１６ ダンジョン３階層と少女たちの夜
第１６話です。ダンジョンに現れる次なる魔物は・・・・・・
今のゴブリンメイジはかなりヤバい相手だった。近接格闘ならばある程度やれる自信があったけど、離れた場所からの魔法攻撃に対しては今の俺では回避しか手段がない。幸い簡単にかわせるレベルの魔法だったから良かったものの、もっと強力な魔法攻撃が飛んできたら相当に危険だろうな。あんなバレーボールくらいの火の玉を食らったら、良くて大火傷、最悪の場合命がもろに危険に曝される可能性が高い。
魔物の魔法攻撃の対応は今後の大きな課題だな。ダンジョンに入る時にパーティーを組む意味がようやく俺にも理解ができた。近接戦闘が得意な者と遠距離攻撃が可能な者が組んで魔物と対峙するのがやはりベストなんだろう。スライム対策で用意してある殺虫剤兼火炎放射器では炎が届く範囲は精々２メートルが限界だしな。
さすがに危険な目に遭ったので今日はこの辺で引き返そうと考えながら、転移陣がある場所に向かって歩いていく。もう時間も午後３時を回っているしそろそろ今日のところは潮時だろう。そう考えている歩いている俺にもうすっかり慣れてしまった気配が伝わってくる。バールを両手に握って身構えていると、横道から姿を現したのはまたしてもゴブリンだった。
でもこのゴブリンは剣を手にしておまけに鎧まで着込んでいるぞ。こいつは何だったかな・・・・・・ そうだ！ ゴブリンジェネラルだ！ 確かゴブリン種では上から２番目に強いやつじゃなかったかな。力が強い上に剣の技術もそこそこあって鎧のおかげで防御力も高いと、魔物図鑑に書いてあった気がする。
確かにあの革製で胸や腹の部分を金属で補強してある鎧は中々厄介だな。バールでひっぱたいてもそれ程ダメージを与えられないかもしれない。それじゃあどうするか・・・・・・ こういう時こそ四條流の出番だ。刀を持った鎧武者と素手で対決するのを目的に編み出された格闘技術が本領を発揮するいい機会だろう。
まずはひと当てぶつかってみて、相手の力がどの程度なのか自分の感覚に覚えこませる必要があるな。あの剣はバールで対処するとして、そのあとは・・・・・・ よし！ 策は決まったぞ！
俺の姿を発見したゴブリンジェネラルは両手持ちの剣を引き抜いて挑みかかって来る。体格はゴブリンソルジャーよりも更に一回り大きくて、身長１７０センチ少々の俺とほぼ互角だ。向かってくるスピードもかなりのものだな。昨日の模擬戦で相手をした勇者の皆さんよりもむしろ早い。これは相当スリリングな対決になりそうだと俺はほくそ笑んでいる。俺の中で武術家としての血が騒ぐのをどうにも抑えきれない高ぶりを感じている。
俺のバールとゴブリンの刃渡り１メートル以上ある剣がぶつかり合って火花を散らす。やつは力任せに押し込もうとするが、レベル９まで上昇している俺の体力を圧倒するには至らずに鍔迫り合いの形になる。こうして間近で見るとゴブリンってスゲー不細工だな。おまけに吐く息が超臭いぞ！ ゴブリンの悪臭攻撃に居た堪らなくなった俺は両手のバールに力をこめて撥ね返してから一旦距離を取る。
オエー！ まるで腐ったドブに顔を思いっきり近付けたような臭いがまだ鼻腔を刺激しているぞ。相手の力がある程度わかったからもう鍔迫り合いは止めにしよう。これ以上あの臭いを嗅いだら鼻がもげてしまう。
ゴブリンは俺が怯んでいると勘違いしたのか、余裕の表情で再び打ち掛かってくる。お前の剣を恐れているじゃないよ！ とにかく臭いんだよ！ その口が！
もう２度とあの腐ったドブの臭いを嗅がないように俺は慎重に右手のバールで相手の剣の軌道をズラすと、もう一方のバールを鼻っ柱に叩き込む。鼻がもげそうになったお返しだ！ バールの直撃を受けたゴブリンは血を噴き出している鼻を自分の左手で押さえる。バカめ！ 右手１本ではその重量があるロングソードをまともに扱えないだろうが。
好機を見出した俺はバールで剣を握っているゴブリンの小手を強かにブッ叩いてやると、カランという音を立てて剣を取り落とした。俺はすかさず左手のバールをホルダーに戻して、その手で痛みでジンジン痺れているはずのゴブリンの右手を取る。
