第32話 過去
俺はミアに謎のスキルのことを全部話した。
そのスキルを取得するまでの経緯から特徴まで。
さらには借金のことも、そうなった原因まで。
ミアは黙って聞いていたけど、しばらくするとボロボロ大粒の涙を流して泣き始めた。
「ひっぐ……ぐすっ、ひぐっ、うぁぁ……」
ミアは顔を歪め、涙をボロボロと流して、それはもう大泣きだった。
今はようやくおさまってきたところだけどまだ泣いてる。
「……ひぐっ、うぇぇ……っ」
多少は何かしらの反応はあるだろうなとは思ってたけど、ここまで泣かれるとは思ってなかった。
相変わらずミアは感情が豊かなようだ。
「ご主゛人様っ、が、うぁっ、ぐすっ、ごしゅ、ううぅ……!」
何言ってるか全く分からない。
今は何を話しても仕方ないと思い、ミアを待つ間に窓の外へと目を向ける。
外はもう夕方になったくらいか。
雨はすっかり止み、鮮やかな朱色の空に、オレンジ色の雲がかかった夕日が顔をのぞかせていた。
しばらくして視線をミアに戻した。
「……ミア、俺はもう大丈夫だ。気にしてないと言えば嘘になるけどだいぶ整理もついたしな」
「は、いっ、わかりま゛し……うぇぇ……っ」
まだ涙は止まらないようだ……
このままだとミアが干乾びそうだと思ったので、話を逸らすことにした。
俺は俺でミアに聞きたいことがあったんだ。
「……ミアのことも知りたいな」
俺がそう言うとミアは、涙を拭いながらこちらを見てくる。
「ぐすっ、わ、私の……こと、ですか?」
「うん、俺たちってお互いのこと何にも知らないなって思って、もし嫌じゃなければ教えてほしい」
俺がお金集めばかりしてたせいで、俺とミアは一緒に過ごしていたのにほとんどお互いのことを知らない。
好きな食べ物でも、嫌いなことでも、趣味でも、どんなことが苦手なのか、どんなことが好きなのか。
今は何でもいいからミアのことが聞きたかった。
「あの……退屈……かもしれませんよ……?」
自信なさそうなミア。
相変わらず卑屈だな……俺は言ってやる。
「ミアは俺の話を聞いて退屈だったのか?」
答えの分かっている質問をした。
ずるい気はしたけど、やっぱりそれを聞いてミアは勢い良く首を振った。
「そ、そんなことはありえませんっ!!」
「なら、そういうことだよ。なんでもいい、聞かせてくれないか?」
するとミアは少し考え込むような仕草を見せた。
何を聞かせてくれるのだろうと、少しワクワクしながら待つ。
しばらくするとミアは顔を上げて控えめに聞いてきた。
「そ、それなら……私が生まれた村の話など、どうでしょうか?」
俺はそれを聞いて少し驚く。
ミアは親に売られたと聞いている。
そんなミアにとって故郷の話なんてトラウマ以外の何物でもないだろう。
知りたいと思うのは確かだけど、ミアが傷付くなら無理に聞こうとは思わない。
「いえ、聞いてもらいたいんです……その、ご主人様に私のことを知ってほしくて……あまり楽しい話ではないですが……」
ミアは申し訳なさそうに言ってきた。
俺も聞いてほしかったように、ミアも俺に聞いてほしかったのかもしれない。
「分かった」
俺が頷くとミアはぽつりぽつりと話し始めた。
思い出すように、少しずつ。
◇
ご主人様が私のことを知りたいと言ってくださった事がうれしかった……
だけど、ちょっと不安だった。
あまり楽しい話じゃないからご主人様の気分を害してしまうかもしれないと。
だけどやっぱりご主人様には私のことを知ってほしかった。
「私が生まれたのは小さな獣人の村でした」
ゆっくりと思い出す。
私の記憶。
私の生まれた場所のことを。
一番最初の記憶は母親の姿。
黒い猫の獣人。
とても綺麗な人だったのを覚えてる……だけど、母は私を愛してくれたことはなかった。
時折、私を怯えたように見る母。
近付けば叩かれて、寝るときは外か廊下だった。
起きたらいつも言われる。
―――汚らわしい。
それが毎日聞かせられる母からの言葉。
ご飯はほとんど貰えなかった。
