第3話 親が残したもの(2)
色とりどりのテントの間に舗装された道路が続き、様々な騒音を立てて、人々が忙しなく行き交う。
借金のことを知って1か月。
その人ごみの中を俺は早足で急いでいた。
オレンジのテントを超え、青に、赤……
「ここだ」
俺はそのテントに滑り込むと、背負った籠を下し、店員に差し出した。
その籠には森で集めた薬草の束が入っている。
店主は俺の顔を見ると、少し顔をしかめて渋々といった様子で薬草の買取を始めた。
「どれも質が悪いな。全部で500Gだ」
籠をいちべつしただけで、低い声でそう伝えてくる。
質が悪いって……ほとんど見てもいないだろ。
そうは思ったものの、ここで売らないわけにはいかなかったので、喉元まで出た言葉を飲み込み、投げ捨てるように雑に置かれた銅貨を受け取った。
「いらっしゃい! おい、客が来たからどっかいけ!」
その声は明らかにトーンが違っていた。
俺も一応客なんだけどな…けど追い返されないだけましだ。
他の店では、見た目がどうとかで入れてすらもらえなかった。
確かにどこにでもある薬草を売るだけで、何も買わない俺は邪魔なのかもしれない。
売り始めたころはまだ対応が良かったけど、俺に何かを買う余裕がないと分かった途端あっさり態度を変えられた。
「ありがとうございました」
それでもせめてもの礼儀として頭を下げる。
薬草は一つ10Gくらいだ。
物によっては15~20Gにもなったりするけど、それでも微々たるもの。
街に来る時間も考慮すると、それほど多くも採取できない。
安い露店で僅かな食糧を購入すると手元にはほとんど残らない量だ。
「20G……か」
2枚の鉄貨と食材とを手に持ちながらこれからのことを考える。
仮に毎日の稼ぎがこれと同じだとすると、毎日20Gずつ増えていくとして……
元々貯蓄していた分を合わせても2万Gちょっとくらいだろう。
どう考えても足りない……どこかで働くことも考えたけど、俺みたいな薄汚い子供を雇ってくれるところは少ない。
そして、何より俺のスキルはそういったお金を稼ぐことには向いていないものばかりだ。
当たり前だ。剣がほんの少し速く振れて何になるというのだろう。
まあ高レベルなら冒険者として引っ張りだこなんだろうけど、生憎俺のレベルは1。
役立つ場面は限られる。
「もう一度どこか探してみるか……? この際日雇いのところでもいいし……」
ブツブツと呟きながら考えをまとめていく。
「―――っ、す、すみません」
考え事をしていたため、周りが見えておらず、ぶつかってしまう。
腕が軽く触れた程度だったけど、こちらの不注意だったので、謝っておく。
「おう、気を付けろよ坊主」
幸い、気の良い人で特に何かをされることもなかった。
冒険者の中には気質の荒い人もいるらしいから、内心怖かった。
(考え事するのは家に帰ってからにしよう……)
考え事をしていたためか、気づけば街の出口まで来ていた。
木製の頑丈な門を超えると、そこはもう街の外になる。
◇
がさっ
「……っ!」
ギムルの街を出てしばらく歩くと、近くの茂みが揺れた。
咄嗟に警戒するけどそこから出てきたのはスライムと呼ばれる最弱の魔物だった。
「スライムか」
危険な魔物じゃなかったことに安堵する。
この辺りは魔物が少なく、特に俺の家と街との間にはほとんど出現しない。
そのため、俺でも倒せるくらいの弱い魔物と遭遇できるのは本当に珍しい。
だからこそ、俺のような子供が一人でも暮らしていけるのだけど、
魔物の素材を集めることができないという点では、引っ越しを考えたほうがいいのかとも思ったりする。
(そういえばまだ親と一緒に暮らしてた頃、街の近くから一度引っ越ししたんだよな……ハァ、余計なことを……)
魔物が出ないのは魅力的かもしれないけど、今の状況では街から離れてることはマイナスにしかならない。
街まで売りに来るのが大変なこともあったけど、魔物の素材を手に入れられないのは今の俺にとっては致命的だ。
「っと」
スライムを倒して、魔核を取り出す。
魔核とは魔物の中に存在する丸い石のようなものだ。
普通の動物と魔物の違いはこの魔核があるかどうかで判断されている。
「スライムの魔核は……300Gくらいだったかな」
スライムの魔核は安いものだったけど、それでもうれしい収入だ。
俺はその魔核をポケットにしまうと、家に向かう。
「ただいま」
誰もいないのにこれを言ってしまうのはなんでだろうな。
もしかしたら両親がひょっこり帰ってきて、俺のことを出迎えてくれるんじゃないかと心のどこかで期待しているのかもしれない。
………そんなことあるわけないのにな。
◇
薬草を採取して、ギムルの街に行って売る。
食材を買って、余った分を貯金に回す。
そんな日々を繰り返していたある日のこと。
「ぐッう……ッ!?」
道を歩いていると突然みぞおちを殴られ、
わけもわからず、膝をついて、せき込む。
「ごほっ、ごほっ!」
「汚いな……」
俺を見下すようにしているのは、貴族らしき男だ。
そしていきなり殴っておきながら開口一番に「汚い」と吐き捨てるように発した。
「なんだその目は?」
また殴られる。
「ぐっ……」
口の中に鉄の味が広がり、鼻血も止まらない。
「レイオス様、ここでは人目が……」
付き人らしき初老の男が注意するけど、
それは俺を案じたものではないことはわかった。
レイオス……
いくら貴族だったとしても、俺は一方的に被害を受けたんだし、何かしらの注意を受けるだろう。
「それなら心配いらないよ」
貴族の男は、周囲の通行人たち全員に聞こえるほどの大声でこう言った。
「おい! ぶつかってきたうえに謝りもしないとはどういうことだ!?」
何を言っているのかわからなかった。
いきなり殴ってきたのは向こうで、被害者は俺だ。
今の一連の出来事を見ていた人だっているはずだ。
周りに聞けばどっちが正しいかなんて……
「―――っ!」
けど俺に注がれた目線は冷たいものだった。
なんだよ……見てただろ!?
