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 二十歳になった。声変わりを終えるといつのまにかおっさんと同じ声になっていた。おっさんの言う通り真面目になった俺は、理工学部や建築学部がある大学に通っている。うちは片親になったので高校を出たら働こうと思ったのに、なまじ成績優秀だったから母さんが猛反対した。

 あんな簡単な事をメモを見なければ言えないおっさんが、大学に通えていたとは思えない。もしかしたら歴史をかなり変えてしまったのかもと時々心配になる。


 誰が嫁になるのか、誰がタイムマシンを作るのか分からないままなので、男女問わず出会った人間に取り敢えず愛想をよくしておいた。おっさんみたいに目つきを悪くするまいと全開にするように心がけたが、かえって人が遠のくので人相を改善するのは諦めた。


 ある日の昼休み。自販機で買った紙コップのコーヒーを手に持ち、どこで飲もうかと場所を探す。真面目になったはずなのにほんの少し魔が差して、近道をする為に立ち入り禁止の芝生を突っ切った。ひゅっと音がして足元に何かがまとわりつくと、視界の上下が一気に反転して足が引っ張り上げられた。少しだけ懐かしい浮遊感。


「って、うわわわわわっ熱っちいいいい」

「あれ、こんな罠に引っかかる人がいるとは。しめしめ、実験台が入手できたぞっと」


 何らかの罠にかかって宙吊りになってしまった。近くの校舎から女の声が聞こえ、窓際に姿を現す。逆さになった俺の姿を見ると慌ててタオルを持ってくるのが見えた。


「ごめんなさーい。コーヒーを持ってこんな所を通るような人なんていないと思ってたから」

「いや、それより先に降ろしてほしいんだが」

「待ってて、今降ろすから」


 彼女は罠に繋がっているロープを切り落とした。案の定、いきなり体が落下したのが両手を付いて事なきを得る。

 頭が元の位置に戻って、初めて見える自分の惨状。


「ごめんなさい。火傷は大丈夫?」

「それは何とか…うあぁ、買ったばかりの白いセーターが悲惨な目に……」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 謝りながらタオルで拭いてくれてはいるが、顔にもセーターもごしごしと乱暴に扱うので取り上げた。


「いい、いい。自分で拭くから貸してくれ。気にするな」

「あからさまに落ち込んでるのに強がらなくていいよ。クリーニング代くらい払わせて」

「冬だからコートで隠せるし、家で洗濯するだけだからいい」

「だったらコーヒーだけでもここで飲んでく?結構良いもの出せるよ」


 右手に持ったままの空の紙コップを指さしたので、つられて目がそちらに行く。流石に何ももらわずにされるほど善人ではないし、彼女の為にも素直にもらっておこう。


「じゃ、遠慮なく」

「そう来なくちゃ。じゃ、あっちの入り口から回って」

「この部屋ん中、土足だろ。だったら窓からで良いって。よっ、と」

「おお~、身軽でうらやましいね。そこに座って待ってて、今入れてくるから」


 奥の部屋からこぽこぽと音がして、何とも言えないかぐわしい香りと共に彼女は再度姿を現した。

 

「おお、結構うまいな」

「ふっふっふー。こだわり抜いて豆からきちんと挽いてるからね。お褒めに預かり恐悦至極」

「ははっなんだそりゃ。ごちそーさん。ええと……建築学部の相沢あいざわたけしだ。ここは理工学部で合ってるか?」

「うん、理工学部の佐久間さくま時子ときこです」


 時子と言う名前に引っ掛かりを覚えた。時が名前についているからこいつがタイムマシンの製作者か。そんな安易な、という思いともしかしてと言う考えが同時に浮かんでせめぎ合っている。