「ギギャーー！」
痛みのせいで大きな悲鳴をあげるゴブリンだが、お構いなしに片手で捻り上げる。抵抗できないゴブリンの上半身は捻る角度に合わせて徐々に下がっていく。顔が十分に下を向いたところで片足を払うと、腹這いの体勢で簡単に地面に倒れ伏す。あとはもう止めを刺すだけの簡単なお仕事だ。ガラ空きの後頭部にバールを振り下ろすと、頭蓋骨が陥没してゴブリンは絶命した。
中々手強い相手だった。特にあの口臭には閉口したな。あれはもう極悪非道なバイオテロだよ。嗅覚が人間の何万倍もある犬が嗅いだら即死レベルだな。ともあれゴブリンジェネラルを討伐した俺はドロップアイテムの魔石を拾って転移陣へと向かうのだった。
転移陣は一瞬で俺を１階層の入り口の付近まで運んでくれた。魔法陣の中に入って光に包まれたと思ったら、次の瞬間にはもう転移が完了していた。これはエレベーターよりもずっと便利なシステムだな。案内表示に沿って出口に向かうと３０秒後にはゲートがある場所だったよ。そのまま管理事務所の買い取りカウンターに向かうと、いつもの係りの人が座っている。あのきれいなお姉さんは幻だったのか・・・・・・
「買い取り金額は全部で１４８００円だね。１００００円以上になると１０パーセントの源泉徴収が発生するから手取りは１３３２０円だよ。もし経費が掛かっているんだったら年度末に確定申告をするとその分税金が戻ってくるよ」
おいおい、しっかりしているな！ まだ１５歳の未成年から税金をふんだくるとは大した仕打ちじゃないか！ でも規則には逆らえませんよね。心の中で舌打ちしながらも表情は努めてニコやかにお金を受け取る。今回は都合魔石を１１個ゲットしたから、たとえ税金を引かれてもそれなりの金額になったな。ホームセンターで購入した装備品の金額とちょうどチャラになったぞ。今回はこれで良しとしようか。お金が目的ではないし。
家に戻ると今度は道場に顔を出して稽古をしている門弟と一緒に汗を流す。俺が入門したのは５歳の時なので、今ここで一緒に稽古している若い門弟は全員俺の弟弟子に当たる。四條流では入門が早い者が年下でも兄弟子なのだ。それに俺はまだ正式に決まってはいないが、１人息子なのでこの道場の跡継ぎと目されている。したがって兄弟弟子全員が俺を『若』と呼んでいる。
「若！ このところずいぶんパワーがついていますな。これが成長期というやつですか？」
「ま、まあ、そうかな。自分ではわからないけど」
本当は違います！ ダンジョンでレベルアップしているせいで必然的にパワーがついているんだよ。なんだかズルをしているような気がしてちょっと気が引けるよな。でも四條流はけっしてパワーだけで何とかなるような底の浅い武術ではない。現にもう６０を超えた俺の祖父の年代に当たる最古参の兄弟子に面白いようにポンポン投げられるんだ。だからこそ技術も同時に磨いていくしかない。
道場でたっぷりと３時間汗を流して、一風呂浴びたら夕飯を終えて俺は自分の部屋で寝転びながらステータスを見ている。１つレベルが上昇して今はこんな感じだ。
四條 重徳 レベル９ 男 １５歳
職行 武術家
体力 １４０
魔力 ５０
攻撃力 １２６
防御力 １１９
知力 ５７
保有スキル 四條流古武術 身体強化 気配察知
注意事項 新たな職業はレベル２０になると開示されます。
本当は今日中にもう１つレベルを上げて１０まで到達しておきたかったけど、まあ仕方がないな。魔物が使ってくる魔法への有効な対策がないと、ここから先のレベルアップがちょっと苦しいかもしれない。それにしても気になるのは注意事項にある新たな職業という記載だ。一体どんな職業が俺に与えられるんだというのかな？ ご褒美がぶら下がっているような気がしてワクワクしてくるぞ。ひとまずはここを目標にして頑張ろうかな。とは言ってもここから先は簡単にレベルは上昇しないから、当分先の話になるだろう。
