17 トロトロに溶かされて・・・・・・
第17話のタイトルはなんだか意味深な感じが・・・・・・
「四條君、おはようございます! あっ、ネクタイが曲がっていますよ」
いつものように始業3分前に教室に飛び込んだ俺の前に、まるで入り口で見張っていたかのように鴨川さんが立ちはだかる。そしてキラキラの笑顔で俺に朝の挨拶をしてくれる。おまけに適当に締めたネクタイにそのほっそりとした指を添えて直してくれるのだ。なんだか朝から凄い歓迎を受けているような気になってくるぞ。
「鴨川さん、どうもありがとうございます。それからおはようございます!」
俺の間が抜けた挨拶にも明るい笑顔で応えてくれる。その瞳には星が1ダース以上瞬いているな。何だろう? この前から俺と話をする彼女の頬がバラ色に染まっている。これは見間違いではないと思う。
「そ、その・・・・・・ できれば名前で呼んでほしいです」
恥ずかしそうに俯きながら俺に小声でお願いしてくるが、女の子を苗字以外で呼んだ経験がない俺にとってはこれはかなりハードルが高いのではないだろうか。ちょっと待ってほしいぞ! 心の準備が全然出来ていない。
「えーと、それは・・・・・・ 今は時間がないから次の休み時間に」
「わかりました! とっても楽しみにしていますからね」
こうして何とか問題の先送りを図って時間を稼ぐ策が成功する。といっても僅か1時間程度だけど。鴨川さんは自分の席に向かい一度だけ俺の方を振り返って手を振る。つられるようにして俺も手を振り返すと、またまたとても良い表情で二宮さんの後ろの席に戻っていく。うん? なんだか二宮さんの突き刺さるような視線を感じるな。今朝は鴨川さんに対して何も疚しいことはしていないから、そんなに睨まれるような心当たりは全くないんだけど・・・・・・
俺がロリ長と挨拶をしながら自分の席に着くと同時に、担任が姿を見せていつものように事務的な連絡を行う。その中には放課後に予定されている模擬戦の予告もあった。金曜日に俺が受諾した10試合のうち残りの5試合が今日の放課後に行われるのだ。土日はダンジョンと稽古で忙しかったから、俺自身こうして告げられるまですっかり忘れていたよ。担任殿は絶対に俺と眼を合わせようとしないで、そっぽを向きながら話をしている。よほど俺が据えたお灸が身に染みたらしいな。これ以上余計な干渉をしてくるんじゃないぞ!
ホームルームに続いては古文の授業だ。本日は午前中が学科の授業に割り当てられているのだった。退屈な授業を聞きながら、俺は鴨川さんとの約束について考え込んでいる。名前で呼ぶのか・・・・・・ 鴨川さんの名前をそっと心の中で呼び掛けてみる。歩美・・・・・・ 想像以上に恥ずかしいぞ! 俺の精神の限界をはるかに突破しているじゃないか! こんな恥ずかしい思いをするくらいだったら俺は今すぐにでもダンジョンに籠もりたい気分だ。誰か気合を入れる意味で魔法でもぶつけてくれ! こうして悶々とした気持ちを抱えているうちに、ついにその時がやって来る。
1時間目の授業が終わると鴨川さんが俺の席にダッシュをしてくる。その足取りはまるで宙を飛んでいるが如くの軽やかさだ。全身にサクラ色のオーラをまといつつ席の横に立つと、そっとその笑顔を俺の耳元に寄せてくる。
「四條君、朝の約束ですよ。皆さんに聞こえると恥ずかしいので私の耳元でこっそりとお願いします」
ひそひそ声でそう告げると、自分の耳を俺の顔の近くに寄せてくる。この些細な行動だけでかなりの破壊力を俺に齎しているぞ。なんだか心臓がバクバクしてくるのを感じるな。
おまけに長い黒髪からいい匂いが漂ってくる。クンカクンカ、ゴブリンの口臭で汚された俺の鼻腔をこの際だから浄化しておこう・・・・・・ じゃないぞ! そうだったよ! 鴨川さんを名前で呼ぶ約束だった! 仕方がない、俺も男だ! ここで逃げる訳にはいかないと覚悟を決める。羞恥心よ、この際どこかに飛んでいけ!
「あ、歩美さん」
とたんに彼女の横顔が真っ赤に染まっていく様子が手に取るようにわかるな。再び嬉しそうな表情で俺の耳元に顔を寄せると、そっと囁いてくる。耳に掛かる彼女の息がこそばゆさと心地よさを同時に感じさせてくれる。ところで約束は果たしたはずなのに今度は何だろう?
