第41話 ラムール
生きていた盗賊を縄で縛り、死体はアンデッドになるのを防ぐために焼いた。
盗賊は冒険者ギルドに行けばお金になるらしく、その後は奴隷になるようだが自業自得だろう。 敗北した盗賊たちは自分の仲間の死骸が焼かれるところを見て涙を流している。もしくは、奴隷になる未来を悔やんでいるのかもしれない。どちらにせよ、自業自得だ。
遠慮なくお金に変えさせてもらう。一切、そこに哀れみはない。
「どうやら穴を掘っていたようですね。トラップですよ」
「抜けれそうですか?」
「車輪自体は破損はしていないので大丈夫だと思います」
時間はかかりますけどね、とデーネルさんが付け足す。
盗賊たちは進行方向に穴を掘って、馬車はそこに嵌ってしまったようだ。
街道沿いを狙う盗賊らしい古典的なやりかただ。
馬車のことは全く詳しくないので、こういうのは当人に任せた方がいいだろう。
「あの、ご主人様……御怪我はありませんか?」
ミアが心配そうに声をかけてくる。不安げな視線が少し痛い。
かすり傷一つ負っていないので、小さく笑って大丈夫だと伝える。
ミアは相変わらず心配性である。少し過保護じゃないかな。
するとリンゼさんがやたら興奮したように名前を呼んできた。
そちらに向かうとリンゼさんはぐいっと顔を寄せてくる。
ち、近い近い。リンゼさんの熱い視線が僕を射止める。
「あんなに強いのにどうして黙ってたのよ!」
「わ、わざわざ言うようなことでもないかなって」
「いやいや、あるわよ! 何よあれ! なんであんなに強いのよー!」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。ここまで言われるとは思わなかった。
あわあわと俺が困っているのをサリアさんが助け舟を出してくれた。
「ベル君が困ってますよ? 少しは落ち着きましょうよ」
不満そうながらもリンゼさんは渋々下がった。
まあ冒険者同士で手の内の探り合いは御法度だからな。
暗黙の了解と言うか、信頼できるパーティーを組んでない限り、自分の弱点は見せない。
リンゼさんも少し落ち着きを取り戻した。
「ごめんなさいね? リンゼって強い人を見ると大体ああなっちゃうんです」
サリアさんがおっとりした笑顔でフォローを入れる。
戦士ってこういう人のことを言うのか。
いえいえ、気にしてませんよと手首を横に振って返しておいた。
「ねぇねぇ、ベル君はミアちゃんと仲良さそうだけど友達なの?」
サリアさんとの会話にルーシャさんがいきなり入ってくる。
なぜか恐る恐ると言った様子だ。さっきのやりとりを見てたら疑うのも仕方がない。
ミアが猫耳をぴこん! とさせたのが見えた。
しかし俺はと言えば、どう答えたら良いか分からない質問に首を傾げる。
「? んー、友達というよりは妹みたいな感じですね」
ルーシャさんがぱーっと顔を明るくした。
サリアさんも微妙に笑みを深める。
そんな二人を見たリンゼさんは、へえ? と悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
何だろうこの空気。妙に怖い。
「ベル、あなたも中々やるわね」
リンゼさんが意味深に肩を叩いてくる。
何がだろうか……俺が一緒に退治した盗賊との戦いのことか?
「あははっ、その辺りはまだ年相応なのねっ、でもそのうち分かると思うわよ? それまで男を磨いてなさい」
その言葉に俺は曖昧に返事を返すことしかできなかった。
ミアを守るために男を磨くのであれば、それは義務だと思う。
「ぁう……ライバルが……」
「?」
ミアはミアでなぜか顔を青くしていた。
なんか可哀想なので頭を一撫でりすると、ぴこんと耳を立てて元気を取り戻した。
◇
デーネルさんにそろそろ終わるから準備しておいてくれと言われた。
荷物をまとめて立ち上がるとルーシャさんが提案してきた。
「席順を決めましょう」
席順……? 別に変える必要ってあるのか?
よく分からないので、ルーシャさんに聞き返す。
「席順とは?」
「ずっと同じ席っていうのも疲れるでしょう?」
それもそう……か?
