第8話 万能通貨(3)
逃げる選択肢もあった。
迂回すれば相手から見えない俺は確実に逃げることができるかもしれない。
だけど俺にはその魔物を倒すだけの理由があった。
魔核。
ゴブリンともなれば高値で売れる可能性がある。
それに亜種といえど所詮はゴブリン、何とかなるかもしれない。
そう考えた俺は、万能通貨スキルを発動し、取得できるものを確認する。
「魔物との戦闘で有利になるスキル」
剣術(2)『2000G』
体術(1)『1000G』
身体能力強化(1)『1000G』
威圧(1)『1000G』
危機感知(1)『5000G』
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―――――…………
「多いな……」
スキルは一般的にレベル1を複数持つより、レベル2を1つ持つほうが有益といわれている。
これはスキルを沢山持っていても扱いきれなかったり、レベルの高いスキルは、レベル1のスキルより強力ってことが理由らしい。
けど、持ち合わせの金額では剣術(2)のスキルは取れない。
「無難に身体能力強化にするか」
身体能力強化のスキルなら戦闘だけでなく移動にも使えるはずだ。
『購入しますか?』
声に対して頭の中で返答する。
―――――スキル『身体能力強化』を取得しました。
取得を知らせる声が聞こえた。
俺は試しにスキルを発動してみる。
その瞬間、体が軽くなったり、まるで重い荷物がなくなったかのような解放感が満たす。
全身に力が漲ってくる。
「すごいな……」
って、感動してる場合じゃない、目の前のゴブリンの存在をすっかり忘れていた。
俺は改めて、ゴブリン亜種に目を向けた。
足元に気を付けながらゆっくりと近づく。
大丈夫……気付かれてない……
「ぐぎ」
まったく気付いていない。
もう目の前だ。
ゴブリンをこんな至近距離で見たのは初めてだな。
通常種のゴブリンと違ってやはり青い……
俺は剣を振りかぶる。
だけど相手が気づく様子はなかった。
(悪く思うなよ……)
そのまま思いっきりゴブリンの頭上に剣を振り下ろした。
◇
「…………」
俺はゴブリンが怖く目を固く瞑っていた。
振り下ろした後でゆっくりと目を開くと、それは地に伏せていた。
臆病になりすぎていたのかもしれない。
俺はあっけなく倒れたゴブリンをしばし茫然と見つめる。
そして、我に返ると、ゴブリン亜種を解体して、魔核を取り出す。
もしかしたらこのスキルとらなくても倒せたかもしれない、けど、これから使う可能性も十分にある。
Gは消費したけど、スキルはずっと使えるんだ。
損したわけじゃないんだし、前向きに考えよう。
俺はそう自分に言い聞かせる。
(スキルの地図を見る限りではもうすぐだな……もう暗くなっちゃったけどここまで来たら……)
思えばゴブリンクラスの魔物を倒したのはこれが初めてだ……何か感慨深いな。
いつもビビって逃げてたからなあ……
魔核はゴブリンのもので……いくらだろう。
スライムのものしか売ったことがないから分からないけど、もしかしたら1000Gとかするかもしれない。
亜種だから2000Gとか?
こんな時だけど内心ワクワクしてしまう。
(でも、こいつからしたら訳も分からずいきなり脳天から剣で切られたんだよな……)
魔物相手とはいえ少し気の毒。
「お、何か持ってる」
ゴブリンは腰布に縄を縛り、そこに引っかけるように小さな布袋をぶら下げていた。
ゴブリンは人間が捨てた武器なんかを使うことがある。
亜種は知能が高いから、もしかしたら通貨の価値を理解して持っているのかもしれない……ってのは、都合よく考えすぎだろうか。
俺は僅かな期待と共に中にあったものを取り出した。
腐った肉が入ってた。
「俺の期待を返してほしい……」
肉を放り投げて、汁が付着した手を服で拭う。
「くそ……肉ってお前……」
この蛆虫が沸いてる肉を食べるつもりだったのだろうか。
ゴブリン……恐ろしいな。
「お?」
しかし、悪いことばかりでもなかった。
布袋の奥に鉄貨が一枚入っていた。
すぐにスキルに吸収させる。
所持金『10G』
「まあ……ないよりはな」
薬草すら買えないけどな……
俺は気を取り直して先に進むことにする。
それより結構時間を使ってしまった……危ないけど、少し急ぐか。
俺はさきほど取得した身体能力強化を利用して、今までよりも素早く移動する。
これは、楽だな……動きやすい。
山道の中をすいすい移動できる。
―――透明化の効果が切れました。
「いきなり喋るなよ……ビビるだろ……」
唐突に頭の中に声が響いてきた。
びっくりした……びくってなったよ。
「けどあとは―――――っ!」
もう少しだ―――そう考えた瞬間、咄嗟に俺はそれを避けた。
「っ!」
後ろにあった木がバキバキと音を立てて倒れた。
避けれたのは偶然だった……いや、身体能力強化があったからだろう。
なかったらたぶん内臓ぶちまけてたと思う。
暗すぎて近付くまで気付かなかった。
「おいおい、マジか……」
俺は慌てて距離をとる。
暗いけどなんとなく俺と言う獲物を前に獰猛な笑みを浮かべている気がした。
俺は内心で毒づいた。
舌打ちをして自分の運のなさを呪った。
予想外だな。
いや、もしかしたらとは思っていた。
だけど、ここまで来たら大丈夫だって勝手に油断してた。
「くそっ……!」
なんで最後の最後で……こんなところに――――
「オークがいるんだよ……ッ!」
俺は再び剣を握り締める。
その剣は先ほどのゴブリンの血がべっとりとついている。
もしかして……血の臭いか?
できるだけ静かに移動してたつもりだけど、血の臭いがしたから警戒してたとか?
魔物って鼻がいいんだな。
それともゴブリンの一瞬聞こえた断末魔のせいか?
俺が物音を立ててたとか?
あるいは、あるいは、あるいは。
考え出したらキリがない、偶然なのかもしれない。
けど……見つかったからには、もう遅い。
たらりと汗が伝う。
オークはこちらを威嚇するように雄叫びをあげた。
「GUOOOOOOOOOOッ!!!!!」
威圧感に体が強張る。
剣を持つ手に力を入れることで恐怖心を掻き消した。
ここまで来たら……逃げ切ってやる。
脚の震えを必死に抑えながら覚悟を決める。
生きて帰るんだ。
絶対に。