1 この学校ってどうなっているの?
卒業入学シーズンで突然思いついて衝動的に書いてしまったので投稿させていただきます。肩の力を抜いて楽しめる作品ですので、どうぞ皆様よろしくお願いいたします。
誰でも新しい学校に入学すると、これから3年間学ぶ場所がどんな所だろうと期待に胸を膨らませるはずだ。もちろん小学校中学校とも自称ごく一般的な生徒として過ごしてきた俺であっても例外ではない。15歳の春に義務教育を終えて高校の入学式を迎えた俺は成績は中の下で容姿はありきたり、体力と運動神経には自信があるが今までそれほど目立つ生徒ではなかったという自覚がある。当然ながら女の子としゃべる機会がそうそうあるはずもなく、悲しいことに『彼女がいない歴=自分の年齢』でもある。
校長の話や来賓の挨拶が続く退屈な入学式の大半を寝て過ごした俺は、全く話を聞かないままに新しいクラスに向かった。これから1年間どんな仲間と一緒に学校生活を送るのかとちょっと期待しながら・・・・・・
教室にクラス担任が入ってきて全員の前に立つ。メガネを掛けていて事務的な雰囲気を漂わせている人だな。そして彼は席に着いて待ってた生徒に向かって話を始める。
「この中で勇者は手を上げてくれ」
「はい!」
「はい!」
「僕も勇者だ!」
「私もです!」
「俺も勇者だぜ!」
「おいドンも勇者でごわす!」
「拙者も勇者だ!」
「身共も勇者なり!」
「麻呂も勇者でおじゃる~」
なになに?! 一体何がどうなっているの? 俺以外の男子全員が手を上げているぞ! ああ、でも1人だけ女子も手を上げているな。それにしてもいきなり勇者って・・・・・・ 何がどうなっているのか俺にはさっぱりだ。それ以上に返事をして手を上げたやつら、特に最後の方の連中はなんだかおかしくないか? 『おじゃる~』『麻呂』・・・・・・ どこの高貴な家の生まれだよ!
「それでは聖女は手を上げてくれ」
「はい」
「はい」
「はい」
担任の新たな質問に俺は椅子から転がり落ちそうになった。勇者に続いて聖女かよ?! でも今度は普通に返事をしながら女子たちの手が挙がったな。どうやら『おじゃる~』は女子にはいない模様だ。いやいや、ちょっと待とうか! ここで手を上げること自体全然普通ではないんですよ!
転がり落ちそうななった体勢を元に戻しながら俺は物凄い努力を伴って周囲を見渡してみる。こんな悪い冗談のような担任の第一声を聞いてもクラスの全員真剣な表情をしている。ねえ、一体どうなっているの? 夢なら早く覚めてくれ! 新学期早々この仕打ちは戸惑いを通り越して最早呆れてしまうぞ。
40人いるクラスのうち俺を除く男子全員と女子1人が勇者で、別の女の子1人を除く女子全員が聖女らしい。そのたった1人手を上げなかった女の子も俺同様に戸惑った表情を浮かべて回りをキョロキョロと見回しているぞ。うん、その気持ちはとってもよくわかる! 教室の空気がどう考えてもおかしいからな。
女子たちが手を下ろしたところで俺は考える。こいつら重度の厨2病を患っているのか? いや、でも担任の先生は至って真面目な顔で聞いていたよな。もしかしたら学校全体で壮大なドッキリを俺に仕掛けているんじゃないだろうか? でもその理由が俺には全く思い当たらないぞ。先生、早く説明プリーズ! 俺の頭の中に大量に浮かんでいるクエスチョンマークを早く解決してくれ!
