32 実家にて
ダンジョン管理事務所の見学に来た第8ダンジョン部の新入部員たちは冒険者登録の手続きを始めます。
「いつもお世話になります! 第8ダンジョン部です。今日は新入部員の見学と登録に来ました」
「おやおや、それはご苦労さんだね。それでは今は誰もいないから先に登録を済ませようか。ああ、すでに登録を終えている四條君はいいからね」
顔馴染みの係員さんが対応してくれているけど、お願いだからこの場で俺の名前を呼ばないでくれ。いかにも何度もここに来ているかのようではないか。実際に殆ど毎日顔を出しているんだけど。
「ノリ君は係の方を知っているんですか? なんだか親しげでしたけど」
「ああ、登録した時にダンジョンの話を詳しく聞いたんだよ。その後も何回かここに来て話を聞かせてもらっているからね」
「そうなんですか! 近くだと気軽に来れるからいいですね」
「そうだよ! 本当に気軽に来れるんだ」
危ない危ない! 歩美さんの追及を何とか上手くかわしたぞ。断崖絶壁で必死で綱渡りをしているような気分だよ。
「それでは登録する皆さんはこの用紙に必要事項を記入してください。わからないことがあったら気軽に聞いてください」
ああ、俺もつい10日程前にこの用紙に記入したんだな。なんだかずいぶん前のような気がするぞ。その翌日から毎日ダンジョンに入って、今ではレベル13になっている。俺以外の1年生のみんなは最低でもあと3週間は立ち入り禁止になっているけど、早ければ5月になれば中に入って魔物を倒す訓練を開始する。それまでに俺ももうちょっとレベルを上げておきたいな。20とは言わないから15,6にはしておきたいところだ。
「ノリ君、この特技の欄には何を書いたらいいんでしょうか? 私は強いて挙げればお料理くらいしか特技がないんです」
「料理でいいんじゃないのかな。先輩が言っていただろう。『料理や怪我の手当ても立派な仕事の分担だ』って」
「あっ、そうでした! ではせっかくですから書いておきましょう」
そう、戦うだけがダンジョンでの活動に貢献するわけではないんだ。特に長期間に渡ってダンジョンの攻略をしようとなったら、日常生活の様々な分野をダンジョンに持ち込まなければならなくなる。そうなると必然的にパーティーで分担する仕事が更に増えていくわけだ。風呂に入ったり洗濯が可能なのかは不明だが、食事や十分な休養が取れないとダンジョンでの活動に影響が出てくるだろう。その他にも俺がカレンに丸投げしているルート選択やマッピングなども重要な仕事だ。
もっとも俺みたいに毎日短時間しか入らない人間にとっては魔物と戦って出てくるだけになってしまう。それにここのダンジョンは転移魔法陣でいつでも地上に戻れる親切設計だから、あれこれ気にしなくてもいいのかもしれないけど。
記入を終えた歩美さんは書類を手にカウンターに並んでいるが、そういえば気になったことがある。何で彼女の職業の欄が空白になっていたのかな? 確か入学初日の自己紹介の時にも『特に資格はありません』と言っていたように記憶している。歩美さんの職業について今まで聞いたことがなかったけど、人に言いにくい何かがあるのかな? いいか、この件は歩美さんが切り出すまで俺からは何も言わないでおこう。
こうして書類の記入を終えて、写真をその場で撮ってカードに焼き付けてもらってから、1年生6人はようやく出来立ての登録証を受け取った。全員がもらったばかりのカードをしげしげと眺めているな。
「ちょっと写真写りが気に入らないが、こうして冒険者として登録するとダンジョンに入るのが益々楽しみになってくるな」
見せてもらった二宮さんの写真には特に違和感を感じないけど、本人にしかわからない写真に対する美的な拘りでもあるのかな? 女子はそういう細かいところを結構気にするから、地雷を踏み抜かないようにこの点には触れないでおこうか。一方、その横では・・・・・・
「梓様とお揃いのカードを手にいたしましたわ。ワタクシは今感動に打ち震えておりますのよ」
おい、縦ロール榎本! 登録証は誰でももらえるんだからそんな大袈裟な話ではないだろうが。何が感動だよ! その辺の野良犬にでも見せて自慢しておけばいいだろう! 犬がいなかったら公園のハトでもいいから今から行って自慢してこい!