それにしてもロリ長は本当に色々とわかっているよな。魔物を相手にした実戦経験の積み重ねを得られると言っていたが。まったくそのとおりだよ。自分に敵意剥き出しで命を取ろうと襲い掛かってくる魔物はやはり危険度が段違いだ。日本にいる限り日常では絶対に経験できない本物の命懸けの戦いだ。もしダンジョン以外でこんな経験をしたかったら、中東でいまだに戦争をしている危険地帯にでも足を運ぶ外ないだろうな。
さて、明日はどうするか・・・・・・ ひとまずは午前中からダンジョンに入って、レベル１０を目指そうかな。３階層にまた行ってみようか。ゴブリンメイジが一番警戒が必要な相手だけど、あの魔法の不意打ちさえ食わなかったら何とかなるし。よし、明日もダンジョンに向かうとするか！
こうして俺は翌日もダンジョンに向かう予定を立てるのであった。
翌日の夜、鴨川歩美の部屋ではすでにベッドに入った彼女が縫いぐるみを抱えて１人物思いにふけている・・・・・・
うふふ、なんだか明日学校に行くのがとっても楽しみ！ だって四條君に会えるんですもの。金曜日の放課後に行われた模擬戦は本当にドキドキしながら見ていたんだけど、私の心配なんか簡単に吹き飛ばすくらいに四條君が鮮やかに勝ってくれたの。仮にも勇者を相手にしてあの圧勝は本当にビックリ！
本当はそのあと四條君とお話をしたかったんだけど、梓ちゃんが一緒に帰ろうと私の手を引っ張って行くから、何も話をしないままにこうして週末を迎えたの。ああ、やっぱりちゃんとお話をしておけば良かったと、いまさら後悔している私って本当にダメな子。
でも一体いつから四條君に対してこんな気持ちが芽生えたんだろう？ たぶん梓ちゃんに手を引かれて初めて彼の前で自己紹介した時かな。その時正面で見た四條君が私の目にはとっても眩しい存在に映ったの。もちろん一緒に居た梓ちゃんや信長君も私から見たら勇者でとっても眩しい存在だけど、四條君から感じた光はその２人すらも圧倒していたの。
たぶんあの時から私は四條君に惹かれていたんだと思う。そしてあの突然のプロポーズ！ あの時はビックリしたけど、でもちゃんと自分の気持ちを口にできて良かった。将来私が四條君のお嫁さんか・・・・・・ なんだか夢みたい。でもまだお互いを良く知っているとはいえないから、もっといっぱいお話をしたいな。
四條君はいつでも頼りない私を引っ張ってくれる。私は取り柄のない平凡な女の子だけど、四條君を思う気持ちだけはこれからも大切にしていきたいの。だから明日がとっても楽しみ。彼に会ったら一番いい笑顔で挨拶しよう。四條君、おやすみなさい・・・・・・
同じ頃、二宮梓の部屋では・・・・・・
一昨日辺りから歩美の様子がなんだかおかしいな。元々フワッとした頼りない性格だけど、それにしても挙動不審が過ぎる。話しかけても返事はおざなりだし、視線は宙を彷徨いっ放しだ。悩みがあるのかと心配するのもバカらしくなる表情で１人でニヘラ～という笑いを浮かべている光景をたびたび目撃したし、これはきっと何かあるに違いない！ 明日絶対追及して白状させてやろう。うん、それがいい！
さて、明日も早いからそろそろ寝るとしよう。おやすみなさい・・・・・・
次回の舞台は再び学園に戻ります。投稿は１日おいて金曜日を予定しています。どうぞお楽しみに！
それからこの小説がついにローファンタジーランキングのベスト１０と日間総合ランキングのベスト１００に入りました。１つの目標だったので本当に嬉しくて嬉しくて！ ひとえに応援してくださった皆様のおかげだと心から感謝いたします。
次はローファンタジーランクのベスト５と日間総合のベスト５０です。一歩一歩前進して１つでも上の順位を目指します。そのためには脳みそをフル回転してミキサーにかける勢いで読み応えのある内容をお届けしたいと決心しております。
感想をお寄せいただいた方々、本当にありがとうございました。内容を深めていく上での参考とさせていただきます。評価、ブックマークをいただいた方々、引き続き応援してください。拙い小説ですが、これからも心をこめて描いてまいります。