馬車での遠出が初めてだったので、細かいところは特に意識してなかった。
でも、そういうものなのだろうか。
先輩にあやかって、俺は言うことを聞くことにした。
「私とサリアがベル君の隣に行こうと思うのだけれど、どうかしら?」
「賛成です」
ふむ? よくわからなけど、それでルーシャさんたちが疲れないというならいいと思う。
と、思ったら、ダンッと立ち上がってミアが声を荒げた。
「は、反対ですっ!」
「はいはい、却下よ。さあ! ベル君行くわよ!」
即座にミアを一蹴したルーシャさんとサリアさんに腕を掴まれて運ばれる。
ちょ、意外と力が……
「ふふっ」
機嫌が良さそうなルーシャさんとサリアさん。
美女の間に挟まれると、けっこう恐縮してしまう。
しかし、対面に座ったリンゼさんとミアはよく分からない反応を見せた。
「うぅ、横暴です……私のご主人様なのに……」
そして、リンゼさんはリンゼさんで楽しそうにケラケラと笑っていた。
可愛げのある妹分が出来たのか、ミアの肩を撫でたりスキンシップを図っている
うーん、よく分からない……あと、密着しすぎてやたらと狭い。
「あの? 何か近くないですか?」
「気のせいよ」
「そうです、気のせいです」
「気のせいじゃないです!? 近すぎです! 離れてください!」
盗賊と戦う時に命を預け合ったからか、距離が最初よりも縮まっている気がした。
ミアはなぜか不満そうにしているけど、こういうのも悪くないんじゃないかと俺は思う。
なんか、久しぶりに人に優しくされた気がして、癒やされた。
次第に馬車の揺れを心地良く感じ始め、ゆっくりと意識が微睡みに落ちていった。
そんな調子で馬車旅は続いた。
何度かよく分からない揉め事はあったものの、ほとんど問題なく時間は過ぎていく。
そうして、数日後———
「見えてきました、ラムールです」
そう言われて馬車から顔を出してみると、遠くの方に城壁が見えてきていた。話には聞いていたが大きいな。
城壁から少し離れたあたりには畑が広がっていて、様々な作物が育てられているみたいだ。
農作業をしている人たちの家は見当たらないので壁の内側にあるんだろう。
畑が壁の外にあったら魔物に作物とかを食べられてしまうし、危険なんじゃないかと思ってデーネルさんに聞いてみる。
すると、都市の食料の問題上、壁外で“ついで”に畑を作っているらしい。城壁内だと日陰ばかりだから農作物が育ちにくいってこともあるらしい。
魔物の対策に、魔物が嫌がる臭いを出す植物を焼いたりと、色々対策をとっているそうだ。
城壁で日陰になっているところには露店商や出店が店を広げて、冒険者に必要な消耗品や武器、食料を売っている。
目的地がこの先の人たちにとっては、わざわざ町に入らなくても補給ができるのはありがたい。
そうやって変わっていく景色を楽しんでいるうちに、ラムールの入り口に着く。
町に入るための審査を待つ人で列ができていた。
「お久しぶりです、デーネルさん。リンゼさんたちも無事に依頼を終えることが出来たようですね」
「えぇ、お久しぶりです」
門番の男の人と顔見知りなのか、親し気に話しかけてきた。
するとリンゼさんがぼやいた。
「と言っても、何事もなくってわけにはいかなかったけどね」
「それはどういう……って、その男は……っ!? 賞金首になってた盗賊団の頭目じゃないですか! よく無事でしたね……」
縄で縛られているアルゴラを見て顔色を変えた。
逃げようとしているけど、何重にも縄で縛られているため盗賊たちは逃げられない。
すぐに衛兵が呼ばれて確認を取る。
「確認しました、盗賊アルゴラに間違いないようですね」
袋にいくらかのお金が入っているのかジャラリと音が鳴った。
それをリンゼさんは受け取ると、こちらへとそれを放り投げてきた。
慌てて俺はそれを受け取る。
「ベルがいなかったら私たちは死んでた。受け取ってくれるわね?」
「でもそれを言うなら皆さんがいなかったら」
そのまま続けようとしたところで、リンゼさんに止められた。
「こらこら、子供がそんな気を使わないの。お姉さんにも格好つけさせなさい」
むぅ……不満はあるが、実際年齢で言えば子供なので何も言えない。
とりあえず、そのご厚意に預からせてもらおう。
「……今度ご飯奢らせてください」
きょとんとした後でリンゼさんは二カッと快活に笑った。
リンゼさんたちと約束を交わすと、今度は街に入るためのいくつかの簡単なあれこれを済ませていく。
犯罪歴はないかと調べられた時に、もしかしたら盗賊を殺したことに何かあるかと思ったけど、何事もなかった。
やっぱり、人を殺していい思いはあまりしない。戦っている時はそんなことなかったのに。
「ようこそ、ラムールへ」
こうして俺たちはラムールへ入ることが出来た。
リンゼさんたちは依頼を終わらせたし、俺たちは宿を探さないといけない。
だからここからは別行動だ
「じゃあね、リンゼ……例え離れていても」
「あんたはこっちよ」
ルーシャさんがなぜかこっちについてこようとしたのでリンゼさんに引っ張られていった。
露骨に不満そうだった。
確かに俺としても、せっかく仲良くなれたのに寂しいなとは思う。
また会う時が来たら、もう少しお互いのことを話してみたいな。
「じゃあいきましょうか、ベル君」
「あんたもよ、サリア!」