「知ってのとおりこの聖紋学院は表向きは普通の高校だが、来たるべき異世界からの侵攻を防ぐ戦力を養成するために政府によって設立された特殊な学校だ。10年前から世界各地にダンジョンが出来ているのはニュースで聞いていると思うが、長年の研究の結果それは異世界からの侵略だと解明された。諸君はいずれやってくる異世界の魔物や魔王と対決するために選ばれた優秀な人材だ。その誇りを持って各自の能力に磨きをかけてもらいたい」
へっ? 『異世界からの侵略』『魔王』、一体それは何の話だ? ダンジョンが現れたというのはマスコミが大々的に報じていたから辛うじて知ってはいたけど、それは自衛隊とか訓練して資格を得た一部の特別な人たちが対処する戦場と同じような危険な場所という認識だった。俺自身ちょっとだけ興味があっていずれはどんな場所か一度くらい覗いてみたとは思っていたけど。
そもそも俺がこの聖紋学院を受験したのは、家から一番近くて入学試験は体力テストと面接のみという好条件だったからで、それ以外の何者でもない。それに学校案内には普通科としか書いていなかったから入学してからの教育内容に関して全く気にしていなかった。こんなお手軽に自分の進路を決めたのは、高校入試のためにわざわざ勉強に費やす時間がもったいなかったんだ。そんな暇があったら自分が好きなことをしていたいからな。なるべく世間から縛られずに自由に生きたいというのが俺の人生哲学だ。というよりも我が家の教育方針といってもいいだろう。両親も実の息子である俺が軽く引くくらいに自由な生き方をしているからな。
まだまだ先生の話は続くようだな。後々のためにしっかりと聞いておこうか。
「このAクラスには勇者と聖女、Bクラスには聖騎士と戦乙女、Cクラスには魔法使い、Dクラスには一般戦士、Eクラスには斥候役に適正がある生徒が集められている。いずれは他のクラスの生徒とパーティーを組んで諸君たちもダンジョンに挑んでもらうから、将来に備えて今のうちから仲間を作っておくんだ」
「先生、質問があります」
おや、1人の生徒が手を上げて質問を始めているぞ。わからないことは人に聞くのが一番手っ取り早いからこの生徒は中々いい心掛けをしているな。感心感心!
「いいだろう」
「何でこのクラスに勇者の資格を持たない一般人が紛れ込んでいるんですか?」
ああ、きっとそれは俺のことだよな。俺も当然その理由が知りたいぞ。もう1人の女の子もどうやら食い付き気味の表情で先生を見ている。
「勇者と聖女だけでは君たちの常識が世間一般とズレてしまうだろう。普通の人間をその目でしっかりと毎日見ることで、自らの力を自覚しながらも社会に適合していくためだよ。勇者の力は強大だ、だからこそ自分が一般人にどう接していくかを彼らを通して学んでほしい」
「つまり彼らは一般人のサンプルということですか?」
「わかりやすい言い方をするとそのとおりだね」
なんだって! 俺はサンプル扱いなのかよ! なんだか新学期早々腹が立ってきたぞ。これがこの学校のやり方なのか? この話を聞いただけで自分の安易な進路選びが大失敗だったと高らかに宣言する自信があるな。ヤケクソでクラッカーでも盛大に鳴らしてやろうかな。今手持ちがないけど帰りにドンキーに寄るか。そんな下らない思考に逃げ道を探している俺の耳に担任の次の声が届いてくる。
「それでは自己紹介をしてもらおうかな。自分が持っているステータス上の資格や職業をこの場ではっきりと言明するように。それでは出席番号1番の君から始めてくれ」
「はい、勇者の荒川 真です。特技は・・・・・・」
こうして自己紹介が開始される。そして俺の順番がやってきた。はー、自分をアピールする絶好の機会なのにこんなに気が重くなるとは思っていなかったぞ。
「四條 重徳、正真正銘の一般人だ。クラスでは適当にやらせてもらうからよろしく頼む」
俺の自己紹介を聞いたクラス内の反応は当然微妙なものになっている。まるで異分子が紛れ込んでいるという視線が集まっている気がするな。俺の被害妄想ではなくてこれは現実的な問題だ。勇者や聖女といった上流階級の皆さんの中に紛れもない平民が混ざっているんだから当然だよな。俺だって全然知らないままにこの場にいるんだから、文句があるなら入学を許可した学校側に言ってくれ。
「鴨川 歩美です。何の資格も持っていません。どうぞよろしくお願いします」