「ありがとうございます。それでは私からのお礼です。土日のお休みの間に四條君の呼び方を一所懸命考えたんですよ。そ、その・・・・・・ ノリ君」
ノリ君・・・・・・ 耳元でそっと告げられたその短いフレーズは核爆弾並みに絶大な破壊力だった。俺の脳はたったその一言でトロトロに溶けてしまいそうだ。名前が重徳だからノリ君とは完璧にやられた! そして鴨川さんは更に追撃を仕掛けてくる。
「出来れば私は『~さん』なしの呼び捨てがいいです。ノリ君、お願いできますか?」
こうなったら俺のトロトロ脳は歩美さんの言うがままに願いを叶えてしまう。もう一切の抵抗が封じられたかのように、そっと寄せられた彼女の耳元で俺は小声で囁いてしまった。
「あ、歩美?」
なぜか語尾が上がって疑問形になってしまったのはご愛嬌だけど、俺のささやきで歩美さんの諸々の感情がどうやら限界を向かえたようだ。まるで天国にいるかのような表情を浮かべてフラフラした足取りのまま自分の席に戻っていく。その姿を見送る俺もなんだか幸せいっぱいになっていくから不思議だ。歩美さん、本当にありがとうございます。なんだか貴重な青春の第一歩踏み出せた気がします。
重徳と歩美の様子を自分の席で目撃した二宮梓は・・・・・・
授業が終わるなり四條の席に駆け出していった歩美はあいつと何かヒソヒソ話をしているな。朝っぱらから一体何の秘密の用件があるというのだろう? おや、短いやり取りを済ませて自分の席の戻ってきた。でもなんだか様子が変だ。明らかに浮かれきった表情で心ここにあらずという態だ。長い付き合いの私でも歩美がこんな表情を浮かべるのを初めて見たぞ。四條との間に何があったのか、これはいよいよ昼休みにでも聞き出してみよう。
次の授業で・・・・・・
俺は脳みそトロリン状態のままの考えがまとまらない頭を必死に働かそうとしている。歩美さんは何で俺だけにこうも刺激的な挑発を仕掛けてくるのだろう? 当然そのたびに俺の感情は激しく揺さぶられる。そしていつの間にか頭の中は彼女でいっぱいになって、他のことは何も考えられなくなる。なんだかこの状態はおかしいな。いまだ俺が経験した覚えがない感情が心のうちに渦巻いている。時に激しい嵐のように、時に穏やかな水面のように俺の心が自分の物ではないかの如くに変化するんだ。どうしたらいいのか俺にもわからないぞ。えーい、面倒だからあるがままに認めようじゃないか!
俺は歩美さんが好きだ! きっとそうだと思う。何しろこんな気持ちになったのは生まれて初めてだからどうしていいのかわからないけど、彼女のためだったら何でもしよう。彼女を守るためだったらこの命も懸けてやろう! 相手が異世界の魔王だろうが俺がこの手でぶっ飛ばしてやるぞ!
こうして開き直るとなんだか楽になるな。まだこの気持ちは歩美さんには打ち明けられないけど、俺は彼女とともに学園生活を歩んでいこうと決心を固めるのだった。
その日の放課後・・・・・・
歩美さんの件で頭がいっぱいで、気がついたら模擬戦の後半5本勝負の時間になっていた。この時間になってようやく多少の冷静さを取り戻した俺は見学席の勇者たちの様子を観察している。今日俺との対戦を控えている連中は、ここに来る前大概諦めた目をしていたから、試合前からすでにこっちのペースに引き込んでいるのは間違いないな。金曜日に負けた連中は俺とは眼も合わせたがらないようだ。こんな調子で本当に勇者としてやっていけるのかと、逆に俺の方が心配になってくる。ダンジョンの魔物は手加減などしてくれないからな。
金曜日と同様に歩美さんはロリ長や二宮さんと並んで俺の応援をしてくれている。見ていてください、今日もきっちりと勝ちますよ! おや? 二宮さんがしきりに歩美さんに何かを問い質しているようにも映るな。2人で一体何の話をしているんだろう。ちょっと気になるけど今は模擬戦に集中するか。
”ドスン!”
この日4人目の勇者を背中からマットに叩きつけて、あっさりと勝利をもぎ取った俺は歩美さんに向かって手を上げる。すでにこうして何度も勝ち名乗りを受けているから、もうそれほど心配をかけていないだろう。彼女も小さく俺に手を振り返している。次の試合も心配を掛けないようにさっさと終わらそうかな。
「四條重徳-高田義人の試合を始める。両者、ルールの確認はよいか?」
今度は高田だな。右手には短めの木剣を持っているな。どんなやつかは知らないけど、今までの戦い方で対応できるだろう。そう考えていると、高田は真っ向から俺を見据えて中々のやる気を見せてくる。ここまで俺が圧倒的な戦いぶりを見せ付けたにも拘らず、臆せずに立ち向かってこようとするその意気込みは買ってやるぞ。
「始め!」
審判の合図の声が響くと俺は様子見の姿勢で高田の出方を伺う。対してやつは開始線上で腰を屈めて右手の剣を後ろに引いて、なにやら精神を集中して俺を見ている。これまで登場してきた勇者は全員が剣で打ち掛かってきたのに対して、高田は全く違う戦い方をするようだ。これは面白くなってきたぞ!