「ノリ君、私もノリ君とお揃いの登録カードを手に入れましたよ」
「そうだね、お揃いになって良かったね」
歩美さんが嬉しそうな表情で登録証を見せてくれると、ついつい俺の表情は綻んでしまうな。彼女は縦ロールと同じようなセリフを口にしたけど、これがまたあんな偽者令嬢(か、どうかは知らないけれど、俺の中ではそのように断定している)と比べて圧倒的に可愛いんだよな。誰がなんと言おうがこれは俺の中では揺ぎ無い事実だ。今この歩美さんの笑顔を切り取って額縁に収めておきたいよ! もしかしてこういうのが惚れてしまった弱みというものなのだろうか?
登録が終了したら全員で管理事務所の見学開始だ。といってもそれほど見る部分は少ないので、いくつかの打ち合わせ用の小部屋とダンジョンの入り口に設置してあるゲートを見ればおしまいだ。俺たちはこの場でダンジョンに入っていく先輩たちを見送る。
「それでは君たち1年生はここまでだ。私たちはこれから4階層に向かうから気をつけて帰るんだよ」
「先輩たちも気をつけてください」
安全を祈る俺の声を聞いた稲盛先輩の目が俺に向けられている。4階層という部分を強調したのはあとから俺も来いという誘いなんだろうな。たぶん転移魔法陣の付近に待機して俺を待っているつもりなんだろう。わかりましたと言う意味を込めて俺が頷くと、先輩たちは踵を返してダンジョンの内部に入っていった。
「ノリ君、ここから先が本当のダンジョンなんですね。なんだかとっても不思議な雰囲気が漂っています」
「そうだな、この先は・・・・・・」
危ない! 入り口の先がどうなっているか説明を始めようとした俺が居る。慌てて言葉を飲み込んだが、歩美さんの目にはそれほど挙動不審には映っていないようだ。
「こんな場所に平然とした表情で中に入っていく先輩たちは勇気があるな」
何とか無難な話で切り抜けられたと思う。これ以上ここにいると思わぬ所でボロが出そうだから、さっさと撤退するに限るな。
「俺の家はここから歩いて5分の場所にあるんだ。オンボロの昔ながらの造りだけどお茶ぐらいは出すから寄ってくれ」
「ノリ君のお家がとっても楽しみです!」
「そうか、四條の家はこの近くなのか! せっかくだから寄ってみようかな」
「梓様が行くとおっしゃるのならば、ワタクシはどんなボロボロの場所でも付いてまいりますわ!」
コラッ! そこの縦ロール榎本! 俺がボロと言う分には構わないが、当人を目の前にしてボロボロとはどんな了見だ?! もうちょっとそこは気を使うべきだろうが! なんだったら小一時間じっくり話し合おうか?