少量の萎びた雑草がいつも地面に置かれていた。
毎日が空腹だった。
だから母にお願いしたことがある。
もっといっぱい食べたい、と。
その夜は何ももらえなかった。
泣いて謝った。
ずっと泣いていると母にうるさいと怒られた。
お仕置きとして殴られた。
顔が腫れて血が出ても何度も何度も。
それが終わると外へと放り出された。
それからは自分で食べものを探すようになった。
近くの森の中へと入って食べられるものを探した。
それでもお腹がいっぱいになることはほとんどなくて空腹感が消えることはなかった。
自分でご飯をとるようになってから魔物とも戦った。
強くてもゴブリン程度の魔物だけど、それでもやっぱり怖かった。
土下座をして謝ると、ご飯がちょっとだけ多かった。
誰も話しかけてくれない。
一緒に遊んでくれる人もいない。
最初はこういうものだと思ってたけど、周りの子供たちは楽しそうにしている。
親に優しく抱っこされたり、追いかけっこやかくれんぼをしていた。
羨ましかった。
同い年の子供に遊びに混ぜてほしいと言っても「お前とは遊ぶなって言われてる」と怒られた。
そう言われていつも私は一人だった。
村のみんなは助けてくれない。
なんで? そう聞いたことがある。
村の皆は教えてくれた。
それは私のことを憐れんだのか、しつこく毎日聞いてくる私を遠ざけたかったのか。
分からないけど、そこで私は母のことを知った。
私は、母が盗賊の人に乱暴されたから生まれた子供なのだと言われた。
上手く理解はできなかったけど、とても悲しくなった。
母が私を忌み嫌う理由。
私に父親がいない理由。
それだけは理解できたから。
私は望まれて生まれた子供じゃなかったのだ。
その夜、私は母の布団にもぐり込んだ。
母に許してもらいたかったのかもしれない。
その時初めて私は母の温もりを感じた。
だけど―――
私のことに気付くと、母はその場で吐いた。
その日から寝るときは縄で縛られるようになった。
母は言っていた。
お前のその髪の色が、瞳の色が醜いと。
私のことが汚いと。
―――産むんじゃなかった、と。
それからしばらくして私は奴隷になった。
汚くてガリガリに痩せた私は大した値段にならなかったと、村長さんがぼやいているのが聞こえた。
最後まで私は何の役にも立たなかったようだ。
だけど、せめて最後に母に触れたかった。
偽りでもいい。
憎まれていてもいい。
それが我儘だと理解はしている。
それでも、あの日感じた母の温もりをもう一度だけ感じたかった。
それから私は言葉遣い、礼儀などを教え込まれた。
大して売り物にはならないけど、仕事だからと言っていた。
バシィッ! バシィィッ!!
毎日鞭で打たれた。
あまり傷がつかないように特別な鞭を使っていたらしい。
それでも痛くて何度も泣いた。
謝っても許してもらえなかった。
「おい、さっさと食べろ! また鞭がほしいのかっ!」
私はいよいよ動けなくなっていた。
あまり美味しくないご飯。
口に運ぼうとするけど、力が入らない。
空腹と寂しさを感じながら、泣きたくなった。
死にたかった。こんなに苦しくて辛いのに生きてる意味なんてあるのかなって……
「―――――――」
「―――――――――――」
話し声が聞こえた。
気付けば目の前に同じくらいの年の男の子がいた。
その時の記憶はあやふやだ。
だけど、その時に感じた温もりがとても暖かかったのだけは覚えている。
もう私には届かないものだと思っていた。
だけど、ご主人様はそれを私にくれた。
私の話を黙って聞いている男の子を見る。
不思議な力を持った私のご主人様を。
私は自分が誰にも必要ないのだと。
誰にも必要とされていない存在なのだと、思っていた。
実際その通りなのだろう。
私は誰にも必要とされていない汚らわしい存在なのだ。
だから、私は。
あの日、私に温もりをくれたこの人を。
私を必要だと言ってくれた貴方のことを―――
この世の誰よりも、お慕いしているのだ。




