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「行ってらっしゃい」

 かちゃりと鍵を閉める音がして母さんたちが出かけると、家の中はしんと静まり返る。今日は一人で留守番だ。

 頭が痛いと言ってずる休みをしてしまった。学校に行かなくていいから嬉しいはずなのに、なんだか気分が重い。

 けれど、せっかくの休みを無駄にするもんかと自分の部屋に向かう。新作のゲームを誰にも邪魔されずにできる絶好のチャンスだ。


 自分の部屋のドアを開けると知らないおっさんがいた。いい子であるはずのオレはこれから寝る予定だったから窓とカーテンは閉まったままのはず。


「よお」

「おっさん、誰?泥棒?どこから入ったんだよ。目つき悪いね」

「おっさ……こんなクソガキだったか?まあ、いいか。俺は未来のお前だ」

「何だ、只の変な人か。頭が弱いみたいだから不法侵入は無かったことにしてやるよ。さっさと出てかないとケーサツ呼ぶよ」

「ちみっちゃいくせに度胸あんな、さっすが俺。うんうん」

「ちみっちゃい言うなっ」


 おっさんのひざを狙ってケリを入れようとすると、足をつかまれて逆さまに持ち上げられた。


「元気いーな、オイ。若いってのはうらやましいね」

「つ、強ええ…このけりで六年生も泣くのに。って言うか、はーなーせー」

「誰彼かまわず蹴りいれてたのも懐かしいな。それはそうとお前、今日ずる休みしただろ」

「なんでそれを。母さんだって騙せたのに」

「こんなに元気なんだから分からないワケがない。休んでそのゲームやるつもりだっただろ」

「おっさんのくせにちょーのーりょくしゃか。それともめんたりすとってやつか」

「未来のお前だって言ってるだろ。話が進まねえからいい加減信じろ。信じねえってんならそのゲームのストーリー最後までしゃっべっちまうぞ」

「そんなのやだ!信じる、信じるからおーろーせー」


 おっさんはくるりとひっくり返してオレをベッドに座らせ、自分は絨毯の上に胡坐をかいた。なんだか嬉しそうに部屋の中を見回している。腕には見たこともない重たそうな機械をつけていた。

 信じるって言ったけど、まだ半分だけだ。だって―――


「ホントはゲームやりたいから休んだんじゃないんだよ」

「ああ、知ってる。花瓶を割ったのは自分じゃないのに誰にも信じてもらえなかったんだよな」

「っ、なんで」

「教室の中で野球のまねして遊んで、俺は……お前はボールに見立てた雑巾を投げただけで、割ったのはほうきをぶん回してたあいつらだ。一人じゃ打てないってんで二人も三人もバッターになってた。違うか?」


 信じてくれる大人がいた。自分だから知ってるのは当たり前なんだけど、気づいてたら泣いてた。


「そばで見てた女の子たちもすげえ顔して睨んできたよな」

「っく、先生も、一緒に遊んでいたアイツらも、クラスのみんなも、オレがやったんだって」

「母ちゃんは信じてくれただろ」

「そう、って言ってため息ついただけだ」

「あれ、そうだったか?あー、あれは後から聞いた話だったな」

「そうなのか?」

「ああ、お前が嘘をつく時はちゃんとわかってるって母ちゃん言ってたぞ」

「じゃあ、もしかして今日のずる休みも」

「気づいているんだろうなぁ。ずる休みだってわかってるから、心配せずに母ちゃんも仕事行ったんだろ。分かりにくいよなぁ。何か誰も心配していないみたいでさ、辛かったよな」