「アバ○・スラッシュ!」
掛け声とともに高田は後方に引いていた剣を思いっきり俺に向かって振り抜いた。するとその剣から見えない何かが俺に向かって飛び出してくる。不味い! これは食らったらダメなやつじゃないか!
俺の気配察知のスキルがかろうじて飛翔するその存在を感知している。右に体を投げ出してギリギリで回避に成功した。なんだあの速度は! プロ野球のピッチャーが投げる球より速いんじゃないのか? 気配察知のスキルとレベル10まで上昇したおかげで向上している動体視力が僅かに空気の揺らぎを捉えて回避に成功したけど、これは結構ヤバい技なんじゃないのか。確かロリ長が『勇者の必殺技』だといっていたな。ゴブリンメイジが放ってきた魔法の比ではないくらいに危険だぞ!
俺の左側を通り過ぎたスラッシュは後方に設置してある壁に貼られているラバー製のクッションに大穴を開けている。これってひょっとして致死性の攻撃じゃないか? でも審判は止めないみたいだから大丈夫なのかな。まあ、当たらなければどうって事はないか。
「1発目をよくかわしたね。この次は仕留めてみせる!」
高田は再びスラッシュを放つ準備を開始する。せっかくだから何発か受けてみようか。ゴブリンの魔法を避ける練習にもなるし、避けているうちに何らかの打開策も見つかるかもしれない。
こうしてそこから5回、高田がスラッシュを放って俺が避けるという攻防が続く。ふむ、次のスラッシュを放つまでに約4秒か・・・・・・ こちらから接近しつつ1発かわせば俺の間合いになるな。ある程度のリスクは覚悟の上で突っ込んでいくか。いや、待てよ! ロリ長の話だとダンジョンに入らないと魔法は使えないんだったよな。とすれば高田が撃ち出しているのは魔力ではないはずだ。訓練の結果人間が体内から撃ち出せる物、それは【気】しか有り得ない。
よーし、必殺技の正体がわかればこっちの物だ! 高田の気に対して俺も気で対抗してやろう! ダンジョンで試した身体強化を俺は自分に施す。途中で1発スラッシュが飛んできたが、呼吸法を止めないで回避する。そして体内に気が循環して体が軽くなるのを感じると、俺は足を止めて正面から高田と向き合う。
「もう避けるのはおしまいだ。今度は正面から打ち砕いてやる」
次のスラッシュを放つ体勢に移行している高田に向かって、俺は高らかに宣言すると体を循環している気を右の手の平に集めていく。さて、レベル10に達した俺の気は勇者の必殺技を破れるのかな? これは一か八かの賭けだけど俺なりに勝算はある。
「俺の必殺技は絶対に破れない! 食らえ! ア○ン・スラァーーッシュ!」
軌道は完全に読めた。俺の心臓目掛けて真っ直ぐに飛翔してくる。じっとスラッシュを見つめて俺はギリギリまで引き付ける。そしてあと5メートルで俺に着弾するその瞬間。
「ハッ!」
左足を踏み出すと同時に俺の気が集中した右手を最大速度で突き出した。
”パーーン!”
空中で何かが弾け飛ぶような甲高い音が響く。両者の気がぶつかり合って空間で消滅する際に発する音だ。どうやら迎撃に成功したな。ちょっと待てよ、これってもしかしたら魔法も同様の方法で迎撃できるんじゃないか? 今度ダンジョンで試してみようかな。
俺は視線を上げて高田の様子を伺う。やつは自らの必殺技が敗れたのを受け止めきれない様子で地面に膝をついて『そんなバカな・・・・・・』とつぶやいている。どうやらこれ以上の戦闘続行は不可能なようだ。
「勝者、四條!」
審判も俺と同様の判断を下した。こうして勝ち名乗りを受けてから俺は退出しようと控え室に向かう。その時背後から俺の方に駆け寄ってくる足音が響く。今更何かと思って振り向くと、高田が俺に走り寄ってくるのだった。こいつは潔く負けを認められないのだろうか?
だが、高田は俺の予想のはるかに斜め上の行動に出る。
「四條君、自分をどうか弟子にしてほしいッス!」
その場で土下座を決める高田に向かって俺は困惑した視線を送ることしかできなかった。
突然弟子の志願者が現れて困惑する重徳、続きは明日投稿予定です。どうぞお楽しみに!
総合ポイントが2000を超えました。依然としてローファンタジーランキングの10位以内に踏みとどまっています。皆さん、ここまでの応援本当にありがとうございます。
ところで物は相談ですが、もうちょっと上のランクに上がってもいいんじゃないかという方はいらっしゃいますか? そういう方はぜひとも評価を入れてみてください。一度に10ポイントもこの小説に与えるチャンスタイムです!
すみません、またまた調子に乗りました。こんな作者にどうぞ心行くままに罵声を浴びせてください。でもこの作品だけはどうぞ温かく見守ってください。




