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目覚めたら胎児だったので暇つぶしに肺呼吸の練習してたら最強の肺を手に入れた

作者: 立川梨里杏

目が覚めるとプールの様な所にいた。ぬるま湯に浸かっているような感じで暑くも寒くもなく、丁度いい。

……ん?どこだここ。私はさっき車に轢かれて死んだはずでは…?会社に遅刻しそうで普段通らない見通しの悪い道路を成人女性としてあるまじき形相で自転車で全速力で漕ぎまくって車と正面衝突してしまった。もう少し両親に親孝行してあげたかったけど死んでしまったのならしょうがない。

今の状況を確認しようと目を開けようと試みるが開かない。少し焦って自分(だと思われる)の身体を確かめる。手足、頭、ちゃんとある。手でお腹を触った時私は固まった。お腹の中心。本来ならへそと呼ばれる窪みがあるべき場所。そこに管の様なものがぶっ刺さっていた。

!?!?!?

引っ張ってみても全く抜けない。そういえばさっきから呼吸もしていない。

目が開かない、呼吸しない、へその緒。

マジですか……。

どうやら私は今胎児のようだ。


暇だーーーー。

あれからどれくらいの時間が経ったのか。時計もないから分からない。時々部屋(子宮)の外が煩くなるから新たな家族はだいぶ賑やかなようだ。早く会いたいがまだその時ではなさそうだ。

生まれ変わるのは別にいいんだけどなぜ胎児の時に意識があるの!?何もすることがないじゃないか!クソ暇だよ!!

意識が芽生えてから気付いたことといえば羊水が甘いこと。舌が発達して味を感じられるようになってよかったー。今の私の趣味は羊水ドリンクバー。何とも特殊な趣味だ。飲んだ羊水は勿論出す。最初は排泄したものをまた飲むことに抵抗があったが、老廃物は全てへその緒を通って排出されているからと割り切って飲むことにした。

そして私の中で今最もキテル娯楽は肺呼吸の練習をすることだ。羊水を肺の中に入れて肺を膨らませ、吐き出す。この感覚が癖になる。娯楽の少ないこの世界(子宮)で、私は瞬く間にこの趣味の虜になった。


そんなこんなで過ごしていた胎児ライフも遂に終わりを迎えた。

頭の位置が下がった。羊水を包んでいた膜が破れ羊水が流れ出した。

これはもしや、破水というやつか!?

まさか自分が胎児目線で出産を経験することになるとは。一種の興奮を覚えながらまだ見ぬ未来の母に向かってエールを送る。

頑張れ、頑張れ超頑張れ!!

私は少しずつ出口へと押し出されていく。へその緒が絡まないように注意しながら狭い子宮口の中を胎児の柔らかな頭の骨を駆使しながら進んで行った。

こうして私は相棒(羊水)もいなくなった空っぽの住処(子宮)に別れを告げた。


「お生まれになりました!元気な女の子です!」

新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで肺呼吸を開始する。

「おぎゃーっ!おぎゃーっ!」

挨拶がわりにあげた産声に響いた衝撃音。

薄っすら目を開けると何人か倒れている。

えええええ!?ちょいちょい、何これ、何これ!?

「な……今のは!?まさかこの子が……?」

え!?もしかして私!?私なの犯人!?

試しに軽めに泣いてみる。私の呼気で何人かよろめく。

……マジかー。

どうやら肺呼吸の練習をやりすぎて最強の肺活量を手に入れてしまったようだ。




「お姉さーん!換金お願いしまーす!」

国一番の冒険者ギルド。無骨な男たちが多くいる場にそぐわない高い声。その声の主は長い金髪に青い瞳を持つ少女。その美しさは中々お目にかかれるものではない。

「……先輩。あの女の子も冒険者なんですか?」

彼は先日入ったばかりの新人冒険者。ピカピカのEランクだ。見かけない女子に鼻の下が伸びた顔を隠し切れない。

「そうか、お前はまだ見たことなかったな」

「めちゃくちゃ可愛いっすね!オレ、声かけてみよっかなー…」

調子に乗ってそう呟く彼に、先輩と呼ばれた男は慌てて制止する。

「おまっ、やめとけ!!滅多なことを言うんじゃねえ!!」

半分の冒険者がEランクのまま終わることも多い中、この前Dランクに昇格した男が怯えている。偉大な先輩の初めて見るその様子に新人はごくりと唾を飲み込む。息を呑んで少女の様子を見つめていると。

