伝わってくるのだ。一体何が起きているんだ?!
そしてその直後、俺の隣に座っていた歩美さんの表情が変化する。何か別のものに乗り移られたかのように体が硬直して、顔つきが全く別人のようになっていく。一体何が起きているんだ?! 変なものに乗り移られた歩美さんは大丈夫なのか?!
あまりに急な出来事に慌てた俺は両手を伸ばして彼女の体を揺さぶって目を覚まさせようと試みる。そしてその時・・・・・・
「あー、あー・・・・・・ どうやらこの娘の体を用いて声が出せるようだな。そなたがこの娘によって選ばれた者に相違ないようだな。名はなんと申す?」
「四條重徳です」
歩美さんの体に乗り移った者の声は絶対に逆らえない威厳に満ちた態度で俺に問い掛けてくる。俺は歩美さんの体を揺すっていた腕を離して、その問いに素直に答えるしかなかった。
「そうか、その名は何処かで聞き覚えがあるのう。さて、何処だったか? ああ、そなたは確か勇者になり損ねた者であるな」
「俺が勇者になり損ねた? あの、それは一体どういうことでしょうか?」
「まあ、それはおいおい説明するから待っておれ。まずはそなたにワシの存在がどのようなものであるのかを語るとしようか。おほん、ワシはこの日の本の国の原初の神にして、八百万の神々の真の祖である。神々からはこのように呼ばれておるわい。『全てを見聞きする者、アメノミナカヌシ』とな」
アメノミナカヌシノカミ・・・・・・ 確か古事記の一番最初に出てくる天地開闢の更に前の一番古い神様じゃなかったかな。子供の頃に読んだ時の記憶を手繰って何とか思い出したぞ。
「ほほほ、そなたも一応は知っているようじゃな。ワシは姿形を持たない神としていつの間にか存在し、この国の様子を長い年月眺めていたのじゃ。それが此度、異なる世界がこの日の本にも手を伸ばしてきおった。他の八百万の神々は口を揃えて『日常の業務に追われて手が塞がっておる』と言い訳をする故に、のんびりと昼寝をしておったこの老体に対処して欲しいと懇願されたのじゃ。まったく普段偉そうにしている神共の腰抜け具合が知れるというものよ」
なんというとんでもない話だろうか! おまけに歩美さんに乗り移ったものは俺の考えを読み取っているぞ! これはもしかしたら本物の神様が現れたのか?
もしそうだとしたら、俺の横に座っていた歩美さんの体に途轍もなく偉い神様が乗り移って俺に向かって話をしているということになる。こうしてはいられないとばかりに、俺は縁側から降りて神様に向かって居住まいを正して正座をする。真剣に話を聞くべきだと感じる威厳が歩美さんの体から否応なしに発せられているのだった。
ちなみに今まで神様が宿っていたネコは眠ったようにその体を横たえている。急に体から神様が外に出た影響なのだろうか? 頭のいいネコだと思っていたけどようやく合点がいったな。ついさっきまで神様が中に居たから歩美さんはこのネコと話ができたんだ。 おそらくそうだろう。
こうして俺は縁側に腰を降ろす歩美さんに向かって地面に正座をしたままで、その口から語られる次の言葉を待つのだった。
ついに神様が登場しました! 長かった、ここまで実に長かった! ぶっちゃけると神様の登場までがこの小説のプロローグのような感じで、ようやくここから本格的な主人公の活躍が始まります。次の投稿は明日の予定です。果たして重徳にはどんな能力が与えられるのか、どうぞお楽しみに!
ようやく本格的にこの小説が始まる記念として、いつもの一言を言わせていただきます!
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