第34話 回収
就寝前。
アリスさんは隣の部屋を使い、ミアはこの部屋の床に布団を敷いて寝ている。
どうせなら違う部屋のベッド使えばいいのではと思ったけど、寂しがり屋なミアは瞳をうるうるさせてきたので同じ部屋で寝ることにした。
俺としてもミアの過去を聞いた後で、一人で寝ろとは言いづらかったからな。
寝る前に色々と確認する。
軽く体を動かして痛む箇所を確認する。
「っ……!」
全身を伸ばそうとしたけどそれはやはり無理だった。
「怪我の回復……2割くらい」
アリスさんがいないうちに万能通貨で体力を少し回復しておくことにした。
少しだけ体の感覚が軽くなる。
もう一度腕を少し動かして状態を確認した。
まだちょっと変な感じだけど……さっきよりはだいぶマシだ。
しばらくは寝たきりになるだろうけど、この分なら案外早くに動けるようになるだろう。
やらないといけないこともあるし、早く治さないとな。
翌日アリスさんは俺の体を見て驚いていた。
怪我の治りが思ったよりも早いらしい。
俺にはよく分からないけど、医者のアリスさんから見たら違和感があるのだろう。
2割は多かったか……今度はもっと気を付けよう。
◇
数日後。
最初は家に初対面の人がいるってことで少し緊張してたけど今ではアリスさんとだいぶ打ち解けることが出来てきたように思う。
自然と会話が弾み俺たちは、アリスさんのことを教えてもらっていた。
「え? アリスさんってハーフエルフなんですか?」
包帯を替えてもらいながら思わず聞き返す。
ミアも俺の隣で驚いていた。
エルフは排他的な種族であまり人前に出てくることはない。
中には普通に里の外で生活してる人もいるけど、それも少数派だ。
少なくとも俺は見たことがなかった。
「やっぱり珍しいかな? ほら、耳も少し尖ってるだろう?」
薄い緑色の髪を手で上げて、耳を見せてくれる。
言われてみればアリスさんの耳は僅かに長い気がした。
あまり気にはならなかったけど、やはりエルフという種族の珍しさについじろじろと見てしまう。
「確かにエルフは里から出ることはあまりないけどね、でも私には目的があってね」
「目的、ですか?」
聞いてもいいのだろうかと、少しだけ悩む。
するとアリスさんはあっさりと教えてくれた。
「君たちと同じくらいの娘がいるんだよ、……その娘に外の世界を見せてあげたくてね」
そうなのか……ということはアリスさんの娘さんも街にいるのだろうか?
あれ? でもちょっと待てよ……俺やミアと同じくらいの年の娘がいるってことはアリスさんの年齢は……いや、やめておこう。
触れない方がいいこともあるだろう。
「だからかな……あんなに必死に助けを求めてきた女の子を放っておけなかった。君は本当にこの子に好かれているんだね」
ミアが恥ずかしそうに顔を伏せた。
俺も少し照れ臭かったけど、それ以上に嬉しいと感じた。
(それにしてもアリスさんの子供か……)
きっとアリスさんに似て優しい子なのだろう。
アリスさんの娘さんなら、いつか会ってみたいなと、密かに心の中で思う。
そして、包帯を替えた後でアリスさんはやはり驚いていた。
怪我の治りが早過ぎると。
どうやらまたやりすぎたらしい。
今度はスキルを疑われてしまった。
万能通貨のことはさすがにバレてないけど、治癒を早めるスキルを持ってるのかと聞かれた。
加減が全く分からない……さすがにスキルを疑われるなら万能通貨で回復を早めるのは、やめておいたほうがいいかもしれないな。
俺は大人しく自分の体の回復力に任せることにした。
◇
そしてあっという間に一週間が経過した。
治療が終わりアリスさんは街へ帰るらしい。
俺とミアはアリスさんを見送りにきていた。
「ありがとうございました、アリスさんのおかげですっかり良くなりました」
俺の怪我はもうほとんど治っていた。
もう包帯も巻いていない。
動くのにほとんど問題はないし、ここまで来たら心配もないだろうとアリスさんは言っていた。
「気にすることはないよ、治ってよかった」
アリスさんは事情を聞くことなく俺を治療してくれた。
それに関してはありがたかったけど、ここまでしてもらっていいのだろうかと少し不安にもなった。
「さっきも言ったが気にすることはない、いつでもいいとは言ったけど治療費は貰うんだからね」
アリスさんがそう言うならと、もう気にしないことにした。
恩は恩として覚えておくけどな。
ミアもお礼を言って頭を下げる。
今後も贔屓にしてくれると嬉しい。
そう言い残してアリスさんは街へと帰っていった。
俺が気にすることでもないと思うのだけど、ほかの患者さんはいなかったのだろうか。
アリスさんが完全に見えなくなったのを確認すると、俺は力を使った。
「残った怪我の回復」