俯きがちに自己紹介をする女の子は1人だけ聖女の資格を持っていない例の手を上げなかった生徒だ。彼女にもなんだか哀れみの視線が集中している。自分たちは選ばれた者という優越感に浸っている視線で彼女を見ているようだな。勇者とか聖女とかって人格も高潔なものなんじゃないのかな? その点で行くとこのクラスにいる連中の大半が失格のような気がする。
「それでは30分後に体育館で学年全体のオリエンテーションを行う。時間に間に合うように集合してくれ。それまでは休み時間だ」
そう言って担任は教室を出て行く。俺は何をしようかと思いつつその後姿を見送るだけだった。するとその時・・・・・・
「君は、四條だったっけ? 僕は斉藤 信長。このクラスの感想はどうだい?」
前の席に座っていた生徒が振り返って俺に話し掛けてくる。その目には俺を馬鹿にしたような光はなく、普通のクラスメートに話し掛けるようなごく当たり前の態度だった。勇者の資格を持った鼻持ちならない連中の集まりと感じていた俺の中でのこのクラスの印象がこの生徒の出現でちょっと変わったような気がする。
「どうもこうも戸惑うことばかりでどうしていいかわからない」
「そんなに気にしなくていいいんじゃないの。勇者といってもここにいる大半は養殖だから」
「養殖?」
「ほら、あそこにいるやつらの会話をちょっと聞いてみなよ」
信長がこっそり指差す先には4人の男子が集まって顔見知りっぽい表情でなにやら話をしている。その会話内容に耳を傾けてみると・・・・・・
「お前は尊大予備校の勇者養成コース出身か。俺は皮射塾の出身だぜ」
「そうなのか、俺は佐々木ゼミナール勇者一発合格科だよ」
「中々勇者の資格なんて普通には取れないからな。勇者になりたいやつは小学校に入る前から専門の教育を受けて当たり前だろう」
「それに比べて一般人は哀れだな。俺たちエリートとも呼べる存在の勇者の中に放り込まれてどうしていいのかわからないみたいだぞ」
横目で俺がいる方を見ながら軽口を飛ばしている様子が伺える。ははーん、信長が明かした養殖勇者の正体がわかってきたな。あいつらはガキの頃から勇者になるために専門の教育を受けてきたんだ。勇者になるためのお受験戦争を潜り抜けてきたんだな。それでもこうしてここにいるというのは何らかの適性を持ってはいたんだろうけど。
「あれがクラスの4分の3を占める養殖勇者の実態だよ。ああ、僕は違うからね。生まれつき勇者の称号を持っていたから天然物の勇者だ」
そうなんだ、魚でも養殖よりも天然物の方が美味いよな。勇者にもそんな格差があるんだ。初めて聞いたよ、それとともになんだか目の前の信長が輝いて見えるな。その大層な名前はどうかと思うが・・・・・・
「そして僕には勇者としての大いなる目的がある」
「目的?」
「そうなんだ、僕は勇者としてぜひとも成し遂げたいたった1つの目的のためにこの学校に入学したんだ」
おお、なんだか凄い話になってきたぞ。勇者として人類に平和を齎したいとかそんな話になるのかな。
「勇者といえば可愛い女の子に囲まれたハーレムだ! 特に僕は異世界からやってくるエルフの幼女の体を上から下まで舐め回してやるんだ!」
「100回死んで来い! 101回目に転生したら話くらいは聞いてやる!」
こいつはアホか! 体中の力を総動員したデカい声で突っ込んでしまったじゃないか! おまわりさーん、ここに犯罪者の予備軍がいますよー! 今のうちに逮捕して社会から隔離してください! 2度と娑婆に出さないように無期懲役、もしくはこのまま後腐れないように死刑にしてください。さっきまで輝いていると感じた俺の大間違いだったようで、まるで腐った生ゴミが目の前にいる。サクッと前言は撤回しておこう。この信長改め『ロリ長』は変態勇者というレッテルを俺が自信を持ってその額に貼り付けてやる。
「さて、僕の神聖なる野望を明かしたからには四條、君は僕の仲間だ。これから仲良くやっていこう。僕と君で目的に向かって突き進むんだ!」
「近寄るな変態が! 誰がお前なんかと仲間になるか!」
エルフの幼女を舐め回すのが神聖な目的と公言するとは恐れ入る限りだ。こんなやつから仲間とは思われたくないと心の底から願っている俺がいるぞ。一緒にいるだけで周囲から変態扱いされそうだ。
