酷い人
「貴方は酷い人ですね」
ぽつり、と私は呟いた。それは、誰かの耳に届くこともなく、ただ、空っぽの部屋に響いた。
当たり前だ。誰かに聞かせるつもりなど、欠片も無いのだから。
「最初は、何時だったのかな」
そう続けて、思いを巡らせる。
はじまりは、そう、きっとあの時。
夏祭りが終わった後、一緒に行った友人達が、もう暗いからと家までついてきてくれた。
あの時、皆から少し離れて、何でもないように聞いてきた。
「お前は、まだあいつが好きなの?」
唐突すぎて、言葉の意味が分からず、一瞬キョトンとしてしまったが、漸く、音と単語が繋がる。
それから、質問に対しての答えを告げる。
「はい、好きですよ」
たったそれだけ答えた。
それが、はじまり。
二回目は、確か、皆で遊びに行った時。
学校が長期休業に入って、折角だからって、皆でちょっと遠くに出掛けた時。
他の皆が御手洗いに行って、私とあの人で荷物番をしていた。
そう、あの人は、スマホの画面とにらめっこしながら、然り気無く聞いてきた。
「まだ、好きなの?」
って。私は答えた。
「はい」
って。それで御仕舞い。
三回目は、あの人が入院した時。
やっぱり皆で、お見舞いに行って、私が一人だけ早く着きすぎて、外で待つのも寒かったから、先に病室に行っていた時。
病室で、ベッドに横になったあの人が、余りにも頼りなくて、少し不安になった。だから、当たり障りの無い会話をして、皆が来るのを待った。どういう話の流れだったか、兎も角、恋愛面の話になって、それで、
「まだ?」
そう聞かれた。意図は察して、
「はい、まだです」
そう答えて、それだけ。その後、直ぐに皆も到着して、それだけ。
四回目は、どうだっただろうか。…ああ、そうか。
最後の時だ。
あの人は、また入院していて、それで、あの人が、二人だけにして欲しいって言ったから、皆不思議そうに部屋を出て、でも、あの子とあの人だけは、どうしてだか苦しそうな顔をしていた。
今思えば、あの二人は気づいていたんだろう。
あの人の想いに。
でも、私は気付かなくて。
「ねえ、××。まだ、あいつが好き?」
って、そう聞かれたんだ。
こんな時に何を言うんだこの人は、と、そう思った。
でも、それを言葉にしようとして、あの人の目を見た時、ようやく分かった。
でも、それは遅すぎた。
だから、私は、いつものように答えるしか、なかった。
「はい、まだ…多分、ずっと」
あの人は、そっか、と笑って、
「叶うといいね、何時か」
きっと心にもないことを、言った。
それが分かったから、私はあの時、もう帰りますって、頭を下げて、逃げたんだ。
その数日後に、あの人が亡くなったと、聞かされた。
「答え合わせもせずに、逝ってしまった」
もしかしたら、端から答え合わせをするつもりなんて、なかったのかもしれない。
或いは私がもう少し早く気付いていれば、最後に聞く言葉は、質問ではなく、告白だったのかもしれない。
もしそうなら、それはきっと、そんなに綺麗なものではなくて、血の混じったような、苦しいものに違いない。
「ああ、いや。違うのか。」
多分、言う気はなかったんだ。あの人のいのちが短いことは、あの人自身が他の誰よりも良く知っている。
きっとあの人は、私を捕らえたかったんだ。
「もし本当にそうなら、あなたの企みは大成功ですね」
私は一生これを背負うことになる。あいつへの想いは変わらないけれど、あなたへの罪悪感も、一生拭い去ることは出来ない。
あなたは私を永遠に手に入れた。
「おめでとうございます」
いつかそっちに行った時は、ちゃんと答え合わせして下さいね。
お手にとって頂きありがとうございます。