第5話 未知のスキル
バランスを崩した俺の体は、ぐらりと傾きあっけなく崖に吸い込まれる。
傾斜と呼ぶにはあまりに急な斜面を転がるように落ちていく。
「がっ、ぐっ!?」
石にぶつかり、立木に腕を打ち付け、顔面を強打し。
時間にしたらそんなに長くはなかったのかもしれない。
けど、俺にとってはその時間がやけに長く感じられた。
その後、俺の体は物凄い衝撃とともに地面に打ち付けられる。
「痛ぇ……!」
痛む体を押して見上げてみると、
体感より、高さはなかった。
幸い周囲に魔物の気配はない。
けど……
「ぐっ……!?」
足を動かそうとすると激痛が走る。
その痛みは全身を走り体中が悲鳴を上げている。
右腕だけは唯一動かせた……けど、当然右腕だけではこの場からは動けない。
「折れ、てる……」
俺にとって絶望的なことはそれだけじゃなかった。
方向を気にせず走ってきたことと、高いところから落ちたせいで全くこの場所がわからなくなっていた。
「ここ、どこだよ……」
血の気が引いた。
この場所が全くわからない。
それにいつ魔物が出てくるとも限らない。
そんな場所で俺は動けなくなってしまった。
幸いさっきのオークはここまでは追ってきてはいなかった……
「薬草、は……」
ない。
落下の途中でどこかへ落してしまったようだ。
ポケットの中を探ってみると……数枚の銀貨と銅貨が入っていた。
剣は……あった、近くに落ちている。
だけど、怪我をして腕の折れた状態で剣を振れるとも思えない。
あれ、もしかして……これやばい?
今まで感じたことのない危機感が頭の中で大音量を鳴らす。
鮮明すぎる死の予感が脳裏をよぎる。
「くそ……」
俺……死ぬのかな……
◇
それから半日が過ぎた。
俺はまだ生きていた。
一応、だけど。
「…………」
魔物に見つからなかったのは奇跡に近いだろう。
だけど、それも時間の問題……
空が赤みを増し、日も暮れ始めた。
「……なんでこんなことになったんだっけ」
動けない体では、何もすることができない。
強打した部分も膨らみ、腫れてきた。
幸い、時間が経つにつれ痛みの感覚も薄くなってきている。
死を覚悟しながら、次第に俺は今までのことを思い返し始めた。
訳も分からず押し付けられた借金。
馬鹿にしてくる冒険者。
蔑みの目で見てくる街の人間。
汚いだけで殴ってきた貴族。
そして――――
俺を捨てた両親。
「ふざ、けるな……」
涙が溢れてきたけど、拭う気力すらない。
「金……か」
そんなもののせいで俺は捨てられたのか。
「なんでだよ……父さん、母さん……」
俺よりお金が大事だったのかよ?
「あんなに、楽しかったじゃんかよ……」
俺だけだったのか……幸せだと思っていたのは。
ずっと続くと思ってたのは……
二人にとって、俺と過ごした日々はその程度のものだったのか……?
お腹がグウとなり、空腹感が支配し始めた。
そういえばここ最近まともなものを食べてなった。
それも金があれば解決するんだよな……
金があれば学園にも通えた。
美味いものも食えた。
捨てられなかった。
こんなことにならなかった。
今までに感じたことのない強い感情がふつふつと腹の底から湧いてくる。
「くははっ」
俺の顔になぜか笑みがこぼれる。
なんで笑ったのか自分でもわからなった。
それは不思議な感情だった。
なぜだろう?
それは、自分を捨てた両親への怒りでも、空腹を満たしてくれる食べ物でも、俺を馬鹿にしたやつらのことでもなかった。
「……欲しいなあ」
とは言ったものの、何が欲しいのか。
俺にはわからない。
頭が妙にふわふわする。
落ちるときに頭を打ったからだろうか。
傷と空腹で頭が混乱しているのかもしれない。
けど、その欲しいものはお金があれば……手に入ったんだろうか?
いや、きっと手に入ったんだろう。
服も、食べ物も、愛情も……そして、幸せも。
こんな目に合うこともなかった。
死を前にしてそれが何の役にも立たないことは分かっている。
だけど、止まらない。
お金があれば助かるかもしれないとなんの根拠もないことが頭をめぐる。
死を目前にして精神状態がおかしくなっているのかもしれない。
「ははっ、なんか幻聴聞こえた……」
突然声が聞こえた。
男か女かも分からない中性的で機械的な声だった。
無機質に伝えてくる、それは―――
――――スキル『万能通貨』を取得しました。
聞いたことのないスキルの取得を知らせる声だった。