「それはそうとして君は強いよね。現段階で恐らくこのクラスの中では5本の指に入りそうだよ。そんなオーラが体から溢れているのが僕にはわかるよ」
「体力と武術にはある程度自信はあるけど、勇者の中に混ざって5本の指に入る自信はないぞ」
ロリ長は急に真面目な表情で俺に全く別の話題を振ってくる。実は俺の家は楠木正成を源流とする吉野の南朝派の古武術の道場を営んでいるんだ。もちろんの物心つく頃から両親の教えで俺も自分の流派の技を叩き込まれている。受験勉強を横に置いてでもやりたかったのは己の体を鍛えて流派の真髄を極めたかったからだ。武術バカと言われても過言ではないかもしれないな。
「四條はステータスを確認したことはあるかい?」
「ステータス? さっき自己紹介の前に担任が何か言っていたけど、なんのこっちゃ俺にはわからなかったぞ」
確か中学校の時にもクラスの生徒が『俺のステータスがどうたら』と言っていたような気がするけど、てっきりそれはゲームの中の話だと思っていた。今のゲームはリアルな世界と変わりないくらいに精巧に出来ているという話を何かの折に聞いたからな。でも俺は『自分の強さは体に聞けばわかる』と思っていたから詳しい話には全く耳を傾けなかった。流派の技を会得する修行に夢中で、勉強を始めとした他のことに気を回す余裕もなかったからな。
「ほら、これのことだよ。ステータス、オープン!」
ロリ長が声を上げると彼の目の前に透明なウインドウが開いて各種の数値が記載されている。へー、てっきりゲームの話だと思っていたら、こうしてリアルの世界にステータスがあるんだな。
「このステータス画面は世界各地にダンジョンが出来始めた頃から地球上の全員に出現した能力だよ。それに伴って勇者や聖女といった職業を個人が持てるようになったんだ。でも出来るだけステータスは人には見せない方がいいけどね。四條も自分のステータスを開いてみろよ」
ロリ長の分際でこいつは中々親切なやつだな。ちょっとだけ俺の中で『親切な変態勇者』とこいつの位置付けを上方修正してやろうか。喜んでいいぞ、この変態めが。どれどれ、ちょっと興味が湧いて来たから自分のステータスを見てやろうじゃないか。
「ステータス、オープン!」
四條 重徳 レベル1 男 15歳
職業 武術家
体力 98
魔力 35
攻撃力 89
防御力 84
知力 57
保有スキル 四條流古武術 身体強化
注意事項 新たな職業はレベル20になると開示されます。
「やっぱり身体に関する数値が高いよ」
「それなりに鍛えてはいるからな」
ロリ長の話によると事務仕事をしている男性会社員の体力の平均が40~50、土木作業員が50~70、プロレスラーで100くらいだそうだ。養殖勇者の平均は150前後らしいけど、ロリ長の体力値は250を超えていたぞ。さすがは本物の勇者だな。そのほかにもスキルがたくさんあるし、初級の神聖魔法も使えるらしい。まことに羨ましい限りだ。いくら鍛えているからといっても数値上はこいつに勝てる気がしないな。だって俺の倍以上の体力があるんだぜ。変態ロリコンにはもったいない話だ。
「それにしてもおかしいな? ほら、ここの注意事項に『新たな職業』って記載があるだろう。レベルが上がると次の職業が出てくるなんてまるで出世魚だな」
「何がおかしいんだ? 会社員をしながら副業でラーメン屋を始める人もいるだろう」
世の中にはいくつもの職業を持っている人がいるから、俺が複数持っていたっておかしくはないと思うんだけど、ロリ長の表情がなんだか真剣に考え込んでいるかのようだ。俺の職業に何か問題でもあるのかな?
「ステータスに表示されるのはそういう表向きの職業じゃないんだよ。その人のもっと本質的に一番向いている職業が記載されるんだ。ちなみに一番最初の職業の『武術家』だけでも、Dクラスなら胸を張って入学できるんだよ。しかも四條の職業は条件を満たすと次第に隠された凄いやつが出てきそうだ。将来的にとんでもない大物になるかもしれないぞ!」
そうだったのか! ゼンゼンシラナカッタヨ! 興奮した表情で捲くし立てるロリ長に圧倒されながらステータス画面を見て考え込む俺だった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。この小説に興味が持てた方は感想、評価、ブックマークをお寄せください。今日中に第2話を投稿いたします。そちらもどうぞご覧ください。