 そう言うとおっさんはため息をついた。昨日から胸の中にあったモヤモヤが小さくなっていく。


「そっか、母さんは分かってるんだ」

「疲れてるだろうからな。態度があっさりしているのはしょうがないって」

「オレ、今からでも学校行った方が良いかな?」

「いや、そんな事したら周りにずる休みってのがばれちまうだろ。それより俺のいう事をきちんと覚えとけ。お前が俺と同じ三十歳になるまでだ。いいな?」

「うん、俺が十歳だから二十年後だな」

「そうだ、忘れないように今からいう事を俺の後に続いて言え」


 おっさんはポケットから取り出したメモを見ながら、すうっと息を吸って大きな声を出した。


「母ちゃんは大切に、はいっ」

「母ちゃ…母さんは大切に!」

「サーフィンはしない、はいっ」


 いきなり出てきた『サーフィン』の単語にオレは首をひねる。


「何でサーフィン?おっさん、だから日に焼けて真っ黒なのか。真っ黒なの誰かにバカにされたか?」

「目つきが悪いからな、ガラの悪いのに絡まれることはある」

「あはははははっ、わかった、日に焼けないように気を付ければいいんだな?」

「いや、それ以外の理由もあるからサーフィンだけはやるな」

「ふうん、わかった。サーフィンはしない」

「よし。それから嫁も大切に!はい」

「嫁がいるのか!誰だ?」


 意外だった。あんまりモテそうにみえないおっさんに嫁がいるとは。声だけはいいからかな?


「お前はまだ知らない。あれは最悪の出会いだった」

「最悪な嫁なのか」

「いや、そうじゃない。最悪なのは出会いだけで嫁は最高だ」

「最高の嫁…優しいか?かわいいか?お菓子が作れる子か?…おっさん、どうした。目ェそらして」

「そういう事は出来なくても俺にとっては最高の嫁なんだ。いいか?最悪の出会いにならないためにも今より少しだけ真面目になれ」

「まじめ。えっと母ちゃんが一つ目で、サーフィンが二つ目で、嫁が三つ目で、真面目が四つ目か?」


 指で数えて確認する。これ以上はちょっと無理だ。


「そうだ。いいか、今日みたいに逃げることは悪くない。どうにもならなくなって死んじまうよりよっぽどましだ。俺が言いたいのは逃げた後の事を考えろってこった」

「例えばどんなふうに?クラスで一番の成績を取るとか?」

「いいや、ほんの少し真面目になるだけでいい。例えば今日の授業で習ったところを先生に教えてもらうとかだ。皆が知っているのにお前だけ知らないとどんどん不安になっていくだろう?友達の事は後で考えろ。裏切られたって怒りはどっかに置いてにこにこしてろ。その方が物事は良い方に進んでくもんだ。後は……結構難しいな」

「なにが」

「言ってはいけない事があるんだ。未来から来たルールだ」

「破ると未来ケーサツに捕まるのか」

「そんなのは無い」

「タイムマシン作るのは誰だ?」

「それは……ゲッもう時間切れか。いいか、未来は悪いもんじゃないからふてくされるな――――」


 腕に付けてたなんかの機械がピカピカ光って、質問に答えることなくおっさんは突然消えた。また、家の中がしんっと静かになる。


「一体誰がタイムマシン作ったんだよ。って言うか嫁は誰だ」


 問いかけても返事は無い。おっさんのことを母さんに相談すれば、きっと今度こそ大げさに心配する。疲れている母さんをもっと疲れさせることになる。だから黙っていよう。

 それに、未来がきちんとあることを知って、それだけで少し気分が良くなった。


 次の日、先生に昨日の授業の内容を聞きに行ったらものすごく驚かれた。でもきちんと教えてくれた。花瓶が割れたことをまだ怒っていて教えてくれないかと思ったのに。だから納得いかないけれど、一緒に野球をやっていたのは本当だから謝った。先生が意地悪しないからこっちも素直に謝れたんだ。


 オレを犯人にしたヤツらがへらへらと話しかけてきた。頭に来たけど蹴りたいのをぐっとこらえてこっちもへらへら笑ってやった。そうしたら向こうから謝ってきたので、今度は教室の中ではなくて校庭で野球をやった。


 世界の全部が敵じゃなかった。怒りも寂しさもいつの間にかほんの少しだけ減っていた。

 悪い奴らがコテンパンにされるわけじゃなくて、いつもに戻っただけ。昨日よりも前に戻っただけ。

 おっさんに出会った事で何が変わったのかまだわからない。大きくなったらわかるのかな。


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