「今日はこれでお願いしまーす」

何もないところからいきなり現れたサイコタイガー5体(翼の生えたトラ)に目を剥く。サイコタイガーはとても凶暴で、Bランクの冒険者が必死になってやっと倒せる魔物だ。それを5体……!?ありえない……っっ!!しかも今どこから出した?収納魔法か!?でも収納魔法はAランクの冒険者でも習得が難しいはずでは……!?真面目に座学の授業を受けていた新人は知識だけは豊富だった。

「あの子は一体……!?」

「Sランクの冒険者、肺袋のエラだ!」

すると少女が突然振り向いて叫ぶ。

「肺袋って、呼ぶなー!」

立派な造りのギルドが軋んだ。


大量のお金となった元サイコタイガー×5を懐に仕舞い私は上機嫌で家路に着く。大金を抱えたまま歩くのも不用心だし、何より面倒くさいので転移魔法を使う。私が胎児だった時から早16年。エレオノーラ・ペデラッティと名付けられ、名門侯爵令嬢として育った。2人のやんちゃな兄と可愛い弟に挟まれ、大らかな父と優しい母に囲まれてのびのびと育った。少々(肺が)立派に育ちすぎてしまった私が産声で数人吹き飛ばしてしまったあの事件、どうやら無意識に魔力を込めてしまっていたようだ。それから私は徹底的に魔力の制御をした。やってる内に楽しくなってきて冒険者ギルドにエラという偽名で登録した上にいつの間にかSランクまでなってしまっていた。肺に溜めた魔力でワンパンで倒す戦闘スタイルから付いた異名は「肺袋のエラ」。肺袋って何だ!?しかも魚類みたいに言うな!!めちゃくちゃカッコ悪いじゃないか!何度訂正しても浸透してしまってるため半ば諦めた。そんな私だが、表向きはどんな場にも顔を見せない病弱な令嬢という設定になっている。腹を抱えて笑った兄様達に深い溜息をつくと顔を青くして黙った。令嬢だからいつかは家のために嫁がなくてはならないのかもしれないけど、お父様は一生家に居ていい、むしろ居てくれと号泣する。ちょっと私のことが好きすぎると思う。お母様は本当に好きな人が出来たらその人としなさいと言ってくれる。あったかい家族に囲まれて本当に幸せ者だ。そう思っていたのだが。




「エラ様ですね?」

ギルドに止まった立派な二頭馬車の紋章は王家を表すグリフォン。私は引きつった顔のまま王城へと連行されて行った。

立派な馬車に乗せられた私はダラダラと冷や汗を滝のように流しながら小さくなって所在無く座っていた。王家は私にとって地雷なのだ。


今となっては引き篭もり(表)な私だが、昔は第3王子アルテオ殿下の遊び相手として王城に出入りしていたのだ。アルテオ殿下とは私が3歳の時に出会った。私より2歳年上の殿下は何かと年上ぶりたかったのだろう、私を色々な所に連れ回し……連れて行って下さった。それに黙って付き従っていた私だが、ある日それは起こった。

王城の裏にある森。私達は護衛の目を盗んで度々そこに忍び込んでいた。大きな木の空洞を魔法で掘った秘密基地。木の匂い、持ち込んだ毛布の柔らかさ、ぼんやりと灯したランプが心地良かった。

ギャイイイイイヤイイイアアア!!!!

2人の秘密基地に突如轟いた咆哮。飛び起きて外を覗くと魔物化した狼。この森は今まで魔物なんて出てこなかった王家所有の安全な森だ。それなのになぜ……!?