どっちが被害者かなんて一目瞭然のはずだ。
「一言ごめんなさいと言えれば許してやろう」
「な、なんでそんなこと……っ!?」
地面にうずくまるお手の頭を踏みつけられ、
怒りで頭に血が上った。
けど……
「……ごめん、なさい」
俺は気づけば謝っていた。
何も悪くないはずなのに。
結局は俺も周囲の人間たちと同じなんだ。
わざわざ貴族に逆らうなんて馬鹿みたいなことしたくないと……
だから、俺は何も言えなかった。
歯を食いしばるほど悔しがっても、握りしめた震える手のひらから血が流れても。
俺は何もできなかった。
◇
それからさらに一か月が経った。
薬草を売る日々が続き、まれに遭遇するスライムの魔核を冒険者ギルドで買い取ってもらっていた。
冒険者にはなりたかったけど、成人してない人間にはなれない決まりだ。
さらに言うと、借金がある人間はいつ死ぬかもわからないため、冒険者になることはできなかった。
一度登録できないかと聞いてみたけど、盛大に馬鹿にされた。
「てめえみてえなガキのくるところじゃねえんだよ!」
罵声を浴びせられたうえ、殴られた…痛かったな。
他の冒険者たちは俺のことを気にもしない。
あそこの魔物を強かったけど倒せたとか、レベル3のスキルを取得できたとか……自分たちの自慢話ばかりだ。
その時のことがあり、今でも買取してもらう時にからかわれる。
なんか冒険やのイメージが壊れていく気がする…もっと格好良いものだと思ってた。
「1700G、か」
これが貯蓄を除いた俺の稼ぎのすべてだ。
間に合わない……このままだとどう足掻いても奴隷落ちだ。
俺の鑑定レベルがせめて3だったら、他人のステータスも閲覧できるんだけどな。
そうなったら鑑定士になれるんだけど…
1だと自分のスキルしか見ることができない。
剣術スキルにしたってそうだ。
剣術のレベル1なんて俺の身体能力で使ってもゴブリンクラスの魔物にだって相手にされず、殺されるだろう。
「いっそ、スキルのレベルを上げてみるか……?」
いや、ダメだ。
スキルとは経験の結晶みたいなものだ。
経験を積み重ねスキルは成長をする。
そして、スキルは年単位……下手すると数十年の経験を糧にレベルを上げる。
一回に手に入る経験、要領の良さも大きく関わってくる。
人間だって産まれた直後は歩くことすらできない。何度も他者を真似して、動きを繰り返す。
そうして歩けるようになるまでの時間には個人差がある。
それが才能だ。
俺のこの剣術スキルだってそうだ。一年で覚える者もいれば、その一年を十年で習得する者もいる。
スキルのレベルは5が最大だ。スキルはレベルが上がるほど、才能に左右されるようになる。
1~3は凡人クラス。4、5で天才の領域だと思ってもらえればいいだろう。
例え1つだけだったとしても、レベル4のスキルがあれば騎士になれるし、5なんてあったら王国の近衛騎士になることもできる。
真偽は不明だけど、Sランク冒険者なんていう存在は5を複数持っているとか……嘘っぽいし、たぶん嘘だと思う。
5を目指すよりかは、取得しやすい1や2の低いレベルのスキルを複数持った方が効率が良いというのが共通認識だ。
そりゃレベルの高いスキルは強いけど、習得できるかどうかも分からないのに努力し続けても無意味だろう。
ただ、子供の頃はSランク冒険者ってやつを至極真面目に目指していたし、なれると信じてもいた。
レベル5のスキルを使ってドラゴンなんかを倒したり……だけど理想通りにはいかないのが人生だよな。
剣術スキルの(1)を持つ俺は凡人の中でも下の方だ。レベル1が2つ……はっきり言うと底辺だ。
ないよりはマシだけど、それでもやっぱり現実を突きつけられるようで悔しい。
だからそんな時間はないし、生活費を稼がないとその日食べていくこともできない。
焦るばかりで、問題は一向に解決しない。
そんな頃だった…偶然冒険者たちの話を耳にしたのは。
「なあ、隠し財宝の噂って知ってるか?」