「四條の家には僕も興味があるな。せっかくだから道場も見学してみたいしね」
「信長君、道場なんかあるんですか?」
「そうだよ桐山さん、四條の家は古武術の道場なんだよ」
「そうなんですか、私は信長君と一緒に見たいです」
はいはい、そこのロリ長ハーレムの候補者第1号は好きにして構わないから付いてきなさい。ロリ長のやつめ! 一体どんな魔法を桐山さんに掛けたんだ? 本当に不思議だよ。あとでその秘訣をこっそり聞いてみよう。
「師匠! 自分は今日も稽古を頑張るッス!」
義人は俺に言われなくとも道場で稽古が待っているから付いてくるのは当たり前だよな。それじゃあ事務所を出て俺の家に向かうとするか。
管理事務所を出て5分歩くと我が家の門が見えてくる。
「ここが四條の家なのか。いかにも旧家という感じの造りだな」
「梓様、この程度の広さに驚いてはいけませんわ! ワタクシの家はもっと広い敷地を構えておりますのよ」
おや? 縦ロールがずいぶんと大きなことを言っているな。もしかしてこやつは本物の令嬢なのか? さっき俺の脳内では勝手に偽者令嬢と断定したけど、これはもしかするととんでもない豪邸に住んでいるのかもしれないな。
「ノリ君のお家はとっても広いですね。これからご家族とご挨拶をするのかと思うと、なんだかドキドキしてきました」
「広いだけで普通の家だからそんなに気にしなくていいよ。さあ中に入ろうか」
「はい!」
門の横にある通用口を抜けて敷地に入るとすぐ脇には道場がある。こちらも木造の築40年という年季が入った建物だ。
「師匠! 自分はこのまま道場に行くッス! それでは皆さん、失礼するッス!」
ペコリと頭を下げて義人は道場の中に消えていく。まだ入門して日は浅いが、門弟たちに混ざって元気にやっていると言う報告は聞いているぞ。今日も荒っぽい稽古が待っているが、どうか頑張りたまえ! おや、入り口の近くにいた門弟と笑いながら話をしているじゃないか。初日の稽古の記憶が蘇って自分の殻に閉じこもりっきりになったあの日に比べると逞しくなったものだな。
義人を除いた5人を母屋の客間に通すと、俺は母親に来客を告げる。たぶんこの時間は居間か台所にいるはずだ。
「母さん、学園の仲間を5人連れてきたぞ。お茶を出してもらえるかな」
「まあまあ、重徳がお友達を連れてくるなんて珍しいわね。今用意するからあなたは皆さんと一緒に待っていていいわ」
「任せたよ」
こうして俺は客間に戻る。待っている5人はやや緊張気味の表情をしている・・・・・・ いや、1人だけ違うな。縦ロール榎本だけは二宮さんの隣で1人で喋り捲っている。何処までも己のペースを崩さないやつだな。ちょうどそこにお盆を手にして俺の母親が入ってい来る。
「皆さんようこそおいでくださいましたね。古い家で大したおもてなしもできませんが、ゆっくりしていってくださいね」
「ノリ君、いえ、四條君のお母様! 鴨川歩美と申します。不束者ですが末永くどうぞよろしくお願いいたします」
おやおや、歩美さん! そのセリフは一体何処の引き出しから持ち出してきたのかな? 居住まいを正して三つ指を付きながら深々と頭を下げているけど、歩美さんは何のつもりなのかな?
「まあまあこれはご丁寧に、重徳の母です。不束な息子ですけど末永くどうぞよろしくお願いしますね」
なんだろうか? 母親も満面の笑みで挨拶を返しているぞ。確かに俺は不束者だろうけど。それから歩美さんは何で改まって『お母様』なんて呼んでいるのかな? この対面は俺にとってあらゆる意味で謎が多すぎるぞ!
それでもって母さん! 俺に向かって訳のわからない笑みを向けるのを止めてほしいな。左手をグッと握り締めて、右手で小さく俺にサムアップしているじゃないか! 何だよ、その『私には全部わかっていますよ』的な表情は!