体を光が包み込む。
ほとんど治っていたけど、一応購入しておいた。
これでもう完全に元通りになったわけだ。
今まで容体を見てくれたアリスさんには少し申し訳なかったかもと思ったりするけど、万能通貨を説明するわけにもいかないので割り切ることにした。
「よし、さっそく行こうか」
「? どこへ行かれるのですか?」
そう言えばミアにはまだ話してなかった。
首を傾げるミアの疑問に答える。
「あの鳥の魔核を回収しに行くんだよ」
◇
俺とミアはゴド山に登りあの怪鳥と遭遇した場所へと向かっていた。
またあの強さの魔物が出ないとも限らないけど、あんなのがそう何体もいないだろうと思うことにした。
ミアはかなり警戒していたけど、今のところは特に何事もない。
「ほかの冒険者に見つかっていなければいいのですが……」
ミアが心配そうに言う。
確かにほかの人間が見つけていたら、魔核は回収されているかもしれない。
少し心配にはなるけど、この山は人の出入りが少ない。
それにあの強さの魔物の魔核はなんとか確認だけでもしておきたい。
オークが8000Gだと考えたら、あの怪鳥は1万は軽く超えるだろう。
もしかしたら2万を超えるかもしれない。
途中で遭遇したゴブリンなんかも倒して進んでいく。
しばらく収入がなかったこともあり、スライムクラスの魔物も逃さず魔核を回収していく。
地図スキルと探知スキルを使いながら慎重に。
そうして大まかな場所へ辿り着いた。
「ご主人様、これは……オークでしょうか?」
もう動かなくなっているオークを見つけた。
既に肉体はでろでろに腐っていて、原型はあまり残っていない。
骨の見える場所の方が多かった。
たぶんあの時の投擲スキルを持っていたオークだろう。
あの怪鳥の体もこんな感じになっているのだろうか……あんまり触りたくないな。
「お、あれかな?」
それらしきものを発見する。
怪鳥の体は太陽の輝きを反射してキラキラと光っていた。
「? なんだ……?」
そして俺は違和感に気付く。
怪鳥の体はほとんどそのままに見えた。
魔物や動物に食べられているかもと思ったけどそれもない。
倒した時のままの原型をほとんど留めているようだった。
「これは……何でしょう?」
ミアが不思議そうに近寄る。
怪鳥の体の表面は何かキラキラしたものでコーティングされているようだった。
俺は無言で怪鳥に近付く。
取り出した解体ナイフを突き刺し、腹の辺りを解体していく。
魔核らしきものが見える。
大きい……魔核に手を伸ばそうとしたけどグッと堪えて解体を続けた。
ふと子供の頃に読ませてもらった魔物図鑑の1ページを思い出したからだ。
その魔物図鑑にはこれと似た魔物の特徴が書かれていた記憶がある。
逸る気持ちを抑えながら目的の部位までナイフを進めていく。
ミアが俺の行動を見て不思議そうにしていた。
ガッ!
何かにぶつかる音。
中を覗き込んで胃袋の中身を確認した。
思わず笑いが零れる。
そういうことだったのかと。
「……あながち財宝の噂も嘘じゃなかったってことか」
怪鳥の胃袋の中には巨大な金属の塊が入っていた。
黒や銀や、わずかではあるが金色の輝きの混ざった巨大な塊。
「ご、ご主人様……? これは……?」
ミアがどういうことなのかと疑問を口にする。
それに対して俺は自分の考えをミアに伝えた。
確証とかはないけど、たぶん当たってると思う。
「こいつは金属を食べてたんだよ」
「金属を……ですか?」
昔に本で読んだことがある。
鳥の中には石や砂を食べて消化を助けるものもいるらしい。
こいつもその類だ。
栄養があるとは思えない金属や鉱石をなんらかの理由で食した。
こいつはその食べた金属を体に纏っていたのだ。
鍍金のように。
あの時飛ばしてきた羽を思い出す。
鉄の刃物のような殺傷力を。
以前硬貨の位置情報に引っかかった大量の硬貨反応はこいつが食べたばかりの硬貨だったのだ。
それを偶然俺のスキルが察知したと。
色々合点がいった。
だけどそれ以上に―――
色々混ざってはいるけど、それでも硬貨は硬貨だ。
ほとんどが溶けているとしてもこの量ならある程度の価値はあるだろう。
よく見ればまだ原型が残っているものもいくつかあった。
銀貨や銅貨や鉄貨……少ないけど金貨も何枚かあった。
それらをスキルで吸収する。
所持金『104260G』
一瞬にして倍以上になった所持金。
いくつかはスキルが硬貨として認識しなかったのか、掌に乗ったままだ。
だけど借金のことも、スキルに関してもこれで一気に楽になったことになる。
魔核もだけど、こいつの食べた金属の塊は良い値段になるだろう。
「ははっ」
どうやって持って帰ろうかと頭を悩ませながら、俺は思わず笑みを浮かべた。




