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第31話 夢







 ―――ああ、夢だな。


 すぐにわかった。

 父と母がいなくなった日。

 いつものように帰ってくると思っていた。

 だけどそうはならなかった。


 父がクエストの報酬代わりに手に入れたと言っていた装飾のついた剣。

 珍しいものなのだと自慢していたアダマンタイトの欠片。

 母が父にプレゼントされたのだと大事にしていたネックレス。


 全部なくなっていた。


 あの日、自分はどんな気持ちだったのだろうか。

 どんな感情で二人を待っていたのだろうか。

 街の人間にも聞いた。

 家の中も探した。

 そうして何かあったのではないかと1年間心配し続けて―――

 発覚した借金。


 不憫だった。

 

 目の前で父と母を探して泣きそうになっている自分の姿が哀れだった。

 

「無駄なんだよ……どこにもいないんだって……あいつらは、俺のことを捨てて逃げたんだからさ」


 1年前の自分に……夢の中の自分に話しかける。

 見ていられなかったから。

 どこにもいないのに……いるわけないのにあちこちを探す自分が見ていられなかったから。

 すると夢の自分がこちらを向いた。


『なんで二人を探さないんだ? その力があったらできるだろ?』


 夢の自分が話しかけてきた。

 ちょっと驚いたけど、夢の中だし何でもありなのかもな。

 戯れに答えてみる。


「……金がないだろ? そんな余裕はない」


 位置情報は高額だ。

 借金のことを考えたらそんな余裕はない。

 そうだ。

 今は少しでもお金を貯めないと。


『………』


 夢の中の俺が黙り込む。

 けどその目は何かを語りかけてくるようだった。


「……なんだよ、何か言いたそうだな。言いたいことがあるならはっきり言えよ」


『嘘つき』


 突然よく分からないことを言われた。

 嘘つき?

 なんのことだ?


「嘘つきって……何のことだ?」


『ほんとは気付いてるんだろ? 自分が矛盾してるってことに。気付いていないふりをしてるんだろ?』


 夢の中の俺の言葉は変わらず要領を得ない。

 だけど、その言葉から、目の前の自分から目を離せなかった。


「……だから、何の話だよ」


『なぁ、そんなに―――』















 変な夢を見た。

 ぼぅっとする頭を動かして辺りを確認する。

 ここは、ああ……俺の家か。

 

「……家?」


 記憶を辿って思い出そうとする。

 たしか……デカい鳥の魔物と戦って、その鳥は――――

 そうだ、彼女は……ミアはどこだろう。


 ベッドから体を起こそうとして……無理だった。

 全身が怠くて全然動けない。

 包帯がギチギチに巻いてある。

 ミアがやってくれたのだろうか?


 ぎぃっ


 丁度その時、扉が開いた。

 知らない人物が入ってくる。

 眼鏡をかけた白衣の女性。

 歳は20くらいだろうか……誰だろう?

 その後ろにミアの姿も見える。

 俺は頭を動かしてミアに目を向けた。

 するとミアは驚愕して涙を浮かべた表情のまま駆け寄ってきた。


「ご主人様ッ!」


 それを見て安心した。

 腕には包帯が巻かれていたけどそれだけだ。

 他に大きな怪我をしている様子もない。


「ごめんなさいっ、ごめんなさい……ッ!」


 ミアは繰り返し謝ってきた。

 狂ったようにそれだけを何度も口にする。

 そうしていないとおかしくなってしまうとでも言うように。


 何とか手を伸ばそうとする。

 鈍い痛みが走るけど、なんとか彼女の頭に手を乗せる。


「あまり無理はしない方がいい」


 白衣の女性が声をかけてくる。

 冷静なようでいて、こちらを気遣ってくれる言葉。

 けど知り合いにこんな人物はいない。

 俺は少し警戒しながら尋ねた。


「失礼ですがあなたは?」


 そう質問すると、目の前の女性は丁寧に答えてくれた。


「私はアリス。医者だよ、ベルハルト君の怪我の治療をさせてもらった、それとすまないがこの家の一室も使わせてもらっている」


 ミアが呼んだんだろう。

 この丁寧に巻かれた包帯もアリスさんがやったのか。

 だけど医者と聞いて真っ先に、そんなお金あったっけ……とか考えてしまった。

 ミアに渡したのは3000G。

 足りない気がする……ここ最近は医者に世話になったことがないから覚えてないけど、3000では無理だろう。

 いくら取られるんだろう。 


「ああ、治療費のことは気にしなくてもいい」


「……? どういうことですか?」


「そうだね……詳しいことは彼女に聞いたほうが早いと思う」


 少し不安が過ぎったけど、悪い人ではなさそうなのでその言葉を信じることにした。

 気にはなるけど、今は何にせよお礼を言うべきだろう。


「ありがとうございます」


「気にすることはないよ、これが仕事だからね」


 アリスさんは軽く体に触れて俺の容体を確認した。

 包帯が巻かれた箇所に手を回してくる。

 腕を動かしたときに脇腹の辺りが痛かったけどそれだけだった。

 

