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第30話 狂化(2)






 目の前のミアはもはや理性を失っていた。

 どう食い殺そうかと、こちらの隙を伺っているようだ。


「……狂化の解除」


 万能通貨でミアの理性が戻せないかと確かめる。

 所持金は2万9020G。

 これでなんとか……




 対象の狂化解除(1)『10000G』


 対象の狂化解除(2)『20000G』


 対象の狂化解除(3)『30000G』


 ――――――――


 ―――――………




 ミアの狂化のレベルは3。

 駄目だ、あと少し足りない。

 最近気づいたのだけど、同意なく他人に直接干渉するものは高い傾向があった。


 弱気が脳裏を過ぎる。

 怪鳥は倒せたけど、もっと強い脅威が目の前まで迫っている。

 さすがにもう無理かもしれないと。

 


『ご主人様ー!』



 けど……俺はミアの人懐っこい笑顔を思い出す。

 もし俺が死んだら彼女はどう思うだろうか。

 そして、それをやったのが自分だと知ったら……



『ご主人様に何かあればそれは私の失態です、死にます』



 あー言ってた言ってた。

 ミアは俺に何かあったら死ぬらしい。

 たぶん後悔しながら死ぬんだろう。

 俺を傷付けたことに、傷付きながら。

 ……分かったよ。



 こんなの何があっても殺されるわけにはいかないじゃないか。



 それに手がないわけじゃない。

 確かミアに渡したGが3000あったはずだ。

 それを合わせれば足りる。

 ミアの攻撃を掻い潜ってそれをスキルで吸収すれば……

 所持金はほとんど全額それでなくなるけど今はそうも言っていられないだろう。


 ミアに目を向ける。

 髪の毛の色は最初よりも濃くなっていた。

 まるで血液が流れているかのように純粋な赤色が毛先に集中している。

 ふと、ミアが僅かに重心を落とした気がした。

 その瞬間、何も考えることなくほとんど本能的に体を横へ倒した。


「――――――ッ!!」


 『見切り』と『回避』と『身体能力強化』を発動。

 鋭くなった感覚がミアの動きの残滓のみを捉える。



 ゴギュ゛ッ!!!!



「~~~~~~~っっ!!!?!?!?」


 ミアの手が肩に接触。

 その瞬間骨の砕ける音。

 俺の皮膚が破れ、肉が裂けて血が噴き出る。

 そして、それ以上に耐えがたい激痛。


「ぜ、全回復っ」


 即座に購入。

 肩の傷は塞がり、巻き戻したように傷は治っていく。


「透明化ッ! 1分間!」


 俺は、慌てて姿を消して、その場から離れる。

 狂化が解除される条件はいくつかある。

 主なのは時間の経過か、一定以上のダメージだ。


 ミアの持っているGに手が届かないなら、このまま距離を取るのも一つの手かもしれない。

 俺の姿が消えて困惑しているミアから少しずつ離れる。

 できるだけ所持金を節約するために透明化は短時間にした。

 ミアから離れるだけならこれだけで十分だろうと判断したからだ。


「ウ゛ゥゥ゛ウ」


 血走った瞳。

 元々赤かったミアの瞳がさらに赤くなっていた。

 生き物を殺すことしか考えていないような攻撃的な視線。


 思わず声が出そうになった。

 ミアの視線ははっきりとこちらを向いていたからだ。

 な、なんで―――


 そこで、俺はようやくぬかるんだ地面の自分の足跡に気付いた。

 



 ――――バキバキバキッ。




 骨の砕ける音。

 それが自分の体から聞こえてきたのだと認識する前に俺は吹き飛んでいた。

 大木に体を打ち付けられ、全身を襲う衝撃と、痛み。

 それらを堪えながら万能通貨を使用する。


「っ! 全――――」


 全回復―――それを購入するよりも早くミアが俺の目の前へと姿を現した。

 一瞬だった。

 目の前に来るまで認識すらできなかった。


 ――――――ッ!!


 咄嗟に腕でガードした。

 痛みはあるけど、折れているかどうなのかも不確かだ。

 攻撃は防いだけど、また吹き飛ばされる。

 地面を何回も跳ねてようやく止まった。


「はっ、ハァ……ッ!」


 透明化がなくなる。

 ミアの意識が完全に俺を捉えた。

 駄目だ、もう逃げきれない―――

 

(くそ……っ! 何か……何かないのか……!)


 諦めたくない、けど頭では後悔ばかりが浮かんでくる。

 日ごろ言い足りなかった感情。

 楽しかったんだ。

 もっと一緒にいたかった。

 今頃になって、もっと彼女を信用したかったなって……遅すぎることを思った。

 これが終わったら話したい。


 きっと、今度は――――


 最後になるであろう光景。

 不思議と視線がそこへと向かう。

 それは―――ミアが着けている奴隷の首輪だった。

 

 最後に首輪を外してあげたかったな。


 どうなるにせよ、奴隷という身分ではなく対等な立場から――――


「……ミア」


 ミアが攻撃態勢をとった。

 重心が下がって、次の瞬間には恐らく俺の命を刈り取るであろう腕を構えた。

 それとほぼ同時に、その言葉を口にした。



「『命令』だ」

 


 ピクッ

  


 ミアが一瞬動きを止めた。

 その隙に続ける。



「『狂化をやめろ』」



 次の瞬間、耳を塞ぎたくなるような叫び声が山の中に響いた。




「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ゛っ!!!!!!」



 つんざくような悲鳴。

 ミアが激痛にのたうち回る。

 目を背けたくなるような苦しみ方。


「ア゛アアア゛ッ!! ア゛アアアア゛アアア゛ァァァァァッ!!!!!」


 ミアが、激痛に絶叫をあげる。

 のたうち、転げ回って、鼓膜をぶち破るような声が俺の耳に届く。

 俺は唇を噛んだ。

 痛かった。

 少しだけ血が流れる、けど……ミアはもっと痛い。

 こんなことでつり合いが取れるはずもないが、何かしていないとおかしくなりそうだった。


 やがて、ミアの髪から赤い色が引いていく。

 少しずつ感情が引いていくようにゆっくりと。

 たぶん時間にしたら数秒くらいだったのかもしれない。

 永遠に感じるような数秒間。


「………っ………!」


 ミアの動きが止まった。

 しばらく体を震わせていたが、やがてそれも落ち着きだす。

 ミアは地面に倒れ込みながら、こちらに目を向けた。


「……ミア?」


 声をかける。

 ミアの目の焦点が合い始める。

 少しずつ理性が戻っていくようだった。

 いつものミアが俺の惨状を前にして、驚いたように見開く。


「ぇ……………?」


 良かった。

 戻ったんだ。

 俺は安堵しながら、声をかけようとする。


 だけど思考がまとまらない。

 血を流しすぎたのかもしれない。

 安心して緊張が解けたせいで疲労とかが一気に押し寄せてきた。

 あ……駄目だこれ。


 最後にふらつきながら駆け寄ってくるミアの姿を確認する。

 そこで俺の意識は途絶えた。








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