第4話 親が残したもの(3)
「あ、あの!」
気付けば俺は声をかけていた。
突然声をかけられたため、話していた冒険者らしき2人は俺に目を向ける。
一人は茶色っぽい鎧を纏い、整った髭をはやし、もう一人は銀色の鎖かたびらを身に纏い、頭には頭巾のようなものをかぶっていた。
「ん? なんだ坊主?」
俺の問いかけに答えたのは、茶色のほうで、よく見ると以前に街でぶつかった人だった。
向こうは俺のことを覚えてはいないみたいだったけど、知った顔ということで少し安心した。
「さっきの話詳しく聞かせてもらえないでしょうか?」
聞けば、この街の近くの山奥に財宝が眠ってるとか。
凶悪な魔物がそれを守ってるとも、それに挑戦した人間が何人も行方不明になってるとか、ドラゴンらしき影を見たとか……
あ、怪しい……胡散臭すぎる……
けど、それが本当なら一発逆転もある。
「何だ坊主? 探そうって思ってんのか?」
頭の中で、財宝を手にし、完済するところを想像していた。
自分の中で覚悟を決める。
「やめとけ、話した俺が言うのもなんだが、絶対嘘だと思うぜ? 誰かが酒の席でした作り話だよ」
「分かってます……でも……」
このままだとどうせ奴隷になるだけ、分が悪くても賭けるしかない。
「命あってこそだろ? 金なんかよりもな」
だけど、男は論してくる。
金よりも命だと。
俺はその考え方に無性にイラついた。
こっちの事情を何も知らない大人が知ったようなことを言ってくる。
「ほら、これやるからなんか美味いもんでも食えよ」
よほど俺がみすぼらしく、物欲しそうに見えたのか、銀貨を数枚投げて渡される。
渡されたお金は俺の稼ぎの全てを上回っていた。
同情か……
それは今の自分には何よりの侮辱だった。
悔しかったし、怒りたかった、怒鳴り散らしたかった。
だけど、何よりも……
咄嗟にそのお金を受け取った自分に腹が立った――――
◇
この日、俺はいつも薬草集めをしている場所とは別の山に来ていた。
いつもは麓まで、しかも小さい山だけど、今回のこの山は非常に範囲が広い。
知らない場所と言う不安を振り払う様に一歩を踏み出した。
「どうせこのままじゃジリ貧だしな……」
死ぬのは怖いし、恐ろしい。
だけどあの冒険者の言うことを素直に聞くつもりはない。
これは意地だ。
ちっぽけな子供の意地。
「絶対見つけてやる……」
俺はそう覚悟を決めると、所々刃こぼれしている鉄の剣をぶら下げて山へ行く。
そこは薄暗く、いびつな木々がひしめき合っている。
足元には、見たこともない植物が生え、ツタのようなのが足に絡まり
歩くことも困難だ。
「何も出ないな」
幸いというか、魔物の姿は見当たらない。
少し拍子抜けた……
けど、歩いているはいいものの、明確な目的があるわけではなかった。
こういう時はどこを探せばいいのだろう。
「何も考えてなかった……」
俺は馬鹿なのかな?…うん、多分馬鹿なのだろう。
だからあんな親のことを信用できた。
けど、何の情報もないとどうすることもできない…
「まあ、今日は様子見だしな」
正直なところ、一日で見つかるとは思ってない。
今日ここに来たのは、山の中にどんな魔物がいるのか、
山道は自分でも進めるのか、要するに下調べをしに来たのだ。
幸い、というか銀貨を受け取ってしまったので、何日分かの余裕はある。
薬草集めをしなくてもしばらくは大丈夫だ。
「―――ッ!」
考え込んでいたところに、突然物音が起き、俺は身を硬直させる。
震える体で、恐る恐るその音の方向を見る……
草の隙間からゆっくりと姿を現したそれは、ただのスライムだった。
「……びっくりした」
スライムは移動速度が遅い。
さらに離れていれば攻撃してくることもないため、安全で弱い魔物だ。
勿論ここでスライム以外の魔物と遭遇していたら、俺はどうすることもできなかった。
けど運がいい。
スライムの魔核だけはもらっておこう。
俺は剣を抜いてスライムと対峙する。
剣を軽く構え振り抜こうと―――――
「え」
それと目が合った。
遠くからこちらをうかがってる緑の体色をした魔物。
オーク。
その体は巨体で2m以上もあり、その体は筋肉で覆われている。
ボロボロの腰布を身に着け、巨大な棍棒を振るう原始的な魔物。
オークはこちらを認識するとニタリと笑みを浮かべ突進してくる。
「くそっ!」
俺は剣を引っ込め、スライムも素通りして一目散に逃げだす。
俺の剣術スキルでは到底かなう相手ではない。
戦おうとすら思えない。
理屈じゃない、それは理性ではどうにもできない感情だ。
怖い。
オークは確かDランク。
無理だ絶対に勝てない。
ゴブリンクラスなら偶然が重なれば勝てる可能性もあった。
けど、オークとなるとそうもいかない。
まさかオークが出る森だったなんてこと自体が予想外だった。
完全に高を括って油断してた。
走りながら後ろを振り返る。
オークは相変わらず追いかけていた。
数は1匹だけど、逆にそれが恐ろしい。
もしかしたらどこかに他のオークがいて自分を待ち伏せてるんじゃないかと。
「はっ、はっ、はっ」
だけど、止まるわけにはいかない。
どちらにしろ薬草だけ集めていてもいずれ奴隷になる。
そう考えた俺は、街と逆方向に逃げていた。
転びそうになりながら、ふらつきながら……ただひたすらに。
「ハァハァ……」
もう一度後ろを振り返ると距離が少し離れていた。
この障害物だらけの道では、あの巨体が早さを殺しているようだ。
こちらは小回りを利用しながらわざと視界の悪い方へと進んでいく。
よし、このまま逃げ切れる……
そう思った時だった。
「GIIIIIIIIIIIIっ!!」
オークは耳障りな声を上げると、手に持っていた棍棒をこちらに投げてきた。
「くっ、そ……!」
体を捻って何とか躱す。
さすがにこれが直撃していたら死んでいたかもしれない。
けど、何とか避けることができた。
緊張で吐きそうになるが、何とか堪える。
後ろを見ていなかったら避けられなかったな……ひやりとしながらも転ばないように体勢を整えようとする。
「―――――――」
前に視線を戻したとき、そこに地面はなかった。
「え?」
そのまま俺は崖の底へと落ちていった――――