「はじめまして、斉藤信長です。四條君とは毎日仲良くやらせてもらっています」
「まあ、あなたが信長君ね。息子がいつもお世話になっています。クラスで一番最初にお話をしたのがあなただと聞いていますよ」
「四條君が強そうな雰囲気を漂わせていたので、気になって声を掛けたんですよ。僕の想像以上に強かったですけど」
「まだまだ修行が大事な時期でけっして一人前とはいえませんよ。信長君も大いに重徳を鍛えてやってくださいね。あなたの素質は人並み外れていますからね」
「ありがとうございます」
「信長、母さんはこう見えても四條流5段の腕前だ。いまだに俺は一本取ったことがないんだ」
「それはあなたの鍛錬が足りないだけです。真面目に修行していればすぐに私なんか追い抜きますよ」
一同が俺と母さんの会話で驚愕に包まれているな。俺の母親は150センチそこそこの小柄で華奢な体格をしている。それでもいざ稽古を開始すると、俺がまともに立っていられない程の猛者だ。とにかく技のスピードとキレが凄いんだ。気が付いた時には手遅れで、あっという間に俺が宙に舞い上がってマットに叩き付けられてしまうんだよな。それにしてもロリ長の素質にすぐに気が付くとは、母親の目も伊達ではない。というか、相手の力を正確に見抜く目は俺如きでは到底及ばない。
各自の自己紹介が終わり、母親は縦ロール榎本と桐山さんに顔を向けている。
「他の皆さんは義人君を含めて同じクラスだと息子から聞いていましたが、お2人はどのような方かしら? 見た所あまり武術は嗜んでいないようですけど」
「この2人は昨日ダンジョン部に一緒に入部したCクラスの人だよ。詳しいことは俺もよくわからないけど、魔法を使えるんだよ」
「まあ、魔法ですか。それは面白いお友達ができたわね。うちの息子をどうぞよろしくお願いしますね」
おや、魔法と聞いた時の母親のリアクションがなんだか薄い気がするな。世間の人の魔法に対する認識がよくわからないけど、母親のような感じが普通なのかな? それから『ダンジョン部に入部した』と聞いても特に何の反応もしなかったし。ああ、俺がダンジョンに入っているのは、一応は教えているからか。
「こんなに大勢の可愛らしい女の子に囲まれて重徳と信長君が幸せ者ね。それでは皆さんごゆっくりどうぞ。重徳、用があったら呼んでちょうだい」
「そんなお母様ったら、可愛らしいだなんて恥ずかしくなります」
歩美さんは両手を頬に添えてイヤンイヤンしているけど、大丈夫なのかな? 熱でも出たのではないかと心配になってくるテンションだぞ。その様子を母親は微笑ましげに見ているな。なんだろう? この2人の間に通じる何かがあるのだろうか?
こうして母親が客間を出て行くと、ロリ長と二宮さんが盛大に息をついている。一体どうしたんだろうな?
「四條! お前の母親が体にまとう雰囲気は尋常ではなかったぞ! そこに居るだけで息が詰まる思いだった」
「梓ちゃん、あんな素敵なお母様なのに失礼ですよ。でもノリ君はお母様にはあまり似ていないんですね」
「二宮さん、この中で僕と二宮さんはある程度武術の嗜みがある。だからこそ四條のお母さんが無意識に振り撒く威圧を感じたんだよ。鴨川さんや桐山さんたちは武術に関しては素人だから、逆に何も感じなかったのさ」
ああ、そういうことだったのか! きっと俺が校長のジジイから察した気配のような物を2人は感じていたんだろうな。特に初対面の時にはそういう気配に敏感になっているから、余計に強く感じ取ったんだろう。ほら、偉い人や芸能人に会った時に『あの人にはオーラがある』と言うじゃないか。それと近い物を2人は俺の母親から受け取ったんだな。それに対して四條流を練習しているとはいっても、まだまだ初心者の歩美さんはなんともなかったという訳だ。彼女にとっては母親が俺と顔が似ているかどうかが興味の対象だったようだ。
こうして30分ほど経ってこの場はお開きになる。そうだった! 先輩たちがダンジョンの4階層で待っているんだった! あれからずいぶん時間が経過しているから今頃痺れを切らせているかもしれない。今日はカレンは道場での稽古に集中する日で元々一緒に入る予定はなかったんだ。だから1人で入ろうと思っていたんだけど、先輩からのお誘いを無碍にする訳にはいかないよな。
門の所で帰っていく5人を見送ってから、俺は急いでダンジョンに出発する準備を整えるのだった。
実質的な初登場の重徳の母もやはり武術の達人でした。そしてその母と言葉を交わす歩美さん、ノリノリのテンションで既成事実を積み上げています。この続きは明日投稿予定ですので楽しみにお待ちください!
さて、この小説のブックマーク登録数がついに2000件を突破しました! 大変ありがたいことで、こうして応援してくださる皆様のおかげで執筆が続けられます。皆様には心から感謝いたします。
最後に一言よろしいでしょうか? それではまいります!
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