「レオニー!さがって!!」

ハッと我にかえると小さな王子(今世だけでは私の方が年下だが)が震えながらも私を守ろうとしていた。

「アル、私の後ろにいて」

「それはぼくのセリフだよ!?」

怯えてガタガタ震えているのに強がる王子。

「ぼくがきみをまもるんだ!だから、だから……っ!」

魔狼が基地に向かって突撃してきたため、間一髪で基地から出る。ーー王子を横抱きにしながら。これはいわゆる、お姫様だっk…。

「レオニー!!!おろして!!!」

王子が涙目で嫌がる。小さいながらも男としてのプライドがあるのだろう。しかし悪いな少年、今の私にはそれに構っている余裕はないのだ。

「うるさいっ!!!黙って言うこと聞きなさいっっっっっ!!!!」

王子を背に思いっきり叫んだら王子は気絶してしまった。前を向くと魔狼は泡を吹いて倒れていた。肺袋エラの魔物初討伐の瞬間だった。


幼気な少年(しかもやんごとない身分)の男子にお姫様抱っこをかまし、挙句のはてに怒鳴り散らして気絶させた。人生最大の黒歴史を十字架宜しく背負ってしまった私はそれから引き篭もる様になった。幼かった王子も成長して今では18歳ではないだろうか。なぜ今更呼ばれる!?もう地面にめり込む勢いで土下座しまくろう。この世界に土下座文化はないけど。



戦々恐々としながら通された一室。気分は隣の部屋の囚人が死刑になって自分はいつ殺されるのかと刑を待つ死刑囚だ。

扉が開いた瞬間、私は立ち上がり勢いよく頭を下げる。

「顔を上げて、楽にして座って」

恐る恐る顔を上げると目が潰れそうなほど眩しい美形が立っていた。私のよりも数段輝く金髪にエメラルドのような瞳。アイドルも顔負けの美貌。記憶にある声よりもずっと低いが、男性にしては高めの声が想像以上に心地よく感じたことに戸惑う。

私がエレオノーラだと……気づいて、ない?

様子を伺う私に殿下は微笑む。

「いきなり呼び出してごめんね。黒竜のことは知ってるかな?」

その言葉で私は顔をひきしめた。



黒竜は文字通り黒い竜で、膨大な魔力を持つ。この世界には竜が実在する。全魔物の中で最も強い。赤竜、青竜、緑竜など色々な種類が存在するのだが、黒竜はとても厄介だ。なぜなら黒竜は光属性の魔法の攻撃しか効かないからだ。この世界での魔法は火、水、風、土、雷、光があり、光の属性を持つ人はごく限られている。つまり黒竜は最強の中の最強の存在だ。黒竜討伐は不可能だと言われている。竜は普段からこの世界にいるわけではない。そうだったらこの世界は竜しかいなくなっている。何百年かに一度、時空の割れ目が発生し、そこから竜が出現することがあるらしいのだ。しかし膨大な年数の歴史書を遡ってみても黒竜が現れたのは今回が初めて。今のところ黒竜による被害は起きていないのが幸いだが、黒竜は大災害を引き起こす力を充分過ぎるほどに持っている。事が起きる前に時空間を繋げて何とか黒竜を元の世界に帰そうという作戦を今国で立てているらしい。そこで白羽の矢が立ったのは光属性を持つアルテオ殿下と現在唯一のS級冒険者である私。何とも無謀な作戦だ。どれか一つでも狂いが出れば終わりだ。しかし一つでも間違いが起きなければ成功する。人類の危機が起こってしまってからでは遅い。私は迷わずこの作戦に参加することにした。



そして迎えた作戦の日。竜の棲む山に降り立つ。30人の魔術師が時空間魔法を展開させた。第一段階、クリア。50人の魔術師によって防御魔法が施される。竜を起こさないようにするためここからは少数精鋭だ。私と殿下は5人の魔術師と共に黒竜が棲む山奥へと足を進めた。山奥の奥の奥の洞穴に竜はいた。人の気配を感じたのか黒竜がのそりと身体を起こす。ビリビリと伝わる圧力に油断すると押し潰されてしまいそうだ。テレパシーを使って会話を試みるが怒りしか伝わってこない。どうやら穏便な解決は見込めないようだ。私は苦い唾を飲み込んだ。