 でも、まあ、知り合いになっておいて損は無いだろう。別の奴だとしてもここを拠点に探し出せば良いだけの話だ。


「時子の周りでタイムマシン作ろうとしているやつとか居るか?」

「どうしていきなりそんなことを聞くの。もしかして相沢君ってスパイかなんか?」

「あー。うーんと、漫画やアニメでよくあるロボットだの、パワードスーツだのってのはもうある程度はできてるとニュースで見たことはある。それでタイムマシンに挑戦している奴はいないかなーなんて」


 作ったヤツと会って仲良くしておきたいなんて言えるわけがない。過去を変える気満々の怪しい人間と思われても困る。


「どうだろうね。研究については割と秘密主義だからわかんないや」

「そうか。そう言えば実験台って何させるつもりなんだ?」

「え?」

「さっき罠に引っかかった時に言っていただろ」

「あ、ああーあれね。最低でも一週間に一度、ここへ顔を出してもらいたいんだよ。定期的に被験体になってくれる人が欲しかったんだ」

「危険なものか?」

「日常会話でちょっとしたデータを取りたいだけ」

「バイト代、出るか?」

「え?えっと…コーヒーくらいしか出せないけど…」

「よしっ、契約成立だ」

「えっ、そんなものでいいんだ?昼休みは大体ここにいるから好きな時に来ていいよ」

「了解。会話のデータか。タイムマシンは関係ないな」

「なんか言った?」

「いや、こっちの話。それにしても、十年ごとに宙づりになる呪いでもかかってんのかな」


 それから週に一度と言わずほぼ毎日時子の元へコーヒー目当てで通った。目的は昼食時の飲み物代節約……ではなくタイムマシンを作る奴を見つけること。ついでに嫁さがし。

 時子のいる研究室は大学の中庭が見渡せる位置に有るので、いろいろな学部の学生が見られるからだ。


「あの日に焼けた集団は何だ?スポーツでもやってんのか?」

「サーフィンをしているサークルらしいよ。留学じゃなくて波を追いかける目的で国外へ出るから、留年率ナンバーワンのサークルだって。最初は波のメカニズムなんかの研究をしていたはずなんだけど、いつのまにか乗る方が主体となってしまったようだね。こだわる理系に体育会系の気質が目覚めてしまったのかな」

「そういう事か」

「何が?」

「いや、何でもない。こっちのこと。―――意外だ、おっさんが大学に入ってたとは」


 そんで日数足りなくて留年を繰り返し大学中退か。いかにもな展開で、おっさんが悔いていることの一つ。

 集団は女の子に囲まれている。どいつもこいつも眩しいほどの笑顔だ。


「好きなことやれて幸せそうに見えるけれどなぁ」

「学費も旅費も親もちなんだろうね。それとも余程効率のいい稼ぎ方でも知っているのかな」


 時子の指摘で頭のレベルよりも金銭の問題に気付いた。おっさん、どれだけ母さんに迷惑かけてたんだ。もしかして怪しいバイトでもしてるのか。あ、もしかしてそれで俺に助言をしたのか。


「過去に来たヒーローみたいに思えてたのに、俺の中でおっさんの株は下がりっぱなしだぞ」

「独り言が多い、と。傍に人がいるにも拘らず会話が成り立たないのは少し不安だね」


 傍らにいる時子が不満げに言う。


「俺の株も下がりっぱなしか」

「ううん、観察している分にはとても面白い素材だと思うよ。ところでおっさんって誰?親戚の?」

「あと十年経ったら話せると思う」

「十年後まで実験に付き合ってくれるんだ?」

「どれだけデータが必要なんだよ」

「私の気が済むまで、かな?ついでにもう一つ質問。自分は善人だと思う?悪人だと思う?」

「悪人にならないように気を付けてはいる。自分自身を善人だと言う奴に本当の善人はいないだろ。気づかないうちに誰かしら傷つけている可能性だってあるんだから」

「ふうむ、なるほど、なるほど」


 何のデータか知らないが時子はノートに書き込んでいる。AIの実験でもしているんだろうか。何にせよ、俺は時子の実験がうまくいくように願っていた。


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