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三十歳になった。建築の設計よりも現場の方が肌に合っていると気づいた俺は、大工になって日に焼けて、結局あの時のおっさんそっくりになった。日焼けはタブーではなかったらしく、今のところ悪いことは起きていない。
嫁は見つかったがタイムマシンの製作者は未だ見つからず、そろそろ誕生日も近くなり諦めかけていたころ。
「タケちゃんタケちゃーん、聞いて驚けっ!」
嫁になった時子が帰って来るなり叫んだ。ちなみに家は二十年前から引っ越していない。お互いの職場も近いし最高の立地だ。
「タイムマシン完成したよっ!」
給料上がったとか、てっきりそんな話が来るとばかり思ってた俺は、ワンテンポずれて答えを返す。
「―――お前が作ってたのか。時子」
「ずっと黙っててゴメン。探してたもんね、タイムマシン作っている人」
こんな近くに製作者がいたとは、足を引っ張り上げて宙づりにされた気分だ。でも製作者が時子なら安心して話せる。
「お前に言っておかないといけない事がある。そう、あれは俺が十歳の頃…」
古臭いドラマのような変な出だしで、未来から来たと言うおっさん、つまりは俺の事を十年前の約束通り全て話した。
「すごい、それって成功したって最高の証でしょ!二十年前の会話を一言一句覚えているタケちゃんもすごいけど」
「確かにそうだが、やっぱり俺が行くって事だよな?」
「うん、そのために十年前に罠を使って捕獲したんだよ」
「気が早くないか?」
未来の為の布石を十年単位で打つなんて、俺には到底できない。おっさんに言われてほぼ確実な未来があると知っていたからこそだ。
「その後も問題なしの人物かどうか見極める必要があったからね。時間をさかのぼって悪さをするような人だったら困るし。確か、最初に会った時にタイムマシン作ろうとしているヤツいるかって聞いてきたでしょ。あれでちょっとダメかなとも思ったんだけど」
「信用のおける人物だと俺は判断されたわけだ。光栄の極みだな」
おまけに嫁にまでなってくれるなんて、確かに最高の嫁だ。
「……一番怖かったタイムパラドクスの心配もないみたいだし。最初に過去に戻ったタケちゃんはタイムマシンで来たタケちゃんに会わなかったのかと矛盾が生じるけれどそのタケちゃんももしかしたら未来のタケちゃんの助言を受けて今のタケちゃんと大して変わらなかったのかもしれない。そうなると一番初めに戻ったタケちゃんは何人前のタケちゃんなんだろう」
「おーい、戻ってこーい」
「はっ、私独り言を言ってた?夫婦は長年連れ添うと似てくると言うけど既にもうその兆しが?」
「今まで独り言が多くて悪かった。全部話した以上、もうそれも無くなるから安心しろ」
「それじゃタケちゃんの部屋にいこうか。自分の部屋で会ったんでしょ?」
「そうだけど、研究室でなくていいのか?」
「成功者がいるなら条件は同じにしておきたいんだよ。未来のタケちゃんに会ったのはいつ?」
すっかり変わってしまった自分の部屋へ行くと、あの時のおっさんがしていた機械と同じものを時子は取り出して時間をセットした。本当にいいのか、研究室から持ち出して。
「過去に行っていられるのは十分間だけね。まだ指定した時間同士で行き来するだけなんだ。融通を利かせるにはもう少し研究を進めないと」
「時子よ。大切な夫を過去に送り込むことに抵抗は無いのか?」
「子供のタケちゃんに会ったのは未来のタケちゃんなんでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「タケちゃん頑丈だから微塵も無いよ。大切な嫁を置いてどこかに行っちゃう心配もしてないから」
「いや、信じるにしても限度ってもんがあるだろ」
「大丈夫大丈夫。時子さんを信じなさい」
「未来から来たおっさんと会った身としては、行きだけなら大丈夫だとは思うが」
「もしこの場所のこの時間軸に帰れなかったら、私は泣きながら死ぬまでタケちゃんを探すことにするよ。平均寿命が八十歳だからあと五十年かぁ。私が死んだ後に戻ってきちゃったら墓参りしてね」
「絶対戻る。だから生きて待ってろ。……って、恥ずかしいこと言わせんな」
「あははは、映画みたーい。タケちゃんカッコイー。でもそれって結構やばいフラグ」
「だな。やっぱ今の無し」
馬鹿みたいな会話をしながら心の準備をするとともに、おっさんがメモを持っていたことを思い出す。
「過去まで戻って直してほしいところは?確かおっさんはメモを読み上げていたが嫁のくだりは時子が書いたんじゃないのか」
「直してほしいところなんてないよ。どんなタケちゃんでも私は結婚できるから」
「まぁ、確かにやんちゃしてたおっさんの俺でも選んだみたいだからその辺は信じるけど。…ん?じゃあ、あれは時子じゃなくておっさんが書いたメモだったのか。うわぁ、おっさんどんだけ嫁好きなんだよ」
真面目やサーフィンや母さんの助言でそこそこ助かったのは事実だが、まだ誰になるかもわからない嫁を大切にしろと小学生に諭したおっさん。
「のろけか……って言うか俺か!俺が言わねばならんのか!確かにメモでも読み上げなければやってられんわ!」
「はい、紙とペン」
「母さんは大切に、サーフィンはしない。少しだけ真面目になれ。嫁は大事に」
「あははは、書くんだ」
あの日、おっさんに言われたことを全て書き終えてペンを置くと、時子は装置の一番大きなボタンに手をかけた。
「では、幸運を祈る。カウント始めるよ。さん、にい」
「せめてテンカウント―――」
「いち、スイッチ、オン!」
目の前が一度真っ白になり、視界が元に戻ると二十年前の俺の部屋にいた。子供用の机やベッド、そしてランドセル。
あの時に会ったおっさんの立場になった。与えられた影響はおそらく劇的なものではない。けれどやはり確実に何か変わったはず。
生きるのがほんの少し楽になった程度かもしれない。今の自分に十分満足できているから、昔のオレにも同じ道を歩んでほしいと思う。
ガチャリと扉が開いてちみっちゃいオレが現れた。自分の時はそんなつもり無かったけれど、少しだけ呆然としているオレがなんだかおかしくて、思わず笑いながら声をかける。
「よお」
終わりです。有難うございました。