殿下の光魔法の斬撃に私の魔力を余剰にのせた攻撃。黒竜のブレスに50人がかりの防御魔法がビシビシと軋む。あと数回で粉々に砕けてしまうだろう。こちらは、特に殿下が限界だ。しかし黒竜も相当なダメージを受けている。殿下が渾身の力を振り絞って攻撃し、黒竜にモロに当たった。すると黒竜が光り出した。やったかーー!?誰もが勝利を確信した瞬間、その瞳を絶望に変えた。

黒竜が白く変化していたのだ。

なんということだ。黒竜の弱点は光。しかし光を受け続けると白竜になる。白竜の特徴は全属性耐性。つまり、魔法が効かないのだ。

黒竜討伐は不可能。私達はここに来て初めてその意味を理解した。

竜が大きく口を広げる。またブレスを打つ気だ。しかし分かっていても動けなかった。これ以上考えることを放棄していたのかもしれない。私は逃げることも、立ち向かうこともせず、ただただ目を見開いて呆然としていた。


ーー???

大きな光に飲み込まれ、衝撃を感じた。目を開けると。

!?!?!?

「けが………ない?レオニー」

私に覆いかぶさって血を出すのは。背中が抉れて血で塗れても笑顔で私の心配をするのは。

「ア……ル?」

「やっ….と、なまえ、よんで……くれ、た」

アルはそう言って目を閉じた。


プツン。

「いやああああああああ!!!!!」

アルが。アルが。力強く引っ張っていってくれた手、魔法を失敗してむくれた頰、木の匂いのする秘密基地。

アルが、アルが、誰よりも大切だったアルが。

息が切れるまで叫び続けた。

息が切れて我に返った。竜がダメージを受けている。どういうこと?白竜にはどんな攻撃も効かないのでは?

ハッと気付いた。白竜は魔法が効かないんじゃない。属性魔法が効かないんだ。つまり属性に当てはまらないでエネルギーを物理的にぶつける。

白竜の口が少しずつ開いていく。

私は大きく息を吸い込む。肺が空気でいっぱいになっても魔法で肺を広げ無理やり吸い込む。そして白竜が咆哮する前に勢いよく噴射した。白竜は時空間ゲートまで吹き飛んだ。

そのままゲートに入るかと思えば白竜は自分の牙を引き抜き粉々にしてそれを上に吹き飛ばした。キラキラした粒子になって私達に降り注ぐ。私の傷が回復し、驚愕に目を剥く。慌ててアルを確認すると、あれほどの大怪我がすっかり治っている。

《すまない、娘。我は深い眠りについていたようだ》

そう言い残してゲートの彼方へ消えていった。

「いや、寝ぼけてたんかーーーい!!」



「次の依頼、何がありますかー?」

国一番の冒険者ギルド。無骨な男たちが多くいる場にそぐわない高い声。その声の主は長い金髪に青い瞳を持つ少女。その横にべったりとまとわり……寄り添うのは。

「……先輩。エラさんの横にいる男は誰ですか?」

「おまっ、やめとけ!!滅多なことを言うんじゃねえ!!肺袋のエラに言い寄った男をあいつが片っ端から消してるって噂だ…」

何とも物騒な話に元新人は息を呑む。

「ええっ!てことはもしかして、あの肺袋エラさんの……!!」

すると少女が突然振り向いて叫ぶ。

「肺袋って、呼ぶなー!」

立派な造りのギルドの天井の一部が崩れた。



冒険者を最も多く輩出したとある国の一番のギルドには歴代最強のS級冒険者がいた。彼女は肺袋のエラと呼ばれあの白竜をも倒したと言われる。その彼女の側に常にいたのはえも言われぬほどの美貌の男。この男に関しての記述は殆ど残っていないが歴史的にも珍しい光属性の持ち主だったと言われている。しかし歴史に類を見ない程の愛妻家として語り継がれる第3王子であったアルテオ殿下も光属性であり、情報が混同している可能性もあるため、真偽のほどは定かではない。


読んで頂き、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] もしかして、主人公一人で対話に行けば、もっと安全にお帰りいただけたのではなかろうか [一言] 黒竜改め白竜さん、寝ぼけていたのね まあ、寝起きだったから仕方ないね 主人公の大声で目が覚…
[良い点] 面白かったです。
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