「だいぶよくなってきたね、最初はちょっと危ない状態だったけど」


「俺……どのくらい寝てました?」


「4日くらいだね」


 4日か……思ったよりも寝てしまっていたようだ。 


「無理は禁物だ、しばらくはベッドで寝たきりの生活になるだろう」


 うげ、と思ったけどこればっかりは仕方のないことなので素直に頷く。


「また後で包帯を変えるから、それまで休んでいてくれ、体に少しでも異変があればすぐに呼ぶように」


 俺が頷くとアリスさんは出て行った。

 あとには俺とミアだけが残される。

 ミアのすすり泣く声。

 というか狂化中の記憶はどうなるんだろう……謝ってきてたしもしかしたら残るものなのかもしれない。

 そう考えたらミアが気にしすぎないように何か言ってやった方がいいのだろう。

 ミアのほうに視線を向ける。

 彼女の目の下には薄らと隈が出来ていた。

 

「……ちゃんと寝たのか?」


「はい……」


 嘘っぽかった。

 顔には隠し切れない疲労が浮かんでいる。

 もしかしてこれ寝てないんじゃないだろうか。

 俺が心配しているとミアが頭を勢いよく下げ床に擦りつける。

 人の尊厳を全て捨て去るかのようなその行為。

 俺はベッドの上にいるため必然的に見下ろす形になる。


「ご主人様……この失態……どんな罰でも受けさせて頂きます、ですが……それよりも、なによりも」


 ミアは抑えきれない涙を流す。

 嗚咽交じりの声。


「よかったです……ッ! 私っ、ご、ご主人様が死んじゃうんじゃないかって……!」


 またミアは泣き出した。 

 ミアはすぐ泣くなぁ……と、少し苦笑する。


「ああ……ミアこそ無事でよかった」


 色々あったけど、お互いに無事でよかったんだ。

 怪我はしてるけど二人とも生きてる……なら今はそれだけで十分だ。


「そういえば俺が気絶してからどうなったんだ?」


 俺だけじゃなくてミアも怪我してたと思うんだが。

 するとミアは涙を拭いながら俺の質問に答えた。


「……あの後、私はすぐに手持ちの薬草で応急処置をしました。素人判断ですが……

 荷物は一旦その場に隠してからご主人様を背負って家まで運ばせて頂きました……それから急いで街に行きアリスさんを呼んだんです」


 ミアは随分頑張ってくれたようだ。

 頭を撫でたかったけど、体が動かないので諦めた。

 続けて聞く。


「お金もそんなになかったと思うんだけど、アリスさんはどうやって呼んだんだ?」


「治療にかかった分はアリスさんの元で雑用をするという形で返すことになりました……足りない分はいつでもいいから払ってくれと……」


 いつでもいいとは……中々寛大だな。

 ありがたいけど、借金はまた増えたことになる。


「ご主人様……」


「ん?」


 今後について考えていると、ミアが俺を呼んだ。

 声は震えていた。


「……私がご主人様にお怪我を……っ、させてしまいました……! 申し訳ありません……っ! 謝って済むことではありません……この不敬な奴隷に、どうか罰をっ、罰を、お与えくださいっ!」


 俺はお互いが生きてるだけで十分だと思っている。

 だけど、ミアからしたらそうじゃないのだろう。

 俺もミアを傷つけてしまったら自分を責めると思う。

 きっと彼女は自分を責めたんだろう。

 少し悩んだけど、やはりなんらかの形での罰は必要なのかもしれない。


「ミアは狂化の時の記憶はあるのか?」


 一応確認を取る。


「……はい、私がご主人様に……っ」


「……分かった、罰を与える、いいんだな?」


 ミアは覚悟を決めたように頷いた。 


「はい……どのような罰でも受けさせて頂きます……」


 顔を青くして零れる涙を拭おうともしない。

 手をぎゅっと握りジッと俺の言葉の続きを待っている。

 まるで大罪を犯して処刑される寸前の罪人のよう。

 それが何であろうと全てを受け入れる覚悟を感じた。


(そんな顔されると罪悪感があるんだけど)


 どんな罰を想像してるんだろうか。

 俺が何を言っても受け入れそうだ。

 極端な話だけど死ねと言えば本当に死ぬんじゃないかってくらいの気迫を感じる。

 絶対言わないけどさ。


 俺は考えてみる。

 色々浮かぶけど違う気がするものばかりだ。

 きっとミアは納得しないだろう。

 逆の立場だったら絶対納得できない。

 

 もし俺がミアに大怪我をさせた時に……ミアはなんて言うだろう。

 どうすれば俺は自分を許せるだろうか。 

 いや、そもそも俺はそんなことをしてしまった時にどんな気持ちになるんだろう。

 想像すらできない。


 だから、これを伝えることにした。



「俺さ、借金があるんだ」



 俺がそれを伝えてもミアは黙ったままだ。

 俺の言葉の続きを待っていた。

 

「払えなかったら奴隷になるんだ。ミアもまた奴隷商のところに逆戻りすると思う」


 ミアは可愛いからきっと今度は高額な奴隷として貴族辺りに買われていくんだろう。

 俺は続けた。


「それでも一緒にいてほしい、俺から離れないでほしい」


 それが罰だ。 

 ミアに今まで伝えることのできなかった事実を伝える。

 全部話した。

 今まで何があったのかを。

 親に捨てられたこと。

 借金のことも、死にかけたことも。


 そして、この謎の力のことも―――


 ミアに伝えたかったことを、全部伝えた。







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